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彼女の姿が見えなくなってから、ルファは体の力を抜いてテラスの格子にしがみつく。
「はああぁ、怖かった……」
本当に心臓に悪い。最後の言葉も気になる。
なるべくエリーチェには近づかないようにしようと決意を固め、ルファも会場へと戻った。
***
ロジェと再び合流して、貴族達の挨拶を受け、会話をする。
貴族達は、ルファの隣に立つロジェに話しかけながら、こちらを見ては値踏みするように笑う。
特にルファの髪色を気にしているようで、ロジェには見えないように、器用に下品な視線を向けてくる。
「いやあ、しかし、あなたがこんなに早く婚約者を迎えるなんて思ってなかったですよ」
と、髭面の伯爵が笑いながら言う。きっと、自分の娘を嫁がせる予定でもあったのだろう。
「しかもこんなに早い帰国だとはね。君の事だから結構長く留学するものだと思っていたよ」
ジャケットのボタンが苦しそうなぷよぷよの腹を揺らして笑うのは、子爵家の次男。さっきからルファに妙な視線を送ってきていて、寒気がする。
「留学はとっても良い経験になりましたよ。友人もたくさんできましたし、なによりあちらは個性で溢れている」
「個性? ルテリアも個性では負けていないとは思うが?」
しわだらけの老紳士が目を細めて言うと、ロジェを囲んでいた貴族達の表情が強張る。
一体何者だろうかと不思議に思うが、ロジェは気にした様子もなく穏やかに微笑む。
「まあルテリア公国としては個性が多いにあると言えますね。ただ、国民一人一人の個性は無いに等しいと、私は思いますよ」
「ふむ、お嬢さんはどう思うかね?」
まさか話しかけられるとは思っていなかったルファは、とっさに返す言葉が出てこなかった。
「え、ええと……」
「ルテリアの個性についてだよ。どう思う?」
老紳士はうまく答えられないルファのために再度問うてくれる。目つきはきついが、優しい人なのかもしれない。
「個性ですか?」
確かに他国にとって、白一色のルテリア公国は他と比べて目立つし、個性とも言える。
だが、ロジェの言うとおり国ではなく公国の民一人一人の個性としたら、他の色に目もくれず、 ひたすら白しか求めず流行色も無い、 季節の色も無いルテリア公国は、 果たして個性的なのだろうか。
「ある意味、個性的と言えます。だけど、それは国としてであって一人一人がまったく同じ色の服で流行もないなんて、個人としての個性はないのかもしれません」
流行なんて気にすることもない。
ただ、流行りの形や素材を選ぶだけで、いつでも白を着ればいい。食卓も、建物も、そこに住む住人の衣服も髪色も。全て白だなんて、なんてつまらない個性だろう。
「そうか、そう思うかね。君達は同じ価値観を持った者同士か。実に良いと思うよ、おめでとう」
「ありがとうございます、大公殿下」
「え、大公殿下 」
思わず老紳士を凝視した。
この、深い紅色の衣装で身を包んだ老紳士が?
ルテリア公国の主。代々続く王室アイセン家の嫡男として生まれ、即位して今年で四十数年。
本当にフェルディナンド・ジャン・ロシュフェルト、その人なのだろうか。
「相変わらず妙な奴だな、ロジェ」
「お褒めに預かり光栄です」
「褒めとらんよ」
周りの貴族達でも今気づいた者がいるようで、まさか大公が来るとは思ってなかったのだろう。少し顔色を悪くしている。
「お忍びで来られたのですか?」
「まあな。招待状をよこさないお前が悪いのだよ。だから、私のかわりにリエルダから叱られてくれ」
リエルダ大公妃。ようやく三十路中盤を過ぎた頃で、長男と長女を数年前に産んだ、ルテリアの母。人魚館出身の、かなりの美人と評判の人魚だ。
「妃殿下にまた無断で出てきたのですか? 離婚されても知りませんからね」
「冷たい甥っ子だな。せっかく出向いてやったというのに」
軽い冗談をやり取りしているが、本来ならこんな気やすい態度をとって良いはずがない。ロジェを甥と呼ぶからには血縁者なのだろうが、周りの貴族達は大公が恐ろしいのか二人から距離を置いている。
「おや、お嬢さん、髪に綺麗なものを連れているな」
フェルディナンドは手を伸ばし、ルファの髪に触れてなにかを取る。するりと頭から抜かれたのは、見覚えのない真珠の髪飾り。
「こんなもの、つけていなかったのに……」
「誰のいたずらだろうな」
大公はそう言いながらも誰のものかわかっているらしく、視線をよそへ向けている。ルファもその視線を追いかけ、壁にもたれかかってこちらを見ているエリーチェと目が合った。
「……エリーチェですか」
ロジェも気づいて表情を硬くした。
「他の髪飾りとは浮いているものがあると思ったのだ。惨事になる前で良かったな」
惨事。そう言われて、ようやく理解出来たルファは顔を青くした。
テラスで言われた、エリーチェの言葉。
彼女は、自分の髪飾りをルファに忍ばせ、騒ぎを起こすつもりだったようだ。髪飾りがない、とでも言って、ルファを犯人に仕立てようとたくらんでいたのだろう。
髪を触られた時に、髪飾りの存在を気づくべきだった。




