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二人の仲は入る余地がないくらい睦まじい。キエルの反応が怖いな、と横にいる小さな二十歳女を盗み見るが、寂しいとも、悲しいとも、なんとも言えぬ表情をして二人を見つめていた。
「……いいの?」
エリーチェが見かねて尋ねるが、幼子のようにただ首を振るだけだ。
ティセルカはこちらにやって来て、キエルの顔を見て苦笑を浮かべた。
それからやや乱暴にキエルの頭を撫でた。上で一つに纏められたお団子が少しくずれたが、キエルは文句を言わなかった。
「私はカーラ様と待っていていいか?」
「大丈夫ですよ。しっかりお守りしてください」
ルファが笑いながら返すと、ティセルカも笑って店の入り口に置かれている看板をを指さした。
そこには 《本日のおすすめはミートパイ》と簡単に書かれていた。
「本日のおすすめでよろしく」
「はい、まかせてください」
ルファは大きく頷き、店内に入る。エリーチェとキエルも後に続き、少し混雑している店内の奥にある《お会計とご注文》と記されたカウンターへ向かった。
「キエルはポークパイでしょ。あんたは?」
「私もポークパイです」
「あたしなににしよっかなー。ポークはもう嫌なのよ」
店内に張られている商品のポスターは定番のミートパイ、人気のポークパイばかりだ。
「エリーチェもミートパイにしたらどうですか?」
「ミートねえ」
カウンターに立つ恰幅の良い女性に、ルファは決まっている注文を通す。後ろのエリーチェに 視線を向けると、彼女は少し不服そうな顔をして 「ミートパイを一つ追加で」と女性に向けて告げた。
キエルが財布の袋から代金を取り出し、女性に渡すと、大きな声で注文をへ飛ばした。
「ありがとうございます! 席に座ってお待ちくださいね」
人の良さそうな笑顔を見せる女性は、すぐに別の客の注文を聞き始めていた。
がやがやと人の声で埋めつくされている店内より外で食事する方が落ち着くに違いない。
こんなに身近で喧騒と言うものを聞いたことがなかったルファは、少し疲れて、エリーチェとキエルを引っ張ってティセルカ達の元へ戻った。
***
昼食後、一番に入った店は香水店だった。
店内はガラスケースの向こうにたくさんの香水が並び、調香師と思われる若い男が色々おすすめを持ってきては香りを嗅がせてくれる。
薔薇、ラベンダー等の花の香りや、レモンやオレンジ、中にはハッカなどの常ではあまり見かけないが聞いたことのあるものがあった。
「あ、これ素敵」
可愛い透明の瓶に入った香水を手に取ると、エリーチェがルファの手元を覗き込む。
「いいわね。香りも良いし、可愛いわ」
「褒め言葉は何度聞いても嬉しいものだな」
と、やけに低い声が後ろから聞こえて、驚いて振り返るとやけに顔が青白い黒髪の女性が立っていた。
にこり、と愛想笑いを浮かべる女性はなにやら気味が悪い。
簡素なドレスをまとった彼女のスカートの下から覗くのは目を見張るような白い裸足で、足首は紫色に変色していた。
「オレーシャ、寝てろって言ったのになんで出てきたんだ」
「具合はすこぶる良好だ。心配はいらぬ」
固い口調で話すオレーシャはそのままルファの元に近寄り、手元にある香水を取り上げてしまう。
「これよりこっちの方が可愛いぞ」
棚から細身の、螺旋を描いた形の瓶を手に持ち、若い男に手を差し出す。
「ほれ、早く」
オレーシャに催促されて男は白いハンカチを渡す。彼女はそれを受け取ると香水瓶の蓋を開けてハンカチにほんの少し垂らし、すぐに瓶の蓋を閉じた。
一歩下がり、ハンカチを手で空中に舞わせる。
ふわり、と香ったのは香水、と言うにはあまりにも清廉で、涼やかな香りだった。心の奥まで浸透するその香りを漂わせて、オレーシャは不敵に微笑んだ。
不気味に思えた彼女が、今頃中々の美人だと言うことに気づく。
「どうだ? こっちの方が良いだろう?」
今までに嗅いだことのない、思わずうっとりとしてしまうその香水は、確かに先ほどのものより良かった。
この香りを作ってしまう調香師ならさぞ著名なのだろうと思っていると、エリーチェが目をきらきら輝かせていた。
「も、もしかしてオレーシャ・ミランダ・バルデム様では……」
「長ったらしい名前は、そこの馬鹿に嫁いだ時に付けられたものだ」
面倒そうに舌打ちするオレーシャはおよそ店の者らしからぬ態度で、どっかりと近くの椅子に腰かけてしまう。
「というか、座れ。立ったままでは疲れる」
尊大な態度で客であるルファ達にオレーシャは言った。
目の見えないカロラティエに気を遣って最初に椅子を用意してくれたのだが、全員分は店内に置かれていなかった。椅子の数を確認して、オレーシャは男に命じる。
「椅子」
「……お前は一体何様なんだろうな」
男はそんな文句を言いながらも店の奥に引っ込み、すぐに椅子を両腕に抱えて並べた。
「あ、ありがとうございます」
「いや、かまわぬ。私だけ座っていては首が疲れるからな」
オレーシャがそう言ったところで、カロラティエがくすりと笑いを零した。
「噂通りの方なのね。オレーシャ様は」
「目の見えない少女、か。……そなたはカロラティエ姫か」
「え」
と、驚いたのはもちろん男で、明らかに顔が引きつっている。
「お父様から聞いていますよ。オレーシャ・ミランダ・バルデム様。いえ──オレーシャ・ジゼッラ・ブアデス様、とお呼びいたします?」




