-14-
携帯の画面を見つめたまま、固まっていた俺の肩を森野が叩く。
思わずビクッとしてしまった。後ろめたいのかもしれない。
『どうしたんだ?』
正直に話すわけにもいかず、何とかごまかしたが、いぶかしげに俺を見つめていた。
疑いのまなざしを避けるかのように、トイレへと逃げ込んだ。まるで隠れてタバコを吸う中学生のように。
狭い個室に座り、ふうとため息をついた。
とりあえず当たり障りなく返すことにしてみた。
【仕事は順調に終わりそう。いろいろとやることがあって、メールは夜にしようと思ってた。ごめん】
…こんなのでいいのだろうか?電話みたいな刹那のやり取りと違い、メールは記録に残る。もう少し気持ちに余裕があれば、気の利いたセリフも出てくるのかもしれないが…今の俺にはそれが精一杯だった。
出ようとするとすぐにメールが来た。
【よかった。嘘でも嬉しいよ。信じてみて…本当によかった】
心配していたのだろうか?およそビジネスとは思えない返事に少しずつ心は揺れ動いていた。
周りに怪しまれないようにあえて返事はせず、デスクに戻ると森野が声をかけてくる。
『何を隠してるんだよ?今日は様子がおかしいぞ?』目ざとく探りを入れてくる。
「そうか?昨日は飲みすぎたからな…」
『いや、絶対におかしい。…まあ、お前が大丈夫というなら、何も言わないけどさ』
「あまり大きな声じゃ言えないんだけどさ…あいつと別れたんだ」
『本当にどうして』
…大きな声を出すなよ…。俺は人差し指を口にあて、森野を諌めた。
『…悪い』声のボリュームを落とし、もう一度、でもどうして?と言われる。
俺は、5分後に資料室で、と先に席を立ち上がった。
約束の5分よりも2分早く、資料室の扉が開いた。
後ろ手にカギをかけ、小さな密室の出来上がり。中には社外秘の資料もあるため、カギは持ち出せないようになっている。
だから誰の邪魔も入ることがないため、暗黙の了解でよく内緒話に使われていた。
「早いよまあいいけど」
『悪い。最終日だから大丈夫だろ』
「まあね。大したことはないよ。彼女の浮気…というか、俺が捨てられただけ」
『最低だな。あの女』
ストレートな物言いに少しだけ苦笑いしてしまう。婚約者も別れてしまえば、そう言われる。逆もあるということを考えてしまってさ。
「幸い、明日から休みだしゆっくりするよ」
『…それがいいな』