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プライド。それは時に自分を惑わせる。自覚症状がないのが、余計に鈍らせる。
そうか。俺の邪魔をしているものはプライドだったのか。捨てちまえ、そんなもの。
…とは思っても、長年自分を作り上げて来た環境も土台も急に変えられるわけもなくて。こんなにも泣きたいのに、涙さえ出ない自分に嫌気がさした。
優しく包み込まれているのに、素直になれない自分が悔しくて。
どうすることもできなくて、抱きしめ返すことさえできなくて、ただただ立ち尽くしていた。
「こんなにも泣きたいのに、どうして涙が出ないんだろうね」
『…きっと悲しすぎるからだよ。終わりを見つけられていたら…泣けたのかもしれないけど。だけど、今あなたは泣いているわ。悲しさが、あふれているわ』
…そうなのだろうね。リコがそう言うのなら。
『全部吐き出しちゃいなよ。格好なんか気にしなくていいから』
「それができたら、苦労なんかしないよ」
悲しみが怒りに変わる。
『グチでも言い訳でも言っちゃいな。言わないから心に溜まるんだから』
言いながら涙ぐむリコ。どうしてこの子は、こんなにも他人のために心を痛めるのだろう。
その気持ちに答えるように、誰にも言えなかった黒く汚い気持ちを吐き出し始めた。
「仕事を優先するのが悪いのかかまってくれないからって浮気しても許されるのか」
『悪くないわ。許されるはずないよ』
「休みのたびにどこかへ行きたいばかり。休みは休みたかった。行かなきゃ、友達はいつも連れていってもらってるってグチを言われるし」
『いつも働いているんだから、休みは休むべきよ。友達は友達の付き合い方があるわ』
甘やかされているのか?いや…これはこれでリコの本音だろう。
自分の考えや想いが、ほんの少しの摩擦もなく、相手に受け止めてもらえること。それはまるで麻薬のようだ。
もしリコが彼女だったら…どんなに楽になるだろう。
いや、考えちゃいけない。きっと俺だけのものになんて絶対にならない。
いくら指輪を贈っても、所有物にはなりはしないんだ。自我のある人間だから。
心の中の汚い澱を吐き出し、それをリコが受け止めてキレイに昇華してくれる。その循環こそ、きっと…あるべき姿なのかもしれない。
「ごめん。汚くて」
『あなたに言われちゃ誰も笑えないわ。唯人さんは、誰よりも…いい人よ』
それはないよ。…俺は、君のことを裏切っているから。