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日当たりの良い木陰で、ベンチに三人座りながら談笑する。
時折、二人にせがまれて市井で流行っている歌や、ルファが得意とする子守歌も口ずさむ。
女同士、こんなに和やかに会話出来た事などほとんどないルファは、この穏やかな時間がとても心地良かった。
「ルファ」
こちらに向かってゆっくりと歩いてくるロジェは、ルファの隣に座る二人に目を向け、明らかに驚いていた。
「あら、どなたかいらっしゃったの?」
やはり目が見えていないのだろう少女は足音を聞きつけたのだろう。
隣に座る女性に向かって微笑みながら聞く。
「そのようですね」
誰かは検討がついていたのだろう。
二人はなにやら意味深に笑い、ロジェの顔は目に見えて引きつっている。
「な、 なぜここに?」
ここまで表情豊なロジェを見るのは初めてだ。
少女はにこやかな笑顔のまま、可愛らしく小首を傾げる。
「なにか問題が?」
ロジェの眉がぴくりと動いたが、どうやら少女には苦言が出来ないらしく、顔をしかめ──そして一瞬でいつもの笑顔を取り戻す。
否、取り戻す、と言うより笑顔を貼り付けた、と例える方が正しい気がした。
「いいえ、とんでもない。ただ、私の婚約者と何を話していたかお聞きしても?」
「ええ、それは構いませんわ。この方がね、先程女性達に囲まれていたようでして」
ロジェの視線が少女からルファに移るが、その真意はやはりルファでは読み取れない。
「どうお助けしようかと思っていたのですが、その必要はなくて。助けそこなった私達は人魚だと言う彼女の歌を聞かせてもらったのですわ」
ロジェの顔が明らかに不機嫌のものになり、少女と女性を一瞥し、次にルファへ向ける。
見るからに不機嫌なロジェに、なにを言われるのだろうか。
そう思って身構えるが、ロジェの問いは実に淡白だった。
「コスタか?」
たったそれだけ聞かれて、ルファは口で答えるかわりに頷いておく。
「ロジェ、とても不機嫌そうなお顔ですわね?」
悪戯っぽく笑う少女は、隣の女性と共にロジェを知り尽くしているようだ。
少女は目が見えない。ロジェの表情などわかるはずもないのに、彼の動きを当たり前のように読み取っている。
「……本当に、あなた方には敵いませんよ」
大きく、疲れたように息を吐いてロジェが言うと少女は嬉しそうに笑った。
「カーラ様、あまりいじめては泣いてしまいます」
こちらもかなりの悪どい顔で、少女の耳元で意地悪く囁く。
ロジェは居心地悪そうに肩をすくめ、そしてその場で膝をおった。
かなり上等の服であるはずなのに、一切気にした様子もなく、まるで騎士が主にそうするように、恭しく少女の繊手を取り、口付けをする。
「それで、ここにいらっしゃったのには何かわけがあるのでしょう?」
手を取って膝を地面についたまま艶っぽくロジェは笑う。
「もちろん。わたくしを誰だと思って?」
少し小芝居風の話し方をする少女は、誰かの話し方を真似しているように見えた。
ロジェは口端を持ち上げて、 笑う。
「もちろん、ルテリアの公女殿下にあらせられます」
「え……っ」
ルファは、これまでの短い人生で、こんなに驚いた事はない。それこそ思考が完璧に停止し、全ての音が遮断される。
公女殿下。この、ルテリア公国の?
「おや、お前の婚約者殿が固まっているようだよ」
ロジェは立ち上がり、ルファの隣に座る二人を紹介する。
「ルテリアのカロラティエ様と、俺の姉のティセルカだよ」
公女殿下と、ロジェの姉。
今まで気軽に話していた相手は、本来ならば顔を拝むことも許されない公女様と、そして未来の夫予定であるロジェの姉君だなんて。
恥ずかしさで一気にルファの顔が赤くなるが、カロラティエは柔らかく微笑んでルファの手をそっと触れた。
「言わなくてごめんなさい。ロジェの婚約者であるあなたと少しお話したかったの。これからも仲良くしたいわ。許してくださる?」
不安そうに睫毛を揺らして問うカロラティエに、怒れるつわものなどいない。 ルファは小さな彼女の手を握る。怒れるわけがない。悪気がないのに、怒る理由もないし、そもそも許す事柄が存在しない。
「もちろんです。ぜひまたお声かけください、カロラティエ様」
ルファが名前を呼ぶと、彼女はくすぐったそうに笑った。
「あら、カーラでよろしくってよ?」
少し高慢ぶった言い方をする彼女は、一体誰の物真似をしているのだろうか。
ルファは笑って頷いた。




