六本の生命
私は、朝露に濡れた羽を休める為に、大きな窓ガラスの隙間から、中へ滑り混んだ。
その中には外とは別の、切り取ったような青空が広がっていて、
たくさんの希望や願い、夢が溢れていた。
小さい車、カラフルな木馬。
微かに香る、哺乳瓶の香り。
私は視線を下に落とした。
すると、そこには小さな天使が寝息を立てていた。この寝顔をみて微笑むのは、私が妖精だからではない。きっと誰もが微笑みをこぼすだろう。
おっと。
私は我に返り、休む場所を探した。
確かに天使は眠っているが、きっと母親や父親は私を殺そうとするだろう。私は辺りを見渡し、小さい家を見つけた。部屋の中にある小さな家。
私はその小さな家の小さなベランダに飛び降りた。
コンコン
っと小さなドアを二回ノックした。
…。
返事はない。
私は、
キイィィィ
っとゆっくりドアを開け。
キイィィィ
っとゆっくりドアを閉めた。
部屋の中に入ると、そこには人形がいた。
両足、両手、体、頭に、それぞれ糸が繋がれている。色々な生地が合わさってできたその身体は、とてもカラフルで、作り手の愛情が溢れていた。
人形は六本の糸が絡まる事なく器用に動いていた。
私がそんな彼に見とれていると、彼は私に気付いたのか、小さくお辞儀をしてこう言った。
『こんにちわ。キリギリスさん。貴方を待っていました。』
私は、こう答えた。
「私はキリギリスさんではないよ。」
彼は私の声が聞こえないのか、私の話を聞こうとしなかった。
ニコニコと天使の様な笑顔で私を見ていた。
彼の名前は”クラウン”。誰かが天使の為に作った、操り人形だ。この小さな家の住人で、音を立てずに暮らしてる。窓からはベビーベッドが見えて、たまに母親が天使に絵本を読み聞かせるのを聴くのが、クラウンは大好きだった。
クラウンは色々な物語を知っていた。
『キリギリスさん。僕、人間の子供に成りたいんです。』
私はもう一度言った。
「私はキリギリスさんではないよ。」
彼は私の話を聞くことなく、話を続けた。
『キリギリスさん。ピノキオってしっていますか?』
「ピノキオ?」
『はい。ピノキオです。』
「知らないねえ。」
クラウンはえ!?っと驚いた顔をしたが、直ぐに笑顔に成り、部屋をゆっくり歩きながら話を始めた。
『ピノキオは、人間の子供に成った、木でできた人形のお話です。
ピノキオは、嘘を付くと鼻が伸びてしまいますが、正直に言うと鼻が伸びません。』
クラウンは鼻の前にこぶしを二つくっつけて、わかりやすく説明してくれた。
「そっかあ。」
『ピノキオは、色々な冒険をしていろんな人と出会います。そしていい子に成ったと認められて、人間の子供に成ります。
冒険の最中、ピノキオは何度も鼻を伸ばしてしまいます。でも、僕は今まで1度も鼻が伸びたことがありません。』
クラウンはニコニコしながら続けた。
『だから、ピノキオよりも僕はいい子なので、もっともっと早く人間の子供に成れるとおもうんです。』
「ふうん。そうかあ。」
クラウンは嬉しそうにピノキオの冒険を語った。笑顔が夜の部屋を照らし、時間は我を忘れ、夜には星が流れた。クラウンは願い事を3回言った。
『にんげんのこどもになれますように。にんげんのこどもになれますように。にんげんのこどもになれますように。』
クラウンは上手に願い事が言えて嬉しかったのかスキップをしながら部屋を駆けていた。
部屋をクルクルと何回か回ると
急にピタリと止まり、私を見た。
『キリギリスさん。僕は木でできていません。この身体は布で、中には柔らかいわたが詰まっています。でも、僕も人間の子供に成れますよね。』
クラウンは私の顔を不安気に覗き込んだ。
「そうかもしれないな。」
クラウンはニコッと嬉しそうに笑った。