序章 ~始まりは突然で~
スタート!
アメリカ合衆国 ~デトロイト~
「Freeze!(動くな!)」
「Round the suspect up!(容疑者を取り押さえろ!)」
深夜に入る時刻と言うのに人気が満ちるとある廃ビル。ここにアメリカの特殊部隊が突入し、見るからにかたぎではない様々な国の男達が取り押さえられていた
「畜生が!離せ国の犬共があああ!!」
そこに一人、髪をオールバックに整えた強面の日本人が獣のように吠えていた
「くそ!何でバレた!誰かが裏切ったてのか!?」
「半分当たりで半分ハズレだ。極秘兵器売買組織『王天の鉄槌』筆頭、王番徹」
取り押さえられた男がしつこく抵抗していると、特殊部隊の車両のライトをバックに一人の男が歩み寄った
「て、てめっ!その声!」
「俺は組織としては裏切ったが、潜入捜査官として証拠を揃えてタイミングを計ったと考えたら…元々お前に従う気はさらさらなかったっつうことだ」
男は若い、推測しても二十代の容姿で日本人。目の上までの前髪に耳は出ており、後ろの髪は短め、上の髪も短く剥かれてワックスでボリュームをつけた黒髪が特徴的で
「そうか…おめえモグラだったのか。仕事が早い奴で助かると思って油断したのが間違いだったか!」
「いや?そもそも兵器を転がして儲けてる時点で間違ってるっての」
顔は端正、鋭い目つきだがどこか人を惹きつける魅力を醸し出し、スーツを着崩して第2ボタンまで開けてネクタイを緩めていて、その上長身ながら細身の彼
「…覚えてろ、てめぇの顔は覚えたぜ!次会う時はてめぇと俺の立場は逆転してる!お前の愛する人間!家族!全員を目の前で葬ってやるよ!!」
狂気じみた笑いで若き彼に叫ぶ男、王番。だが彼はそれをものともせず、ただ冷たく男を睨んで口を開く
「もう言われ慣れてる。そしてそういう奴に限って、そいつは数年後には日の光も感じないモノになり果ててる…そして知れ。俺はそいつらに一度も報復を受けていない」
淡々と、ただ事実を述べたように青年は告げ終えると、踵を返してその場を跡にした
「えげつないねぇ…相変わらずの追い込みだな。シシド」
「…ニックか」
青年はその場を去る為に自分の乗る車に向かうと、そこに一人の快活そうな黒スーツの黒人が話し掛けてきた。青年の知り合いのようで、彼、ニック・ジャンクソンは愛想よく青年に近付く
「捜査ご苦労さん。死なずに済んだな」
「…この程度相手に死んでたまるか」
「Haha!強気だな」
「ま、インターポールなんて何時死んでも可笑しくない場所で生きるなら、満身しない位の自信は必須だろう?」
「だろうねぇ…それをうちの後輩共にご教授願いたいよ。インターポール特別捜査官のスーパーエース、サイガシシド殿?」
ニックは笑いながら彼、サイガの肩を叩く。ただしスーツからでも分かる筋肉質な体を持つ彼が手加減なしで叩いてくるので、少々音が凄まじいのだが
「ニック…叩くなら加減しろアホ」
「慣れたもんだろ?気にすんなよ兄弟!」
「誰がだ…それに、俺は仲間は作らない。そこは弁えろよ…」
だがサイガはニックの手を振り払うとそのまま車に乗り去ってしまった
「獅頭砕牙、17にしてインターポールに所属。その類い希な知識と身体能力が認められてうなぎ登りの出世。今では特別捜査官に任命され、年内の犯罪組織の検挙数の四割が彼の実績……確かに凄いのだけれどね」
「ん?よおサラ!来てたのか」
するとニックの後ろから聞き覚えがあった声だったようで、彼は気軽に新たな人物、サラ=ミラージュに片手を振る
「この組織は私も追っていたの。まあ彼の情報で走り回るってだけだったけどね」
そう言う彼女は女性スーツを整え、団子にした金髪を少しいじった後、赤いメガネをクイッと上げる
「ご苦労さん。にしても今回もちょろかったな…あいつが特別捜査官になってから、危険な仕事は常にあいつが請け負って、今じゃインターポールの死亡率が30%も減少した。有能にして英雄、けどあいつ…いくら栄誉を手にしても何も言わねえ。まるで興味がないみたいに」
「それは彼も目的があってのことだと思うわ。だからこそ、彼はあの二つ名を背負ってでも捜査官を続けているのよ」
サラは物思いに耽るように言うと、砕牙が去った道を見つめた
「お?恋する乙女の見解ですかな?」
「な!?何で私が砕牙なんかに!///」
「あれれ~?俺は一言もサイガなんて言ってないんだけど?」
思わぬ失態、サラはそれに気付くと最早顔が火のように真っ赤になってしまった
「ニック!」
「Hahaha!分かってるよ。サイガはもてるからな、あんましのんびりしてたら盗られるぜ?せっかくナイスバディしてんだから、いっちょメロメロにしてやりな」
「レディに向かって何てことを!だからあなたは彼女出来ないんですよ!」
「痛い所つくな……まあ、いいや。今のは冗談としてだ。サラ、サイガと長い付き合いになる俺達だ。だからこそ頼みたい…あいつを二つ名のしがらみから解放する手助けをしてくれ」
すると先程までの雰囲気が一転、2人の間に緊張が走った
「…ええ、そのつもりよ。でも、あれは砕牙自身がどうにかしてくれないとどうにもならない気がするの」
「……Lone wolf、はぐれ者か」
2人の思いを本人は知らない
デトロイト 某高級ホテル
「捜査官にVIP対応は止せといったろうが…」
潜入捜査を終えた砕牙は、インターポールの用意したホテルで息を吐き、緊張を解いた。そして徐にネクタイを外してスーツを脱ぐとカッター一枚でソファーに寝転んだ
「……さて、調べるか」
だが彼は目を閉じることも、シャワーを浴びることもせずにノートパソコンを用意し、しきりにキーボードを叩く。彼が検索したであろう膨大な情報から探し物を見つけ、それらをひとまとめにして整理する。かなりやり込んでいるのか、その手付きは慣れたものだった
「……クソ!やっぱりない…どうすれば…」
突然声を上げる砕牙。探し物がなかったようで、彼は悔しさと怒りによって前のテーブルを蹴ってしまう
彼が検索したであろう情報をまとめたノートパソコンにはこう記されていた。
『一家怪死事件ファイル』
「…インターポールに来て五年…裏組織の情報網を試しても、組織のデータベースを検索しても全く掴めない。可笑しすぎる!何で痕跡一つ謎なんだ!」
砕牙はしきりに怒りを地面にぶつけた。彼に何があったかは知らないが、浅からぬ事情は見て伺える
「日本でも謎、大国アメリカでさえも…残された方法はあるのか?」
「何カリカリしてんだ?少年」
「っ!」
だがその時、不意に掛けられた声。その瞬間、砕牙の取る行動は早かった。自分の右腰にあるハンドガンを抜き取り、すぐさまソファーの影に隠れて安全装置を解除。相手の出方を伺う
「誰だ!」
「おいおい、いきなり踊り出してどうした?…ふ~ん、この世界の酒は美味いな」
突如砕牙の部屋に現れた招かれざる客。だが彼は全くもって敵対心がない口調で話す。耳に届くのは日本語、声色からすると中年を思わせた。そして砕牙がゆっくりとソファーの端から正体を確認すると、そこには黒いコートを着た長身の男が対面式のキッチンに腰掛けて酒をグラスで飲んでいた
「別に争う気はねえ。それといつまでも隠れてないでこっちで酒飲もうや…それに、警戒してるけど俺が声掛けないと気付けなかった奴相手なら、声掛ける前にさっさと殺してると思わないか?」
「……」
冷静に、それは尤もだと同意を感じた砕牙はそこでようやく緊張を解き、ハンドガンをホルスターに納めた。念の為、安全装置は解除しているが
「酒を飲むのは構わないが、不法侵入は頂けないぞ?」
「細かいこたなしだ!ほれ、置いとくぜ」
そして謎の中年はいつの間にか用意していた二つ目のロックグラスに半分程入れた酒を横に置いた。ちなみに酒はジンである
「…はぁ、んじゃ一杯頂くよ」
「そうそう、酒の時だけは穏やかに飲むのが乙なもんよ」
砕牙はキッチンへ近付くと男の横に座り、グラスを取る。2人は丁度バーカウンターで隣り合わせたようになっている
「……」
砕牙はジンを一口飲みながら男を見る。そして見れば見る程不思議な男だった。銀髪にサラサラの髪を全て下ろした肩には届かない位の長い髪、肌は黄色、目は青く無精髭が頬にかけて生えてシワもやや深いが、不思議と不潔さや不快さが感じない。言葉とすれば渋い男性だ。服装をとって見ると、男性のコルセットを着け、西洋の騎士を思わせるようなきっちりした着こなしをしていた
「じろじろ見んなって恥ずかしい」
「…警戒してんだ。見るからに怪しいぞお前」
「まあそれもそっか」
2人はそれから話さない。じっくりと手元のジンを味わい、緩やかな時の流れを感じる
「で?俺に何の用だ?」
だがそれを長く続ける気はなく、砕牙はそっとグラスをテーブルに置くと、男の方へ体を向け、片肘をテーブルに乗せて睨む
「ああそうだったな。忘れてた」
「……お前何なんだ本当に」
「まぁ時間もあんまないし、軽く説明して済ませるわ」
そして男もまたグラスを置くと、首だけを砕牙に向けて口の端を上げた
「俺達の世界に来てもらう」
「は?」
「ちと厄介事が重なってな…俺じゃもう対処出来ないんだよ。それで、恐らくそれを一気に解決出来そうな人間はって言えば…お前しかいなかったんだ」
正直砕牙は訳が分かっていなかった。突如こっちの世界に来いと言われれば、誰でも理解出来るはずもない
「国じゃないのか?」
「ああ、ユーリアン大陸って場所でな。ここはどういう法則で栄えたか知らんが、こっちは魔法と剣で栄えたんだ」
「……飲んだくれが頭でも打ったのか?」
「その反応が正しい。でも今から起こる事実を考えると頂けない。まあとりあえず伝えるだけ伝えるか…こっちの魔法は六大元素から成り立つ」
更に男の説明は続く。砕牙の理解速度などお構いなしに男は左手を出して指を立てる
「火、水、地、風、雷、木…残りは、まぁどうとでもなる。何せお前は魔から最も遠い存在でありながら最も魔に近い真理を秘めてるからな」
「はぁ、医者を紹介してやる。とっとと消えろ飲んだくれ」
「冷たいな少年。安心しな、医者なんぞとっくに間に合わない身だ」
「は?どういう…っ!お前…」
だが砕牙はそんな気でも狂ったようなことを話す男に目を向けた瞬間驚愕した。目の前の男は今、透けて見えるのだ
「時間がねえ。何も若僧と酒楽しむ為にわざわざ来たんじゃねえんだ…んじゃ、準備しますか」
男はそう言うや否や椅子から立ち上がる。彼はジンを砕牙よりも遥かに飲んでいたはずだが、足はしっかりとしていた。更に彼は砕牙とほぼ同じ、180cm程度の身長だと分かった
「…何だ?黙って拉致される趣味はないんだが?」
そして砕牙は気付く。立ち上がった男の雰囲気が明らかに変わったことに。それは彼には慣れ親しんだもので、戦闘の時に感じる肌を伝う殺気を放っているのだ。砕牙は男から目を離さず椅子から立ち上がり、ホルスターのハンドガンを両手で構えて銃口を向けた
「悪いが抵抗しても同じだぞ?さっきのお前の立ち回り、その武器が飛び道具なのは分かってるが、当てられないんじゃ意味がない」
「インターポール舐めんな。これでも最高速度のレースカーのタイヤぶち抜ける位の技量はあんだよ」
不気味な均衡が保たれる室内。互いに相手を見据え、隙を与えない
「言っとくがそっちにも悪い話じゃない。最悪、お前の調べ物の手掛かり位なら見つかるかもな?」
「っ!?」
だがその均衡は、一言によって生まれた隙で崩れた
「がはっ!?」
「騙し打ちみたいで悪いね。でも本当にメリットがあるんだからそこは勘弁してくれ」
砕牙からすれば何が起きたのか分からなかった。ただ分かったのは、いつの間にか男は自分の懐に迫り、首とハンドガンを掴まれテーブルに頭を叩きつけられていたという事実だった
「一方的な頼みで悪い。でもお前があの世界の…最後の希望なんだ」
「か…あ…」
締め付けられた力は尋常ではなかった。砕牙自身、全力を使ってでもほどけないと悟り、徐々に意識が遠のくのを感じ脱力し始める
「一応、俺が残りの全霊かけた魔力注いでお前の魔力の栓は抜いといてやる。感謝しろよ?ただでさえ素養があるお前の魔力に俺の魔力が加わんだ。後は自由に頑張れ」
そして男は抵抗がないと判断し、首にかけた手はそのままに、片手を離すといつの間にか虚空から一本の剣が現れた
「Good luck,kid…行きはゆっくり寝てたら着いてる。安心しな」
男の動きに迷いはなかった。次の瞬間、男の剣は砕牙の心臓を貫いた
プロローグ長めでした。ただし今からが世界観の変わる瞬間です!とりあえず出てきた人間書いときます
獅頭砕牙
年齢 22
身長180cm
体重73kg
インターポール特別捜査官にして若きエース。17の頃にインターポールに所属し、その才能を思うがままに発揮してみせ、個人で多くの犯罪組織を欠落させた実力者。ただ人と組むことを拒み、仲間内からははぐれ者、『Lone wolf』と呼ばれた内に二つ名となった。本作主人公
容姿は端正でつり上がった目が特徴。着やせしているので筋肉質だというのはあまり人に知られていない。普段はGパンにジャケット、冬なら上に黒コートを羽織っている
ニック・ジャンクソン
年齢 28
身長183cm
体重81kg
インターポール捜査官で砕牙の良き理解者。快活な性格は周囲から好かれており、組織のムードメーカー的存在である。砕牙とは任務で知り合い、時々見せる砕牙の影を知りつつ次第に良く話す仲となった。関係で言えば、質の悪い弟を見る兄のような人
容姿はスキンヘッドにたれ目、朗らかな顔だが体は理想的な逆三角形を保っている
サラ=ミラージュ
年齢 24
身長172cm
体重60kg
BWH 86 59 89
インターポールのお色気担当と仲間内にからかわれているエリート捜査官。真面目な性格で砕牙が来るまではトップの実績を誇っていた。彼女もまた砕牙の理解者で、ニックとも砕牙繋がりで知り合う。砕牙を慕っているようで、捜査を同行したことがきっかけの様子
容姿は学校の厳しい女教師を体現したような人
とりあえず以上です!では次回!