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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
三 小さな淑女、訓練す
18/45

2

 頭上の本を手に持ち、隅に並べられた椅子──エリーチェの隣に腰掛ける。

 自分で思っていたより疲れていたようで、椅子に座った瞬間、ずっしりと身体中に疲れがのし掛かった。

 小さく息を吐いて、グルテに手渡された皿を受け取る。

 そこにはジャムが付けられた小さなスコーンがあり、エリーチェもそれを受け取って二人で食べ始める。

 キエルはグルテと何やら話しているが、あまり良い雰囲気ではない。

 恐らくグルテが鬼教師のキエルに抗議し、キエルがそれに反論している、といったところだろう。

 キエルは鬼教師だが、教えられる事が上手くいかないルファが不甲斐ないせいだ。自分が情けなくて頭痛がする。

 こめかみを指で押さえてゆっくり深呼吸をする。

 慣れないヒールも歩き疲れてじんじんと痛む。靴擦れでも起こしたのだろう。

 重たい本を乗せ続けたせいで首も肩も痛むし、何より気だるい。

 暫く話し込んでいた二人はそれぞれ納得いっていない顔をして沈黙した。

 キエルはグルテとの話を終えるとこちらに視線を向けて一言。

「それが食べ終わったら次はテラスへ行きます。未来の奥様にアフタヌーンティーとやらを教えて差し上げます」

 言い方がキツイのは不出来な生徒に苛ついているのか、グルテとの話し合いが上手くいかなかったからか。

 おそらくは両方なのだろう。

 ルファは甘い林檎ジャムの味がするスコーンに口をつけ、返事を返した。

「ふぁい」

「返事は口の中が無くなってからにして下さい!」

 当たり前すぎる事を怒鳴られた。


    ***


 ぽかぽかとした陽だまりが実に心地良い。

 丸いテーブルにはエリーチェとルファが座り、唯一立ったままのキエルがティーポットを持った。

「いいですか。ティーポットは蓋を押さえる必要はありません。カップへ静かに注ぎます」

 そう言いながらエリーチェとルファの分の紅茶を注いでくれる。

 今日は少し変わった、鼻につく風味のこの香りからして、アールグレイだろうと察する。

 もっとも、この紅茶知識も鬼教師からしごかれ叩き込まれたものなのだが。

「ソーサーはそのままで結構です。カップだけ持ち上げて下さい。くれぐれも音を立てて啜ったりなさらないように」

「……はあ」

 手間のかかる子供のような扱いだ。 ──否、キエルは本当にそう思っているのかもしれない。

 気の抜けた返事をすると鋭く睨まれ、再度しっかり 「はい」と返事を返した。

「ルファ様、背筋が曲がっていますよ。猫背にならないで下さい」

「は、はい」

 気が抜けていたのはどうやら返事だけではなかったようだ。

 慌てて背筋をしゃっきり伸ばす。

 そうして背筋を伸ばした先に、こちらへゆっくり歩いてくるロジェを見つけて、目を丸くした。

 ロジェもすぐにルファに気づいて軽く手を振ってくれる。

「ロジェ、なぜここに?」

「君がどうしているかと思ってね。キエル、特訓は進んでる?」

「まあまあですね。このキエルが手取り足取り教えてるんですから成果ゼロにはしませんけど」

 ぴしっと姿勢を正してそう宣言するキエルは、なるほど、確かにティセルカに甘えていた少女には到底見えない。

 ロジェはキエルの物言いに慣れているのか、苦笑だけ返して口を開いた。

「今日は彼女を息抜きへ連れて行きたいのだけど」

「残念ですが駄目です。我慢なさって下さい」

 ぴしゃりと次期当主の申し出をキエルは却下した。

 いくらなんでも使用人がそのような態度でいいものなのか。

 驚いてロジェを見るが、彼はまったくへこたれた様子もなく首を傾げていた。

「どうしても?」

「……どうしても、です」

「本当に?」

 じっとお互い目線を交差させて暫く。疲れたように息を吐いたキエルが降参の白旗を上げた。

「……わかりました。でも帰ったらまた始めますからね」

「ありがとう。ルファも、それでいいかな?」

「あ、 はい! 行きたいです!」

「じゃあ行こう」

 手を差し伸べられ、ルファの動きが止まる。

「えと、今からですか?」

「そうだよ」

 確かにルファはキエルの訓練があってきちんと髪も結っているし、ドレスも着ているので出かけるにはなんら問題ない。

 だが、このまま出かけても良いものか迷っていると、キエルが呆れたように肩をすくめた。

「そのまま出かけられて大丈夫ですよ。どうせ、すでに準備なされたのでしょう?」

 最後はロジェに問いかけると、彼は黒いハットの下、実に作り物めいた笑顔を見せた。

「さすがキエル。馬車は手配済だよ。その辺にぬかりはないからね」

「……嬉しすぎて仕方ないって感じですね、ロジェ様」

 ぼそりとこぼれたキエルの言葉に首を傾げながらも、 ルファは彼の手を取る。

「向こうに待たせてあるから行こう」

 ロジェに手を引かれるまま庭を歩き、花々を通り過ぎる。

 馬車を用意した、と言うからにはどこかに出かけるのだろうが、ロジェと二人きりなのにはまだ抵抗がある。

 誰か一緒に来てくれないものかと、歩きながら背後を確認すると、ゆっくりと後ろをエリー チェが着いて来ていた。

 社交の場ではまったく役立たずなルファを手助けしてくれるつもりなのだろう。

 最初はかなりの意地悪女だと思ったが、パーティ以降エリーチェに陰湿ないじめはされていない。

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