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借りた車は普通のセダン。もちろんオートマで、喫煙可。ベルトを締めて、ゆるゆると見送られ走り出す。
「それでどこに向かえばいいんだ?カーナビに入れちゃうから」
『…ごめん。面倒かもしれないけれど、あたしの言う通りに走ってくれる?』
…そこに何らかの意味はあるのだろうか?ただ、今は従うしかないだろう。
「…じゃあ、どっちに向かえばいい?」
『西に向かって』
ここから西。どちらかといえば農村地帯。北の方なら、繁華街なのに。
西に3時間で大きな街ってあったっけな…。そんなことを思いながら、車を西へ走らせた。
「高速に乗る?」
『ううん、とりあえずこのまま国道走って』
何かCDでも持ってくればよかった。味気ないラジオの音じゃ、隙間は埋められないから。
ずっと西に向かうと、視界が開けて海が見えてくる。細く開けた窓から、少しだけ香る潮の匂い。
残念ながら鉛色に濁っていたけれど。
『海だね…』
はしゃぐわけでもなく、ただ淡々と口をついて出た言葉。
俺も黙って頷いて、ただ車を走らせた。
ニ時間ぐらい経った頃、ただでさえ少ない会話が、更に少なくなる。いつものような軽口も聞こえなくなり、表情もどんどんと重くなる。
…そこには一体何が待ち構えているのだろう。
言葉少なになるリコの表情からは、何も読み取れないが。
…会話がなくなるとタバコが増える。つけては揉み消し、またつけて。
手持ちのストックが切れたから、近くのコンビニに立ち寄った。
「何か飲み物でもいる?」
『ううん、大丈夫』
少しも大丈夫ではない表情で、やっとのことで言葉を返す。
店内に入り、いつもの倍のタバコと、ブラックコーヒー。ミネラルウォーターを買って、リコにそれを手渡した。
『ありがとう…』
飲む気がないのか、手で遊ばれているけど。
すっとおでこに手をかざす。
「大丈夫?熱はないみたいだけど、具合悪い?」
『…うん。大丈夫だよ』
笑顔。すごく悲しい笑顔。それに心を痛めるけれど。
「なら…いいんだけど」
切なさに気づかれないように、表情を消して、また車を走らせた。
ブラックコーヒーの苦味が、心の苦味と相まって、俺の心を揺らしたけれど。