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一瞬で空になったグラスに、すぐさま酒を注ぐ。
また同じように戻されるグラス。気持ちもこのようになればいいのにと、俺は心で強く思った。
傷ついて心の中身が流れたのなら、また注いで、元通りにすればいい。シンプルでいいんだ。
店内のスピーカーはボリュームを振り分けられるのだろう。入口の方は大きく鳴っているが、ここの席ではちょうどいい。彼もプロなのだから、当然か。
目の前のグラスを手に取り、もう一口流し込む。中々本音が出てこない。
「…初めてリコを見たとき、すごく綺麗な人だなって思って。彼女にフラれたばかりなのにさ」
黙ってリコはうなずく。まっすぐに目をそらさないで。
「昨日、いっぱい泣いたよね?あれでどこか勘違いしてしたみたいでさ」
『勘違い?』
「"わかり合えた"気がしたんだ。…少なくとも、俺は。でも、それは感覚だけで、現実は何も知らない、何もわからない。だって…まだ…俺の名前すら知らないだろ?」
彼女は軽く微笑んだ。背筋がゾクリとした。思わず、冷や汗が流れ出る。
『片桐…唯人さん』
「ど…どうして」
『意外と知ってるものでしょ?』あっけらかんとして、彼女は言うが、俺は寒気が止まらなかった。
ヤバい。本能からの恐怖。知られている、というのがすでにおかしい。
『安心して。悪用なんかしないから。ただの乙女心なの』
「…あの時の…"携帯"か」
『ご名答。つい見ちゃった。ごめんね』笑顔に騙されちゃいけない。本能からの警告は続く。一刻も早く、関係を切るべきだ。
だけど、離れたいと思う気持ちも、蜘蛛の巣の中。網に捕らえられた蝶なのかもしれない。
どうせ知られているのは、名前だけではないのだろうから。
俺は一つ息を吐いて、冷静さを取り戻そうと試みた。
打開策はないのだろうか?
…くそっ、何一つ見当たらない。一方的なワンサイドゲームに、俺は投げ出してしまいたくなった。
「目的は何だ?金か?」真剣な表情で、弱さをさとられないように。
…だけど、彼女は吹き出していた。
「何がおかしい」思わず声が大きくなった。
『ごめん。でもさ…おかしくて。もしそれが目的なら、こうやって一緒になんかいないよ。客だろうとあたしは嫌だし。目的は…そうね、あなたをもっと知りたいし、癒してあげたい。それだけよ』
「そんなもの信用できないよ」と吐き出した瞬間‐リコは唇を重ねた。