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どうしてこの人は立ち上がるのだろう。
ピタリと頭に照準を合わせながらあたしは考える。
もし、あたしなら…適当に切り上げて、反撃のチャンスを窺う。
一度くらいなら尻尾を振る真似くらいしてもいいわ。
あの時の痛みに比べたら、そのぐらい何てことはない。
無様に地面に転がりながら、目は一度もそらさず、未だに強い光を宿している。
なぜそんなに他人にこだわるのか、まったく理解ができない。
裏切ったあたしのことなど忘れて、日常に戻ればいいのに。
愛とかくだらない妄想に、取り憑かれているのではないかとさえ思う。
生殺与奪の権利はあたしにある。この人差し指に力をこめれば…あったものに変わるだけ。
他人の命などあたしに関係ないわ。…ただ、名前があの子と一緒なだけ。
それなのに、どうして引金が引けないのだろう?
キングの命令は絶対。
組織にいる者なら、一般常識以上に当然のルール。
もちろん命令は聞こえていた。
だけど…。
あたしは今までに一度も手を汚したことはない。組織には、そこにいるナイトのように実行部隊がいるから。
なのに、なぜ今回はあたしに引金を引かせようとするのだろう?
思考の癖を素早く読み取るように、反射して考える。
【どちらでも同じこと】とキングは言ったけれど、それはきっと不自由な二択。予め答えが決まっている。
では、なぜあたしにそれをさせたいのか。
本当に殺すだけなら、ナイトだっていい。なのに、一撃でトドメをさすやり方ではなく、まだるっこしい方法で、未だ生かしている。
これはきっとあたしに対する挑戦。いろいろな要素が絡んでいる。
忠誠心、度胸、痛みや悲しみ。
この人差し指を引けたなら、組織の中での地位は磐石なものになるだろう。
引けなかったなら…きっとあたしはまた一人ぼっちになってしまう。いや、すぐに会いに行けるかな。
唯人、お姉ちゃんバカだから、何かを間違えたみたい。
誰も巻き込みたくなかったのに、結局あたしは誰かを不幸にしてしまう。
同じ名前だからと、興味さえ持たなければ、こんなふうに傷つくこともなかったのに。
もう許してくれないよね。
霞がかった思考の果てには、あの頃の自分。弱かった、誰も守れなかった自分がいて。
遠い昔に無くしたはずの感情が、何度も立ち上げる姿に連動する。
あたしが唯人さんに見たものは憧れだったのかもしれないね。