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あっけに取られた俺を横目に、カコカコと高速で携帯を扱い出す。
そしてポンと手の平に"それ"が戻ってくる。
『あたしの番号とアドレス登録したから…もちろん000番にね』
そういたずらっぽく笑うリコに、つられて笑ってしまった。
「わかっててやっただろ?」
『思い出をデリートだけじゃなくて、上書き保存しただけよ』
そう。もちろん"000番"は…元婚約者の番号であった。
一番最初の番号。どうしてなのか、女ってそういうところにこだわるよな…。
"一番"でいたい。あなたの。そう脅迫めいたプレッシャーをかけてくる。
…よそう。深く考えすぎるのは。期待は裏切りに変わるから。
ジリジリジリジリと別れのジングルが鳴る。
これが…最初の出会いだった。
【2】
別れの余韻を惜しむ間もなく、俺には日常が待っていた。
目まぐるしい一日だった…なんて振り返る余裕すらなく、企業戦士の戦闘服を身にまとう。
まっさらなシャツに袖を通し、ネクタイをして。
細身のシルエットのコートに、リーガルを合わせて歩き出す。
会社につくと隣のデスクの森野が話しかけてきた。
『おはようさん。今年も終わりだなあ』
「おはよう。そうだな。…例の案件は?」
『もうバッチリ。クライアントも喜んでいたよ』
「そりゃよかった。部長のボヤキなんて、年末に聞きたくないもんな」
『そりゃそうだ』
二人でニヤリと笑い合う。
PCの電源を立ち上げる間、コーヒーを入れる。マグカップをふうと吹きながら、少ししか開かない目をこする。
仕事の確認は終わったため、俺のすることは一つ。暇を潰すだけだ。
お気に入りのニュースサイトに飛び、一通り目を通す。社会情勢、芸能、スポーツetc…。
それが終われば、音楽の情報を。好きなアーティストはもちろん、新しい音にも興味を持って。
帰りにタワレコでも行こうかな…。あそこは俺にとっての夢の国。何時間だっていられる宝の山。
そんなことを思いながら、眠気を抑えるのに必死だった。
舟を漕ぎだしそうになる胸が、静かに震える。
そっと二つ折りの携帯を開くと、リコからのメールだった。
『昨日はありがとう。仕事大丈夫?メール待ってたのに』と怒った顔が続いている。
…どうすればいいのだろう?
すぐに返せば足元を見られるかもしれないし、返さなければ…つながりは消えてしまう。
少し迷っていた。