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「ロジェ、お前が婚約者を守らなくてどうするのだ。騒ぎに巻き込みたかったのかね?」
「いいえ、助かりました。ありがとうございます、大公殿下」
「お嬢さんも気をつけるといい。君は、今もっとも注目されている」
「はい。ありがとうございます」
もしエリーチェの計画が実行されていたらと思うと恐ろしい。
これからはもっと注意すべきだろう。騒ぎを起こされてはロジェまで品格を落とすことになる。
自分に優しいこの婚約者に、恥をかかせるわけにはいかない。
***
「一体どういうつもりだ、エリーチェ!」
ようやくパーティが終わり、夜も更けた頃。
ハーキントンの部屋の一つで、ロジェの怒鳴り声が響いた。
レグランはぐったり項垂れてソファに座り、ルファはその隣で目を丸くして、目の前のやり取りを見つめる。
ロジェの怒鳴り声なんて、はじめて聞いた。
「なにが? 別にただのおふざけだけど?」
「ふざけるな。ルファに自分の髪飾りを仕込んで騒ぎを起こすつもりだったのだろう?」
「そんなに大きな騒ぎにするつもりじゃなかったのよ」
腰に手を当てて、ただ、と彼女は続ける。
「大事な髪飾りがなくて、慌てた。そこへその子が髪飾りを持っていて周りがざわつく。健気なあたしはその子を庇う。さっき貸したんだってね。どう、完璧でしょ?」
「開き直るな!」
つまりエリーチェは無くした髪飾りを持ったルファを周りに疑わせ、自分はそのルファを庇う事で株を上げる。庇われたルファは、周りからどうせ盗んだのだと思われ、弁解もできずうやむやにされる、というシナリオだったようだ。
「ルファに手を出すな。大公殿下が気づいたから良かったものの……」
ロジェは言葉を切って、エリーチェを鋭く睨む。
わずかに怯んだ様子のエリーチェに低く言い放つ。
「次はないよ」
「……わかったわよ。悪かったわね」
むすっと顔をしかめて、かなり不服そうにエリーチェは謝った。
ロジェは息を吐いて話を切り替え、ルファに視線を向けて笑顔で切り出した。
「ルファ、エリーチェは今夜から屋敷に滞在するからね。嫌だろうけど基本的に無視していいから」
「え、滞在……?」
思っても見なかった事を言われ、まじまじとエリーチェを見つめる。ロジェにくってかかる彼女は、彼の言い方が気に食わなかったのか、何やらまた文句を言っているが、ルファに気にしている余裕はない。
彼女と、今日から同じ屋敷で生活する? できるのだろうか、ルファが。
ルファと目が合うと、エリーチェは鼻を鳴らして胸を張った。
「なによ、 文句ある?」
やっていける自信は、無い。
***
翌朝、朝食を日当たりの良いバルコニーでとっていると、エリーチェもその場所で食べるつもり だったらしい。バルコニーに来てルファを見るなり、顔をしかめて立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。
「あの、良ければここで食べませんか?」
「なによ、どいてくれるわけ?」
「いえ、まだ席が空いてますので」
エリーチェはしばらく空いた椅子を睨むように見つめていたが、やがてどっかりと荒く座った。
そのまま彼女は黙って床を睨み付け──時折り、テーブルの上に置かれたルファの朝食を見ている。
「……あの、朝食は頼んでないのですか?」
「頼み忘れたの!」
「良かったら食べます?」
ずいっと朝食であるスコーンとジャムをエリーチェの方に動かすと、彼女は口をもごもごと動かせて言い訳をしはじめた。
「だって、寝起きで誰もいないし、厨房の場所もわからないし、この屋敷でわかるのはここくらいだし……」
眉間に力を入れて睨むようにこちらを見る彼女の顔は、ほんのりと赤い。
なんだかそれが可愛く思えて、ルファは小さく笑いをこぼす。
「私には食べきれないので、良かったら手伝ってもらえませんか?」
「……し、仕方ないわね。そこまで言うなら手伝ってあげないこともないわよ」
と、もったいぶる言い方にも関わらず、エリーチェは早速スコーンに手を伸ばしていた。
昨日はあんなに怖かったのに、今は怖くない。もしかしたら、普段は案外可愛い人なのかもしれない。
思わず笑い声を上げてしまうと、すかさずエリーチェに噛みつかれた。
「なに笑ってるのよ!」
スコーンを頬張るエリーチェの怒鳴り声は、昨日ほど威力も威厳もない。
わかる場所がこのテラスしかなかったからとりあえず来た、と彼女は言った。
だが、もしかしたら当てもなく歩き、良い匂いに誘われるまま辿り着いたのではないだろうか。
そして、朝食を分けてくれなど言えず、困っていたのではないだろうか。 その想像はなんだか当たっている気がする。
「あれ、意外だな。もう仲良くなったの?」
いつもルファがここで食べている事を知っているロジェも、ここで食べようと思ったのだろう。と、言っても彼はいつも朝食を食べず、紅茶を飲むだけで済ませている。




