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「さ、この二人は置いてさっさと出かけましょう」
「別にエリーチェは来なくていいんだよ?」
むしろ来てくれるなと明らかに目線で訴えるロジェに、エリーチェの顔が真っ赤に染め上がる。照れたのではない。怒ったのだ。
「誰のために付いて行くと思ってんのよ!!」
感謝しなさい! と吠えるエリーチェは、きっと彼女なりに考えて、ルファを心配してくれて いるのだろう。
三人で馬車に乗るというのに気まずいのは困る。ルファはにっこり微笑んでみせた。
「ありがとうございます、エリーチェ」
「いいのよ。大したことないわ!」
高らかに笑ってみせるエリーチェは、今度は照れているのかわずかに頬が赤い。
最初の陰険さはどこにいったのか。
ルファがこらきれずに笑うと、エリーチェは熟れた果実のように顔を赤くして叫ぶ。
「ちょっと何笑ってるのよ!」
ロジェやサルーク達も笑いだし、エリーチェはやがて一人で馬車の方へ行ってしまった。
その後、すっかりすねた彼女のご機嫌を直すのは、結構大変だった。
せっかくのご機嫌取りが泡になって消えた。
***
薄暗い明かりの中。
大きなオペラホールにはたくさんの人が溢れていて、ルファ達は一般席より高い場所に設け られた特別席に座っていた。
一般席とは階が違い、他の特別席とも離れていて、とても静かだ。
紅の幕はまだ下がっていて、本日の演目はジョアッキーノ・ロッシーニのチェネレントラ。
ルファは聞いたことしかなく初見だが、ロジェのお気に入りらしい。
「チェネレントラって、どんな物語なのですか?」
「簡単に言えば、ロッシーニ風シンデレラだよ」
「シンデレラですか?」
シンデレラには色んな国で、似たような話が数多く存在する。
ルテリア公国でもっとも一般的とされているのがシャルル・ペローの小さなガラスの靴。
少女はガラスの靴を履いて、カボチャの馬車に乗って舞踏会へ行く。
王子様と出会い、ハッピーエンド。女の子の憧れの定番。
グリム童話の灰かぶり姫も有名だが、魔法使いが登場しなかったり、ガラスの靴ではなく銀や金の靴であったりと少し現実的だ。
更には靴を探しに使者が来た際、姉達は靴に足を合わせるためにつま先やかかとを切り落とすなどのショッキング要素があったりする。
ルファはもちろんグリム童話よりペロー派だ。
現実的にしたのは良いが、どうもあのグロテスクな描写は受け付けれない。
「ルテリアで有名なペローともグリム童話とも違うシンデレラだよ。ペローみたいにファンタジーすぎず、グリム童話みたいにグロテスクでもない」
ロジェがそう説明をしてくれていると、ホール内が暗くなった。
オーケストラピットに指揮者が現れ、観客が拍手で出迎える。
ルファの両脇には、右に静かに鑑賞するロジェ、左に興奮を隠し切れずなんだか鼻息の荒いエリーチェがいる。
今、もっとも女性の間で人気のあるチェネレントラ。
マニフィコ男爵家の三女であるチェネレントラは贅沢な生活を送る二人の異母姉と叔父マニフィコ男爵に召使いの扱いを受けていた。
上の姉クロリンダと次姉ティーズベはダンスのレッスンや化粧等の女性の楽しみを堪能していたが、チェネレントラは一切出来ない。
「ああぁ、もう素敵。とっても綺麗だわ」
「エリーチェ?」
「見て、あの衣装。貴族達に囲まれて、あんな美しいドレスを着て。なんて羨ましいの!」
舞台に立っている女優にばかりに目がいっているエリーチェを放置し、ルファは舞台へと意識を 向ける。
こき使われ、虐げられる日々を送るチェネレントラ。
ある日男爵家に物乞いがやって来る。
姉達は冷たくあしらうが、チェネレントラだけは食べ物を与えた。この物乞いはドン・ラミーロ王子の家庭教師アリドロが変装していた姿だった。
そこへ王子に扮した従者ダンディーニと、従者に扮したラミーロ王子がやって来た。
二人はわざとお互いの身分を交換していたが、そうとは知らない姉達は偽の王子に媚を売る。
「ちょっとすまない。席をはずすよ」
チェネレントラと従者に扮したラミーロ王子が恋に落ちた、大事な場面。
それなのにロジェは席を立ってどこかに行ってしまった。
お気に入り、ということは今までに何回も見たのだろうから別に見なくても問題ないのかもしれない。
エリーチェはロジェが席を立ったことに気づいていないようで、若干前のめりになりながら舞台を見ている。
気にしても仕方ない。
ルファは心地よい歌声に耳を傾けた。
***
ロジェが帰ってきたのは二幕の途中で、チェネレントラが自分の腕にはまる二つの腕輪の片方をはずし、偽従者のラミーロ王子に渡す場面だった。
「おかえりなさい」
「ただいま。今は?」
聞かれて、すぐに舞台の流れを知りたいのだと察する。
「今は従者としてラミーロ王子が結婚を申し込んで、チェネレントラが腕輪を渡したところで す」
「ああ、そうか。ありがとう」
「いいえ」




