ただ、そこにある私の世界
今の私達は、目に映る場所が全てではないことを知っている。
仮に長い時間を使って、自分が疲れ果てるまで歩いても、世界はどこまで続いていて、長い時間をかけて、どれだけ沢山の人と知り合っても、世界中の人々はそれより何倍いる。
それを、私たちは知識として知っている。
けれど私にとって、幼い頃は自分の知る全部が全てだった。
家にはいつも誰もいない。
あるのは、誕生日に買ってもらった熊のぬいぐるみと冷蔵庫に入っていたごはん。
電子レンジでごはんを温めて、ぬいぐるみを傍において、一人でご飯をたべるのが、幼い時の私の日常だった。
大きな不幸はない生活だった。
誰にも虐められもしていないし、大きなケガや病気にもなっていない。
両親が忙しかったことだけを覗けば、十分に愛されていたと思う。
友達だってきちんといて、それなりに笑顔が絶えない日々だった。
けど、私は思っていた。
寂しい、と。
もっともっと愛されていたいと。
家に帰れば誰もいない。テレビをつけて、ぬいぐるみを側に置いて、時間がすぎるのをただ待っていた。
勉強もゲームもテレビも、一時は紛らわすことができるけれど、終わってしまえばすぐに自覚してしまう。
誰もいない家。
ぽつんとひとりぼっちの空間。
明りはついているのに、いつも薄暗く感じていた。
逆に周りの家からは、明るい光であふれて、微かに笑い声がもれていて。
それが尚更胸を苦しくさせた。
だから、いつも眠るときはぬいぐるみを強く、強く抱きしめて。
ギュッと閉じた目から零れる涙を、ぬいぐるみの頭に押しつけて眠っていたのだ――。
「おかしな子供でしょ?」
過去のエピソードを自嘲気味にキミに伝える。
休日の夕方、私の家に泊まりに来たキミが「そのぬいぐるみってクタクタだけど子供ときからあるの?」と聞かれて話し始めた。
重く受け取られないように笑い飛ばしながら。
実際、笑ってくれれば、こちらも軽いノリで返すことができる。
――今までそうしてきたように。
けれど、彼は不思議そうに首を傾げて。
「そうか? おかしな所なんてどこにもなかったけど?」
なんていうものだから、思わず固まってしまった。
「えっ?」
「だってそうじゃん。親の愛情を受け取る時間が少なかったから寂しいっていうは当然だし、それをなんとか紛らわそうとして、ぬいぐるみをそばに置くのも、そこまでおかしなことじゃないし――」
ベッドにおいてあったぬいぐるみ――キーちゃんをそっと持ってきて。
「そういった大事にしているものを、今もこうして大事にしたままでいるのも、自分の寂しさや苦しさを、他人が抱え込まないように笑顔で話すのも、なんていうか、弥生らしい」
なぁ?とキーちゃんを軽く持ち上げ目線をあわせ、まるで意思がある相手にするように声をかける姿は、年齢より幼く見える。
正直変わっている、と思う。
けど、そんな純粋さが、とっても愛おしい。
思わず、調子を狂ってしまっても。
そんなキミが好き。
「ほんとに、おかしな人」
「自慢じゃないが、俺は歩く天然記念物と言われているぞ?」
そう言いながらも、胸をはるキミに微笑む。
確かに自慢にはならないかもしれない。
でも。
「ふふ、あなたにピッタリね」
希少価値という意味でも、何だか可愛らしく聞こえる愛称も。
「――なんか、それはそれでむずがゆいな」
笑わせようとしたのに、そんな風に受け止められて困ったと頭をかくキミ。
そんな風に照れるのも大好きよ?
「なんか、色々と恥ずかしくなってきたわ」
表情を隠すように机につっぷすキミ。
あらあら。
「そんなに色々みせてくれて、私もっとキミが好きになってきたわ」
「もう勘弁してください」
顔を上げて、でもそっぽを向くキミがほんとに可愛い。
「・・・・・・今日はキミの色んな仕草が見れて、とっても良い日ね」
そう言ったとき、キミは私をチラリと見て。
「そんな事をいうなら、俺にもある」
「何が?」
この時私は油断していた。
だから、次の言葉が私にとっての爆弾になり得るとは思わず無防備のまま、問いかける。
「弥生も可愛いところ、一杯あるよ、ゴシックロリータを可愛いとカッコイイを兼ね備えたものだって思ってるとことか――――」
キミの視線の先にあるのは、私が普段人前では見せない姿。
自分が良いと思うものを身につけた私だった。
「――――っ」
キミは当り前のように、自然に。
私にとって特別な言葉を、嘘の欠片も混ぜないでに言ってくれる。
だから落ち着いてきた心臓が再び跳ね上がった。
体中が一気に熱くなる。
思わずコップに伸ばしたが、あいにくとローズティは飲み干した後で、水滴とついたガラスの中身は空だった。
そんな私にキミは更に言葉を紡ぐ。
「それと、飲んだ後にストロー先軽く噛むクセも、可愛い」
ストローを噛むのは、飲み終わったぞという自分自身のサインだといつだったかキミにいたけど――――よりにもよって今それを言うなんて・・・・・・。
「・・・・・・」
もし彼が何か軽口を叩いてくれれば、それに乗じて返せる言葉もあっただろう。
けれど彼はただ――。
「にしし」
子供のように、無邪気に。
自分のありのままを、隠す事なく私に伝えてくれる。
それは、あの日と同じだった。
ひょんなことから、私がゴシックロリータ好きだとばれて。
内心焦りながらも、可笑しいでしょと笑う私に。
気持ち悪がるでもなく、バカにするでもなく。
私の好きを、認めてくれた――――。
『可愛いと、カッコイイが合わさっているから好きか、――いいじゃんっ』
そんな笑顔でいうんだもの、反則だわ。
「もう、バカ」
「ごめんごめん、でもさ、好きなことはちゃんと口にして、伝えたいから」
「・・・・・・」
一体キミは、どれだけ私をメロメロにさせたら気がすむのだろう?
けど、それがとても嬉しい、心からそう思う。
だから――。
――子供の頃は自分の知る全てが、世界の全部だった。
大人になっていくうちにつれて、どれだけそれが小さかったのか自覚した。
そして大人になって、視野や行動範囲が増えて大きくなっても、大きな世界からみたら、私の世界が小さいままなのは変わらない。
けれど、確実に違うと断言できるものがある。
それは――――。
「私もキミが大好きよ」
テーブル越しに開いていた距離をつめ、そっと彼の頬に口づける。
「キミの全部が――――大好き」
そう言って、恥ずかしくて頬が染まったまま、私は心から微笑んだ。
――私のちっぽけな世界は今。
昔と違い
こんなにも沢山の愛で溢れている―――。
最後まで読んで頂きありがとうございました。




