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身体中が痛い。もう立つな、やめてしまえと身体が訴える。
でも心は一つも折れる気配すらなく。まるでゾンビのように、震える足を引きずりながら、その照準の先へ。
もう理由なんてなくて、ただ俺は前に前に進んだ。
『とんだ茶番だな』
枯れた声で、傍らにリコを置きながらボスが言う。
悔しい。届かない一歩が。
何度殴られただろう。もう立つことすら難しい。固い地面を掴み、それでも這いずるように前へ。
目も開かない。だから、顔も見えない。
絶体絶命なのはまったく変わらないのに、俺はそんなことすら考えてはいなかった。
進む、戻される、進む。
ある種、異様な空気が場を支配していた。
『もうやめろ、これ以上は命にかかわる。意地のために死ぬつもりか?俺は向かって来る者に手は抜かない。お前だってわかってるだろ?俺達は棲息域が違うんだよ』
「うるせえ!!なら殺してみろよ。手加減なんかするんじゃねえ!!」
精一杯、振り絞って出した声は、どれほどの大きさだったのだろうか?
口の中もズタズタに切れ、腫れ上がり、喋りにくいのも確か。
『面白い、ならクイーン…引金を引きなさい』
辺りに緊張が走る。ざわりと空気が変わるのがわかる。
さすがのナイトも手を止めて、固唾を飲んでいるようだった。
静寂が包む。感じるのは意思の渦だけ。
ナイトは考える。初めから計画通りだったのではないかと。クイーンを泳がせておいたこと自体が。
そして最小の動きで、最大の効果を出すために、この場を用意したのではないかと。
…残酷だな。と口の中でつぶやいて、せめてものはなむけにそっと踵を返した。
「どうした?お前のボスが命令してるぜ?早く撃てよ」
地面に大の字に寝転び、その瞬間を待つ。もうどうでもよかったんだ。裏切りの果てにあるものは、ただの静寂。漆黒のガソリンも今では空っぽになっていて。
『ほら、こいつもそう言っているんだ。早く楽にしてやれ。それともこいつにやらせるか?どちらにしてもワシには同じことだ』
結局、死ぬことには変わりないらしい。
それならば、せめて一度は本気で愛した人の手で。
全ての思いが、リコに引金を引かせようとしていた。
それでリコはクイーンとして、完成するのだろう。
指先さえ自由にならない身体に反して、思考は妙に冴えていく。
俺はそのための駒でしかなかったわけだ。