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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
三 小さな淑女、訓練す
21/45

5

 ルファは隣に腰掛けるロジェを盗み見るが、やはり、というか相変わらずわからない。

 ロジェはそんなルファの視線に気づいて首を傾げ、やがて悪戯っぽく微笑んだ。

「ルファも腕輪を渡してくれるのかな?」

「な……っ」

 チェネレントラは結婚を申し込んだ王子に、自分は貧しい娘で、もしそれでもよければこの腕輪から探して、と渡す。

 そして探し出し、身分をお互いに知り、無事結婚する。

 腕輪はそんなキーアイテム。

「探し出すよ。どこにいても」

 自分の膝の上に乗せた手を取られ、手の甲に口付けが落とされる。

 特等席で、しかも人がたとえいてもこの暗さなら見られる心配はない。

 だが、ルファにとってはそんなの関係なかった。

 そばにはエリーチェもいるし、なにより、一体急にどうしたと言うのか。

 手の甲にくらいサロンでカロラティエにもしていたし、そもそもこんなに気にする必要はない。ないはずだ。それなのに、なぜか顔は真っ赤になるし、動悸は早まるし。

「ルファ?」

 普段何も感情が掴めない婚約者は、すぐそばで、憎いくらい余裕の笑顔を見せている。

 なんて、なんてなんて憎いのだろう。

 この男に、ルファは両手からは溢れる感謝と、しかしそれを埋め尽くすような不信感を抱いているのに。

「ロ、ロジェのせいで舞台が終わってしまいました!」

 舞台の方を指差せば、ロジェもそちらを見てくすりと笑った。

「見たければまた連れてくるよ」

「え、あの、そういうことじゃなくて……」

 思考が支離滅裂としていて、まとまらない。

 靴ではなく腕輪を使ったのが面白いとか、何人もの歌声が重なるアリアが綺麗だったとか、もうそんなことをまともに考えれる思考がどこかへ行ってしまった。

 今一番強く思っているのは、とにかくすぐに帰ってベッドにもぐって眠りたい、だ。

「あら、ルファ。とっても顔が赤いわよ?」

「な、ななんでもないですっ!」

「そう? でも熱でもあったら大変よ」

「そうだね。熱があったら俺が付きっ切りで看病するよ」

 なぜかエリーチェも頬を緩めてにやにやと笑っている。

 だが、思考が尋常ではないルファは、まったく別のことへ意識がいっていた。

──付きっ切りって、 本当でしょうか……。

 誰かの看病をしたことはあっても、されたことがないルファには、かなりの誘惑に思えた。

 きっとエリーチェが看病すると言っても同じくらい素敵に聞こえるのだろうが、ロジェに、という点で更に顔に熱が宿る。

「けけけ結構ですっ!」

 そんな事されては気になって寝付けないに違いない。

「あんたちょっと面白いくらいに赤くなるのね。凄いわよ?」

「み、見ないでください!」

 両手で自分の顔を隠すが、すでに十分見られた後では意味がない。

 体中に血液がめぐっていて、頬も火照っている。

「外に出た方がいいわね。ほら、行くわよ」

 他の階の客も帰り出していて、ルファはエリーチェが先導するまま馬車に向かう。

 隣で歩くロジェは、時折周りを伺うような雰囲気があったが、それもわずかなもので、ルファの読み間違いかもしれない。

「やだ、寒いわね」

 辺りはもう日暮れで、屋敷に帰る頃には暗くなっているだろう。

 いそいそと馬車に乗り込むエリーチェに続く。

 今日はルファを良く思っていない貴族と会ってもいないし、悪口を言われてもいない。オペラも面白かったし、今日は来て良かった、とルファは小さく微笑んだ。


    ***


「背筋が曲がってます!」

 夕食後、広い部屋でダンスの練習をしている。キエルは講師、ダンスパートナーは女性にしては背の高いティセルカがやってくれている。

 少し離れた所からばしばしと怒声が飛んでくる。

「大丈夫だよ。男性はリードしてくれるから、そんなに肩を張らなくていい」

「はい、ティセルカ様」

「未来の妹にはティカと呼んでほしいな」

「ありがとうございます、ティカ」

 ゆっくりと二人で踊りながら会話をしていると、すぐにステップを間違えた。

「なにしてるんですか! しゃべってないでしっかりやってください!」

 いつもより叱られる率が高い。

 原因はおそらくティセルカで、キエルは彼女がルファと踊るのが気に食わないのだろう。

 だが、ダンスパートナーにはティセルカが立候補してきたのだし、ルファに当たるのは 些か理不尽な気がしないでもない。

「これが本番なら、あなたは一つのダンスで四回もパートナーの足を踏んでいるのですからね!」

 確かに彼女の足を四回踏みそうになっていた。

 全てティセルカが上手くかわしてくれているから良いが、キエルにとっては踏みそうになったも踏んだも同じなのだろう。

「大丈夫。ルファに踏まれても怪我をしたりはしないよ」

「だからって駄目です! ティカ様の清廉なおみ足は誰にも触らせません!」

「触るんじゃないよ。踏むんだよ」

「尚だめです!」

 きゃんきゃん吠えるキエルに、ティセルカは笑いながら言葉を返す。しかしルファとは違ってティセルカはステップを間違えたりはしないし、男性パートを上手くこなしている。

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