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俺は高鳴る鼓動を抑えながら、だっていなかったじゃないか、と何とか言った。
『だって…よく眠ってたから、悪くて』
俺は大きく息を吐き出し、酸素をたくさん取り入れた。
「…もう帰ったかと思ったのに」
『そんなに薄情に見えるせっかく軽いもの買ってきたのに…』
片手にぶらさげたコンビニ袋が、所在なく佇んでいる。
「だって…本当にわからないから。俺だって…寂しかったよ。何だかつながった気持ちになってるのは、俺だけだったのかって。やっぱり…契約だったのかなって…」
息継ぎ無しで、べらべらと気持ちをまくし立て、その後で少しだけ後悔した。
傷つけるには充分だったらしい。目の前でみるみる涙が溜まっていく。
消えてしまいたかった。いっそ夢なら…。
バスタオルを腰に巻いたままの間抜けな格好で、俺は平手打ちくらいの覚悟を決めた。
…が、意に反して返って来た言葉は『ありがとう』だった。
もしかしたら…彼女もそう考えていてくれたのだろうか?
いや…相手は幼く見えても女性だ。魔性…簡単に信じては…いけないはずなのに…。
美貌だけじゃない。節操がないと言われればそうなのだろうが…この目の前いる感情を豊かに表現するリコに…惹かれ始めていた。
『…あーもう。ずるいよ。昨日から泣いてばっかり。あたしじゃないみたいだ。…普段は本当に違うんだからね?』
涙まじりに下から覗く、その表情。"普段"の方が今なのではないか?そんな疑問さえ抱くぐらい…無邪気で無防備だった。
…イノセンス。
そんな"職業"なのに。
俺はなぜだか穏やかに微笑んでいた。
それが気にくわなかったのか、頬を膨らまして怒っていたが…それがまたとても…可愛かった。
少し遅めの朝食を取り、チェックアウトの時間が近づく。
ふと家のオーディオラックを思い出してしまう。
【Good bye】
いくら未練がましく見ていても…彼女は俺のものではないんだ。
どちらからともなく、そっと手を伸ばす。二人で寄り添いまるで恋人のように。
イミテーションだとはわかってる。だけど…もう少し…もう少しだけ。
中央駅にたどり着き、その時間が近づいてくる。
携帯を開き、時間を確認する。もう…電車がやってくる。
言い様のない喪失感が襲ってくるが、必死に抗う。遊ばせてる携帯を持て余しながら。
その時、一瞬手が離れ、不意に携帯を奪われた。