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『次の信号を右に曲がって』
右?
さすがにこの辺りには土地勘がない。リコの重い表情が意図するものは?
わからない、わからないけれど得も言われぬ不安の渦が、広い車内を支配していた。
「なあ…そろそろ教えてくれないか?どこに向かっているのか」
『ちゃんと説明するから…ごめん、今は聞かないで』
さっきからこれの繰り返しばかり。悲しみを帯びた表情に、思わずため息が出そうになる。
リコの予想時刻まであと、15分。だいぶ…景色も変わった。閑散とした農村地帯。正月を迎えるこの時期、歩いている人さえ見えない。
…まさかな…。一抹の不安が頭をよぎる。
人目につかないところで…何かをする気なのか?
いっそう警戒を強めるけれど、表情から窺うと、そんな元気さえ見当たらない。
リコの指示の元、右に左に車を走らせる。少し小さな集落に差し掛かる。
さびれたスタンド。シャッターの降りている店々。古ぼけた商店。昔ながらの理髪店。
それをぼんやりと見ながら、走らせていると…急にリコの様子が変わる。
『止めて』
周りに車がいないのをいいことに、言葉に反応するように急ブレーキを踏んだ。
キキイッという音の後、車を端に寄せ、ハザードを付けた。カチカチという規則正しい音が、連続して聞こえる。
「どうした?」
『そこの角に、赤い屋根の家は見える?』
下を向いて震える声で。
「ああ…それが?」
『その左隣の家。壁は白くて…屋根は…青い』
「そう。リコ…もしかして…」
『…うん…あたしの生まれた家よ。二度と…来ることなんてないって思ってたけど』
…やけに詳しいとは思っていたけれど、まさかこんな綺麗な子が…。
「それは…どうして?」
リコは小さく笑って、明らかに無理をしている表情で少し歩こっか?と車を降りた。
まあ…この様子じゃ車にイタズラする奴もいないだろ…と、カギを抜いて俺も車を降りる。
風が冷たく感じるのは、人が出す温度があまりないからなのだろうか?
やけに寒さが骨身にしみる。
リコに手を引かれるまま、ゆっくりと俺たちは歩いた。