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間隙。
ある種の異様な空気に支配されていた空間。
あのナイトでさえ、気づくことができなかった。
キングの身体が、スローモーションで跳んでいくのを、横目で捉えるのが精一杯だった。
「ああああああああああっ」
ただ吠えた。腹の中から溢れてくる感情を。
我を失うとはこのことだろう。今までの怒りなど、まるで怒りではないぐらいに、真っ赤な感情が身体を操っていた。
ギラつく目で、辺りを見回す。ふうふう、と荒い呼吸で。
…キレてやがる。まるで正気の目じゃない。素人は、ああいうのが一番危ないんだ。
長年の経験が危険だと告げているのに、そこから一歩も動けない。
まさか…俺が…気圧されているとでもいうのか?
キングのピンチにも関わらず、足から震えが消えない。
頭での理解の範疇を越える相手。あのガキの言う通り、いつの間にか、挑戦者の立場ではなかったというわけか。絶対的に強い立場から、邪魔者を組織的に排除するだけ。
あの魂からの叫びに、足がすくむのも仕方がないということか。
ナイトは笑った。
誰かをでも、自らをでもなく。自然に口をついて出た笑い。
それは気分を高揚させた。
敵がいる。その事実こそ、俺の存在意義。
『おおおおおおおおおっ』
ナイトもまた、荒ぶる感情を抑えることもせず、吠えた。
それは支配からの解放とは気づかずに。
自らの意思で吠えることすら忘れていた自分に、大切な何かを思い出させる。
…何が起こった?
不意をつかれた一撃に、受け身一つも取れなかった。
最初に出てきた感情は怒り。傷一つ付くはずのない高みに存在している自分が、なぜ這いつくばっているのか。いかなる理由があろうとも、それが許されるはずがない。
あの役立たず!!守るしか能のないあのウスノロに、今までどれだけ世話してやったと思っているんだ!!
沸々と湧き起こる怒り、それは二人の咆哮に欠き消された。
大気を震わせるほどの叫び。
そこには今まで、彼が支配してきた感情など、万に一つも存在していなかった。
ただ、吠える。
獣のように。
根源からの恐怖。揺さぶられる感情。今までに抱いたことなど、一度もない。
地べたに手をついたまま、ちらりとクイーンを見やる。未だ、変わらず虚ろな瞳。
まだ…ワシに運はあるわけか。クイーンの中の狂気。それさえ動かせれば…他に何も必要ない。
腕に力を込め、身体を起こした。