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皮肉を言われたりはするが、エリーチェには関係ないはずの淑女訓練も必ず付き合ってくれている。
本人に言わせると、暇だから退屈を凌いでいるだけらしいが、照れ隠しだと言うのは容易にわかる。
頬は赤くなるし、まともに目を合わせないところが特にわかりやすいのだ。
エリーチェもグルテも、キエルでさえも表情を読むことは難しくない。
キエルはティセルカを中心に物事を考えていて、ルファの特訓をして彼女に褒められたいと思っているのは明白だ。同時に、ルファを疎んでいるわけではないのもわかっている。
厳しくしているのはルファのためだと思っていることも知っている。
キエルは読み取りにくそうではあるが、元々表情豊かな質だからだろう、そんなに難しくはない。
だが、隣で歩くロジェの表情を読み取ることは、難題中の難題だ。
全く読み取れないわけではない。笑顔を浮かべている時は、本当に笑っているのだとわかる時もあるし、エリーチェやキエルに対しては作り笑いをしていることもわかっている。
だが、ルファに向ける感情を上手く読み取れない。
「どうかした?」
俯いたルファを気遣って、ロジェは少し歩く速度を緩めてくれる。
この気遣いは本物だと思えるし、自分に向ける笑顔も偽物だとは思えない。
ただ、ひたすら何かを隠しているような気配があるのも確かで、それがなんなのかがわからない。
「あの、ロジェ。あなたは一体……」
──なにを隠しているのですか。
その問いは虚しく霧散した。
屋敷の入り口で、何やら話しこむ男女の声にかき消されたからだ。
「だから、今日は休日と伝えてあるだろう!」
聞き覚えのある声はロジェの姉であるティセルカのもので、彼女は苛立ちを押さえる為か、こめかみに指をあて、ため息をついていた。
「いえ、俺は聞いてません」
淡々とそう言う男は、真っ黒の髪からのぞくエメラルドの綺麗な瞳をティセルカに向けて、反論する。
「聞いてなくても知っているだろう……っ!」
「俺が直接聞かない限りは受理されないんです!」
「どういう理屈だ!!」
男はティセルカの騎士服と似たものを着ていて、おそらくは同僚、または同職なのだろう。
「サルーク、また来ていたのか」
「ああ、ロジェ。君からもなんとか姉さんに言ってくださいよ。ティカは俺に内緒で休暇を取っていたんですから」
ロジェとも親しいのか、サルークはこちらに話しかけ、隣のルファに気づくと柔らかく微笑んだ。
「ルファさんですね。初めまして、カロラティエ様の護衛隊副隊長のサルークです。ちなみにティカは俺の未来のお嫁さんです」
「誰がお前の嫁だ!」
真っ赤になったティセルカが鋭く噛みつく。顔が赤いのは怒りからか照れなのかは、さすがのルファにも読み取れなかった。
「初めまして。ルファと申します」
「いや、こんな可愛いお嫁さんをもらうなんて驚きです! てっきりあなたは一生独り身だと思っていましたよ」
わずかに、ロジェの表情が動く。 ──否、作り物めいた表情に変わった、と言うべきか。
ロジェはゆっくりと苦笑を浮かべた。
「きついな。それを言われると困る」
表面上は確かに困った顔つきだ。だが、中身が見えない。
底のない、ぽっかりと空いた穴。
何かを抑え付ける、もしくは我慢する。思い出さないように、思い起こさないように。
そんなイメージが脳裏に浮かんで、ルファは顔が強張るのを抑えれなかった。
「ルファ、どうかした?」
何も掴めず、ただ虚空を切るだけの手のひら。ルファはロジェの感情も、真意も読み取れない。
ルファの異変に気づいたロジェが優しく声をかけてくれるが、意思を感じない上辺だけの言葉など、まったく意味がない。
しかし、なにも返事を返さないわけにもいかず、ルファは声を絞り出す。
「い、いえ。大丈夫です。なんでもありません」
背中に嫌な汗が流れる。
さらに追求されても、ルファはうまく答えられない。このまま話題が変われと祈る──と、後ろから追って来たエリーチェがサルークを見つけ、呆れ返った長い長いため息をついた。
「また来てたんですか、サルーク様。しつこい男は嫌われるのですよ?」
「俺は押して駄目なら更に押せ、ですから。押して押して、最後に転ばせたら勝ちです。ちなみにティカはドジっ子だと思います」
「……これは何の話だ?」
ティセルカがエリーチェとサルークを交互に見て、半目になっている。
また話の話題がティセルカになった。エリーチェのおかげで話題がそれたのだ。
サルークを鬱陶しそうにしているティセルカには申し訳ないが、ルファは安堵の息をついた。
「もちろん、 ティカと俺の未来の話です」
「そうか。それは何世紀も越え、世界に存在する男がお前一人になった時の未来だな」
あしらわれているのに意味深に微笑むサルークを、慣れた様子でティセルカは軽く流している。
エリーチェはそんな二人を見て大きくわざとらしい咳払いをした。




