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「仲良くなってないわよ!」
「朝食を食べるのを手伝ってもらっているのです」
「へえ、ルファの朝食を、ねえ……?」
「な、なによ。悪い!?」
顔を真っ赤にしながら言うエリーチェに、ロジェは口元を押さえて笑いを堪えている。
ルファは少食ではあるが、朝食もそれなりに少なく調整してもらっている。なので、手伝ってもらう必要がないことをロジェはわかっているのだろう。
「いやいや、むしろ喜ばしいね。二人は年も近いし、ルファは明日から忙しくなるから話せる人が増えた方がいい」
「忙しくなるって?」
「淑女としてのマナーや着こなし、それから社交ダンスも覚えてもらうから」
それはグルテから聞かされていた。今は簡単なパンが多いが、ナイフとフォークを使っての食事も覚える必要がある。パーティでの会話やダンスなどの社交術も身につけておかなくては、きっと生き延びていけない。
「それからルファ、今日は友人の屋敷でサロンが開かれるから行ってみない?」
「私が行っても大丈夫ですか?」
「もちろん」
にこやかに微笑まれて、今度はルファの顔が赤くなる。
「と、言うわけだからエリーチェ。支度を手伝ってあげて」
「なんであたし!」
「朝食を食べれたのは誰のおかげだっけね」
ロジェの物言いに、エリーチェは顔を青くさせ、次には瞬時に赤く変えた。
ロジェをびしっと差す指はわなわなと震え、眉間はあらん限りの力で寄せられている。
「あああなた、まさか、わざとあたしに朝食を抜かせようとしたわね!」
「だとしたら?」
「最低ね! こ、この、すけこましいいぃ!」
悔しそうに顔を歪めてわけのわからないことを言いながら、エリーチェは素早く走り去ってし まった。
呆気に取られるルファに対し、ロジェはようやく席が空いたと、それまでエリーチェが座っていた場所に腰をおろした。
「ここは俺の場所だから、あの女は座らせたら駄目だよ」
などと言って、テーブルの上に置かれたティーポットから紅茶を注いで口に運んでいる。
「きっとエリーチェが部屋に来てくれるから、彼女とグルテに任せると良いよ。なんだかんだ言っても彼女は世話焼きだから」
さすが、今までの付き合いがあるのだろう。ロジェは何の心配もなく、エリーチェがルファの部屋に来ることを確信している。
二人にどんな時間があったのかを思うと、 少し胸が痛んだ。
***
「だから、 ここを三つ編みにしてまとめた方が可愛いわよ!」
「恐れながらエリーチェ様、ルファ様の可愛らしさを最大限に発揮するには、こうして髪を上でまとめた方がいいかと思います」
「いいえ、三つ編みにして上でまとめるの!」
バチバチと二人の間で火花が散る。
ルファは椅子に座って、両者の勝負の行方を見守る。
先程からエリーチェとグルテは、ルファに着せるドレスやアクセサリー、化粧に至るまで、お互い意見を出し合って対立しているのだ。
その意見を吟味しながらなんとか着替えは進んだが、最後に髪型で大揉めしている。
「ルファ様のふわっふわな髪を三つ編みになんてさせません!」
「この子の可愛らしさを強調させるには三つ編みは手放せないのよ!」
身にまとった深い青色のドレスの裾を掴んで、ルファは俯く。
この長い戦いはいつ決着がつくのだろうか。
思わずため息がもれそうになるのを我慢しているとドアをノックされた。
「なに?」
ルファの代わりにエリーチェが素早く問うと、メイドだったようで落ち着いた声音がドアの向こうから送られる。
「出発のお時間が迫っております。馬車が先程到着しました」
「え、もう?」
思ったより支度に手間取ってしまったようだ。
残すは髪型だけだと言うのに、いまだ決まらないなんて。
「あの、ロジェをお待たせするわけにはいきませんので、出来るだけ早く決めてもらえますか?」
おずおずと口を出すと、二人とも時間のかかり過ぎを気にしていたのか、何やら目線を 交わしてお互いにため息を吐く。
「いいわ。妥協しましょう」
「そうですね。髪はアップで。三つ編みも混ぜ込む、というのでいかがですか?」
「そうね。髪型決めるのに時間取っちゃって遅刻、だなんて恥かしいものね」
二人は話を終わらせるなり、これまでが嘘だったかのように素早く髪をセットした。
「よし、完璧ね」
エリーチェは満足そうに笑う。てっきりルファの身支度などあまりやる気を出してはくれないだろうと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「ありがとうございます。エリーチェも、手伝ってくれてありがとうございました」
ふん、と鼻を鳴らすエリーチェは照れているのかもしれない。
ルファは口元が緩むのを抑えられなかった。
その後すぐに、エリーチェの怒鳴り声を浴びることになるが、はじめて会った時とは明らかに印象が違うエリーチェに、ルファはにこやかに流すだけに留めた。




