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もちろんこんな深夜に俺の携帯は鳴るはずもない。
じゃらじゃらと色んな物がついた…リコの携帯。
その中でもとりわけ存在感のある、おそらくは手縫いであろう小さな熊のぬいぐるみ。
ブランド物に彩られた彼女の…最後の砦なのだろうか?使い込まれた色あせが、それを強く思わせる。
彼女は幾度の夜をこいつを握りしめ耐えたのだろう…。
大事な品には違いない。シルクハットを携えた、茶色のタオル地のナイト。
確かに、古ぼけてみすぼらしくも見えるが、俺にはそれすら誇らしげに見えた。
俺はそっとそいつを持ち上げ、カバンのベッドに横たえた。オヤスミ。また明日。そう呟いて、俺はもう一度リコの隣に潜り込んだ。
いつの間にか眠ってしまっていた。けたたましい電子音に不快感を覚え、酒の残る頭にはことさら大きく鳴り響いた。
伸ばした右手にはもう…重みを感じない。
それに少しの寂しさを覚え、俺はむくりと身体を起こした。
…シャワーでも浴びるか。幸い今日は午後からの出社だ。年内最後の案件を確認して、整理整頓すれば…正月休み。
ふわあ…と一つあくびをして、シャワールームへ向かう。
もうもうと立ち込める湯気に、少しずつ目が覚める。しばらくの間、頭からシャワーを浴び続けた。
…それにしても。昨日、少しはつながったと思ったのに、やっぱり演技だったのかな…。挨拶くらいしてもいいだろうよ。
いつの間にか煙のように消えてしまった彼女。
まるで夢のようだ。いや…夢ならもう少し…サービスしてくれても…と考えてしまうのは、やはり俺も男と言うことか。
現代版『鶴による生殺し』では、泣き顔を見られたので、消えてしまいました。もちろん高そうな反物など残さず、切なさだけをのこしていきましたとさ。
…めでたくねえな。
シャワールームで身体を拭き、歯を磨き、髭を剃る。
呑気に歌なんて口ずさんで、ドアを開けると満面の笑みで『おはよう』と声が飛び込んで、心臓が3秒ほど止まりかけた。…いや、止まった。
その場でヘナヘナとへたり込む俺に、無邪気な顔で『ん?どうしたの?のぼせた?』なんて聞く目の前にいるリコ。
心底からのため息をやっとの思いで吐き出して、呼吸の仕方を思い出した。
「…びっくりしたあああ」
当の本人はわけがわからないようであるが。確実に寿命は縮んだはずだ。
これは貸しにしておこう。