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だからなぜロジェがルファを選んだのかもわからない。人に必ず現れる感情が、うまく読み取れない。
コスタは取り繕う表情だけ評価するなら高得点だ。
婚約者の前では隙などなかった。
万能ではないルファの能力では、相手の微々たる動きを掴むしかない。
そして、 ルファをうまく連れ出したとほくそ笑んでも、友好の証と読み間違えていたルファはまんまと陰険集団へ捕らわれたわけだ。
「人を見る目がないのね。留学なんてしてたからではなくて?」
ロジェは阿呆だと思う。ほらね、とため息を心の中でつく。
ルファなんて見劣りする娘など選ばなければ良かったのだ。ロジェの評判を落とすだけなのに、なぜルファなのかは本当にわからない。
ルファを綺麗と言ってくれるが、きっと嘘。読み取れはしなかったが、お世辞に違いない。
だからロジェの悪口を言われても、恩はあるが義理などないルファが腹を立てる必要などな い。
──ない、はずなのに。
気づいた時には自分の前に立つ女性達を見据え、息を吸って、言葉を紡いでいた。
「先程から失礼がすぎるようですが、私がハーキントン家に嫁ぐ者だと知っての暴言と受け取ってよろしいですか?」
たったそれだけの言葉で公爵家に立て付きたいわけではないらしい淑女達は一斉に黙った。
「今回だけはニコラス様に黙っていて差し上げますが、次回は期待なさらないように」
唖然とするコスタに向けて冷たく言い放つと、顔色を悪くした淑女達が逃げていく。
悪口は、言われている本人が返すとそれ以上は言われなくなる。弱者と判断すると反抗などされないと思いこむからだろう。
ぱたぱたと去っていく彼女たちの背中を満足気に眺める。
これが通用するのはせいぜい一度。次からは向こうもなにか手を考えて来るだろう。
人魚館での体験を元にそんなことを思っていると、背後でくすりと笑う声が聞こえた。
誰もいない思っていたルファは驚いて後ろを振り返ると、長身の騎士服を身にまとう女性と、その女性に体を支えられて立つ小さな少女がいた。
少女は片手を女性に預けたまま、空いた方の手で口元に添えて笑っている。
「ごめんなさい。お助けする機会を窺っていたのだけど、必要なかったみたいですわね」
少女は両目を閉じて、女性に支えられている。もしかして目が見えないのだろうか。
しかし聞くにはあまりにも不躾な気がしてルファは変わりに微笑んでみせる。
「お気遣いありがとうございます。 お騒がせして申し訳ありません」
「いいえ、 聞いていてとても楽しかったです」
微笑む彼女からは悪意は感じられない。彼女達は一体誰なのだろうか。
少女の着る薄桃色のドレスは庶民のルファでもはっきりと上物だとわかる。
女性の方はドレスではなく騎士服を身につけていたが、背はルファよりも高く、上部結い上げられた髪はロジェと同じくらいに白い。
もしかして、彼女は人魚なのかと思わず凝視していると、視線に気がついた女が口を開く。
「私は人魚ではないよ。 よく間違われるけど」
「ティカは音痴ですものね」
人魚とは髪の色素が薄い、海の瞳、そして歌が上手い者のことだ。
確かにティカと呼ばれた女性は海の瞳ではなく、赤みがかった茶色だ。この時点で人魚ではないが、髪色からよく間違われるはずだ。
そして、立場が自分より上の者から歌をせがまれることもあるはずで、その音痴さを披露した数も少なくはないだろう。
苦虫を潰したように顔をしかめる彼女は、なにやら嫌なことでも思い出したのかもしれない。
「ところで、先程の方達に人魚と言われていたけれどあなたは人魚なの?」
「あ、はい。多分、恐らく、一応」
目の見えない少女はまだしも、自分より綺麗な白髪を持つ女性の前でルファは堂々と人魚だと胸を張る事は出来ない。
「随分と曖昧な言い方をなさるのね。なにか理由が?」
「私は確かに人魚ですが、白髪ではないのです」
「でも歌はお上手なのでしょう?」
まるで髪色の事など些細な話だとばかりに別の方へ話を振る。
もし本当に少女の目が見えていないとすれば、確かに目に映らない色について追求しても意味がないかもしれない。
「歌えます?」
再度問われて、ルファは笑顔で繰り返す。
「歌えます」
歌うのは嫌いじゃない。
一人で歌うよりも、人に聞いてもらえるのなら嬉しい。それが良い人達であれば尚更だ。




