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奥まった路地に入ると、中央通りからは別世界。
ネオンの消えた電飾。ひび割れた看板。点々と虫食いのように灯りがともる。
怪しい黒服が暇そうに腕を組み、こちらをちらりと見るのを横目に通り過ぎる。
ほどなくすると赤茶けたレンガ造りの店が見えてくる。地下への階段を降り、黒く重厚な扉を開く。
間接照明でほのかに彩られた店内。木を基調にして、アットホームでシックにまとめられている。
『いらっしゃい。久しぶりだね、こんなかわいい子連れてさ』…やるじゃないの、と、奥さんが言う。
『ゆっくりしていってね』とメニューを置いて、カウンターでにこにことしている。
『ここにはよく来るの?』
「最近はごぶさただけど、顔を知られて、世間話をするくらいは来てるね。誰かを連れてきたのは、初めてだけど」メニューに目を向けながら答える。見なくても決まっているけれど。
視線を感じて、ふと顔を上げる。
「ん?どうした?」
リコはにこりと笑って、そういうの嬉しい、と少し顔をほころばせた。
…初めてにもこだわるんだよな…女って。俺は気のない返事を返し、水を一口がぶりと飲んだ。
昨日とは、また違う表情。メイクなのか、服装なのかはわからないけれど、大人びて見えた。
軽く手を上げて奥さんを呼ぶ。俺はパニーニとオムレツを、彼女はBLTサンドを頼んだ。
パンをかじりながら、一つ気になることを聞いてみる。
「リコの仕事…というか"アザーサイド"のシステムってどうなってるの?」
『…秘密』とうまくかわされる。
「それじゃわからないよ。君の目的はなんなの?」
空気がざわりと変わる。氷のような冷たさで、知らなくていいこともあるのよ、と。
寒気がした。触れてはいけない部分。ますます彼女が遠くなっていく。
奥さんに年末の挨拶をして、店を出る。
「今日は帰るよ。なんだかうまくいかないんだ」
『えっ…もう?帰っちゃうの?』
「そう…思ってる。家で音楽でも聞くよ」顔を見ないで、なんとかそれだけ吐き出した。
『…やっぱり、あたしじゃダメなのかな?どうやったらあなたを笑顔にできるの?』
まっすぐに俺を見て、彼女は言う。
俺は困っていた。わからなくて。自分のことなのに。
俺はリコに何を求めているのだろう…?
真剣に向き合うには、互いのことを知らなすぎる。
店の前で二人、少しだけ途方に暮れていた。