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『動かないで』
ずっと黙り続けていたリコが、跳ね起きたように大きな声を出した。
その声に制されるように俺は歩みを止めた。いや…怯えていたんだ。
現実に起こっている非日常の世界。それを受け入れられなくて。
立ち尽くす俺を追い越して真っ直ぐにPCに向かう。
…そうだ。PCは?
床に散乱しているCDに気を取られて、全く何も見えていなかった。
ブウン…という音と共に、電源が入る。良かった。PCは死んではいない。
画面が立ち上がると、リコは一心不乱にキーボードを叩き続けた。
…速い。どんどんと書き綴られているのは英文。…何かのプログラムだろうか?
流れる文字を追うことが精一杯で、中身など全く理解できずにいた。
『…そういうことか…なら、まだ手の打ちようはあるのね』
独り言のように呟かれた言葉。
"失敗"から"手の打ちようがある"という変化は、希望となりうるのだろうか?
リコならばきっと…。だけど、リコの視界にも、思考にも、俺はいなかった。僅かにも映ってはいなかったんだ。
まだ荒らされた痕跡が色濃く残る床にぺたりと座り込んで力無く笑った。
受け止めたつもりがすり抜けられ、受け止めてもらえると思った期待が、一層傷を深くする。
今ここにいるのは抜け殻。人の形をした何者でもない物。
空っぽだ。胸を風が通り抜けていく。
独り言を呟くリコの言葉など、もう何一つ聞こえなかった。いや、聞きたくなかったんだ。
一つ一つCDを拾い上げる。どれも大切な音たち。それを見るたびに思い出す悲しい思い出。
フラッシュバック。記憶が胸の中を埋めつくしていく。
目の前がグルグルと回り、吐き気がした。
冷たいものが頬を伝う。
…堪えきれない思い、やるせない思い。怒りと悲しみと…絶望。だけど、不思議と後悔はなかった。
【同情を引こうとしているのか?】
頭の中に鳴り響く声。
…そうヤツは疲れた時をめがけてやって来るんだ。
もう一人の自分が、ボロボロな心を揺らし責め立てる。
【違う】
そんな否定の言葉さえ意味はないのかもしれない。
だって、リコは俺を見ていないのだから。
どんどんと闇に飲み込まれていく心。黒く塗りつぶされていく領域。
視界に映るリコをもう見ることすら苦痛に変わり、振り払うように目を閉じた。




