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灰色人魚の婚約者  作者: 天嶺 優香
三 小さな淑女、訓練す
17/45

1

 大きな屋敷を前に、キエルは両脇に荷物を抱えて見上げる。

 重い。腕がきしむ音がする──だが、ここで根をあげては女がすたる。

 上部で結い上げて一つに纏められたお団子が、少しほつれてしまっている。そばかすの散った頬は少し上気してほんのり赤く染まっていた。

 鼻から息を吐き、キエルは 大きな屋敷の、大きな扉を叩いた。

 すぐに扉が開き、 昔から見知ったメイド長が顔を出す。

「あらキエル。帰ってきたのねえ」

 ほがらかに笑いながら荷物を手伝ってくれる。

 キエルは歯を見せて笑った。

「はい。このキエルが未来の奥様に徹底教育を施しに参りましたよ!」

「ほどほどにね。それより、ティカ様もお戻りだよ。今はルファ様とご一緒のはずだと思うわ」

 キエルは目をきらりと輝かせた。

「ティカ様が!? 本当ですか!」

「ええ。昨夜帰られたのよ」

 キエルは疲れてくたくたのはずの腕に力を入れ、メイド長のグルテに渡した荷物も再度腕に持ち、屋敷内の自分の部屋に向けて駆けた。

 グルテが笑う声が背後で聞こえたが、それもすぐに頭から遮断される。

 ティカ──ティセルカは幼い時から仕えていたキエルの大事な、唯一無二の主。

 久しぶりにティセルカの顔が見れる。

 早く、早く会いたいと、自分を急かした。


    ***


 庭の花々が見渡せる大きなテラスで、ルファは向かいに座るティセルカをちらりと見た。

 長い白髪はふわりと風で揺れて、まるでテーブルに置かれたデザートの上に乗ったアーモンドを思わせる甘い色の瞳は、細い指先で開かれた小説へ向けられている。

 目元を彩るのは細身の眼鏡。

 じっと見つめているとティセルカが気づいたようで、手元の小説を置いてティーカップを指先で掴み、こちらを向いた。

「ん? 私の顔になにかついているかな」

「あ、いえ。眼鏡をかけられるんだな、と思って」

「うん。別に視力は悪くないはずなんだけどね。細かい字がどうにも見え辛いんだ」

「細かい字が……」

 なんとなく返す言葉が思いつかず繰り返すと、ティセルカの眉間にしわが寄る。

「別に老眼じゃないからね。昔から見え辛いのだよ。最近じゃない」

「あ、いえ、老眼だなんて!」

 ロジェの姉なら二十代中盤から後半ぐらいのはずで、老眼など思ってもみなかった。

「そ、そういえば今日は騎士服じゃないのですね」

「そうだね。今日は仕事じゃないし、そもそもここは私の実家だ。実家で休日に騎士服じゃあ、おかしいだろう?」

 確かに、休日に家で騎士服というのも変だ。

 なるほど、と納得していると、バタバタと足音が聞こえて少女がこちらへ走ってきた。

「ティカ様!!」

「キエルじゃないか!」

 知り合いなのか、ティセルカは立ち上がり、飛びついてきたキエルと呼ばれた少女を抱きとめた。

 ティセルカより小さな彼女はぎゅうぎゅうと思い切り抱きつき、まるで猫が喉を鳴らすように甘えていた。

 そんなキエルはくりくりとした小動物を思わ せる瞳でルファを見た。

「あなたがルファ様?」

「あ、はい。そうです」

 キエルはティセルカから離れ、たっぷり吟味するようにルファを見つめ、ふふんと鼻で笑った。

「このキエルが直々に未来の奥様に、貴婦人とはなんたるかを教えて差し上げます!」

 両腕を腰にあて、胸を張って言うキエルに、ルファは首を傾げたくなる気持ちを抑え、微笑んでみせた。

「よ、よろしくお願いします」

 若干の語彙の乱れは仕方ない。

 なにせ、自分とはさほど変わらない──むしろ年下に見える少女が、いきなり現れて教えると言うのだ。

 微笑むことができたのだから、むしろ褒めてほしいと思うほどだ。


    ***


「なにやってるんです! 本が揺れてますよ! あああ、もう! 全然だっめですね! だめだめですね!!」

 重たい本を頭上に乗せ、落ちないように歩くというキエルの指導は、かなり難しい。教え、というよりは訓練と言葉を変えた方がぴったりと思えるくらいの鬼教師ぶりだ。

 ほとんど何も置かれていない広い部屋で、もう何時間も歩いては怒られ、の繰り返しだ。

 頭上に乗せた本が重くて上手に動けないばかりか、少し体勢が崩れるとすぐに本が落ちる。

 退屈しのぎに見物に来たエリーチェは、部屋の隅に並んだ椅子で暫く様子を見ていたが、それに飽きたのか今は読書に勤しんでいる。

「ねえ。うるさくて集中できないんだけど」

 ひたすら手元の本へ視線を向けていたエリーチェが、顔をしかめてキエルに抗議した。

「なら自分の部屋で読めばいいじゃないですか! ここは躾のなってない犬を訓練する為の場所です!」

「その犬がさっきから全然進歩してないから見ててイライラすんのよ!」

 エリーチェもキエルも容赦がない。

 勝手に犬呼ばわりされるルファは小さくため息をついた。

 歩き方に一体何の意味があるのかルファには理解できない。キエルは礼儀作法をみっちり教えてくれるが、よくわからないものも多い。

 そんな事を思っていると扉がノックされた。

「どうぞ」

 エリーチェが許可を出すと、ワゴンを引いたグルテがやって来た。ワゴンにはティーセットと小さなスコーンが乗っている。

ワゴンにはティーセットと小さなスコーンが乗っている。

「休憩にしましょう」

 ようやく来た休憩に、ルファは安堵した。

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