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午前零時の図書館 ― 精霊の祈り

作者: ブラウニー
掲載日:2026/05/09

『午前零時の図書館』シリーズ第二話です。

宜しくお願いします。


・いつもの日課


 耳がヒクヒクする。

誰かが近づいてくる(かす)かな足音。

まぶたをゆっくり開ける。

まだ、寝ぼけているのか、外の景色がまぶしく目にしみる。


玄関の扉が開く音がした。

「ベル~ でかけるよう!」

大好きなミーナの声だ。

犬小屋から顔を出すと、ミーナが笑顔で話しかけてくる。

「ほ~ら、今日も精霊様のとこに一緒に行こう!」

手招きするミーナに向かって、勢いよく飛び出した。

ちぎれそうなくらい尻尾を左右に振って、ミーナの周りをぐるぐると回る。

ミーナが村の入り口まで駆けだしたので、あわてて追いかけた。


精霊様のところに着くと、いつもと違う臭いがした。

強い獣臭が漂い、森の鳥も騒いでいる。

大きな獣の足跡もある。

それをクンクンと嗅ぐと危険な感じがしてきた。

「なんか色んな物が散らばってるね」

特に祭壇(さいだん)が荒らされて、食べ散らかしたお(そな)えや器があたりに散乱している。

ミーナはこっちに話しかけてきながら、精霊石の周囲を掃除するのだった。


昼からはミーナと一緒に、野花摘みと薬草採取に行く。

ベルも薬草を掘ったり、(くわ)えて運ぶお手伝いをする。

「ベル、お手伝いありがとうね」

ミーナはにっこり笑って頭をなでてくれる。

褒められると尻尾がブンブンと揺れる。

ミーナの笑顔が大好きだ。


夕暮れ前には、ミーナと一緒に村へ戻る。

精霊様に野花を捧げ、薬草はミーナについて村の薬師のおばあさんの所に行く。



・毒蛇


 次の日、昼からいつもの場所でミーナと一緒に、野花摘みと薬草採取のお手伝いだ。

「ベル! 良い薬草が採れたよう!」

輝くような笑顔でミーナが、手にした大きくてきれいな薬草を見せてくれる。

ベルが尻尾を振りながら走り出すと、急にミーナが顔をしかめ、しゃがみ込んでしまった。

ミーナの側に行くと蛇がいるのが見えた。

あわてて蛇を追い払う。


ミーナは痛みで額にしわを寄せながら、蛇にかまれた傷の所をタオルで縛っていた。

「ベル、村へ戻ろう」

ミーナの声は苦しそうだ。

足を少し引きずるように村へ急ぐが、精霊石のところで力尽き、ミーナは倒れてしまう。


倒れたミーナが心配で、匂いを嗅いだり顔を()めたりしたが、ミーナはピクリともしない。

ミーナが動かない。

どうしたら良いか分からない。

ミーナの周りをうろうろ回ってしまう。

だれかいないか。

キョロキョロと周りを伺うと遠くの畑に人の気配がある。


ベルは畑に駆けた。

必死に。

少しでも早く。


畑にいるのはミーナのお母さんだった。

「ワンワン」

大きく張り上げて()える。

いつもより大きく吠える。

懸命(けんめい)に伝える。

ミーナを助けて。


何回かお母さんの周りを回ってミーナの方に向かう。

お母さんが付いてきているか、確かめるように何度も後ろを振り返る。

どうにか精霊石のところまで、お母さんを連れてくることが出来た。



・ミーナの家で


 お母さんがミーナを連れて家に戻った。

ベルも心配そうにミーナのベッドの横にいる。


ミーナの家に人が集まってきた。

薬師のおばあさん、猟師のおじさん、畑から戻ってきたミーナのお父さん。

お母さんはミーナのベッドで、看病をしている。


薬師のおばあさんが話す。

「毒蛇に足をやられておるが、薬草が足りん。この一束しかないわい」

カゴの薬草をみんなに見せる。

「あと一束がどうしても必要じゃのう」


「もうじき、日が暮れるぞい。今から薬草探しに山に入っても、熊がウロウロしてあぶないぞい」

猟師のおじさんが話す。


「どうしたもんかのう。明日の朝までに、何とか薬草が無ければ、間に合わんわい」

薬師のおばあさんも相づちをする。


大人たちは腕を組み、首をひねっている。

おばあさんが床に薬草のカゴを置く。


ベルは、大人たちの足元しか見えなかったのでカゴの中をのぞく。

近づくと、いつも山でミーナが採っている草と同じ匂いがした。

ベッドの端から、ミーナの手がのぞく。

その手からも同じ草の香りがする。


ミーナが蛇に()まれたあのとき、草を手にしていたことを思い出す。

急にあの草がミーナの大事なものに思えてきた。

あの草をミーナに持ってこなくては。

ベルは玄関の扉の隙間から、外に飛び出して山へ向かう。



・ベルの危機


 外はもう日が暮れている。

月明かりで、周りがぼんやりと見えている。


ベルは村の入り口にある精霊石の前を通り、いつもの場所へ向かう。

匂いをたどってミーナが蛇に噛まれた場所はすぐ分かった。

やはりミーナが蛇に噛まれる直前まで、手に持っていた薬草が落ちていた。

その薬草から(かす)かにミーナの匂いがする。

落ちている薬草を(くわ)え、急いで村に戻る。


夜の森を走る。

森の中は真っ暗で、あちこちで獣の声がする。

野犬の遠吠え、フクロウの鳴く声、ガサガサと木々がざわめく。

その中をひたすら駆けぬける。


村の家から漏れる、灯りが見える。

精霊石が月の光でぼんやりと浮かびあがっている。

村の入り口だ。

もうすぐ着く。


そのとき、近くからうなり声が聞こえてくる。

大きな影が横からベルにぶつかってきた。

思わず『ギャン!』という声が出る。

体が浮きあがって、地面に転げ落ちる。


ベルの全身に激痛がはしる。

だが(くわ)えた草は、放すものかと歯をくいしばる。

地面に投げ出された体は動けない。

目の片隅に大きな獣の体が見える。

『熊だっ!』


そいつは、ゆっくりと近づいてくる。

ギラギラした目で、うなり声をあげると口からヨダレが飛び散る。

近づく熊が大きく腕を上げ襲いかかろうとしていた。


そのとき、精霊石が光り輝く。

光は人の姿となり、両手を広げるようにして熊の前に立ちふさがる。

おどろいた熊の動きが止まる。

その後、光の人は両の手を組み、(こうべ)()れる。

まるで祈るように見えた。


遠くから鐘の音が聞こえてくる。

何度も何度も鳴り響く。



・午前零時の図書館にて


 ベルの目の前に古い木の扉が見える。

下の方しか見えないので、大きさはわからない。

扉が開き、白い光の人が中に入っていく。

熊から傷を負ったベルも重い足取りで一緒に入る。


広い部屋。

どこから照らすのか、おだやかな光が部屋中に満ちている。

壁にたくさんの本が並ぶ。

目の前に一人の男がいた。

黒のコートに黒のシルクハットをかぶり、手には黒のステッキを持つ。

ベルは傷の痛みで、床に横になっていた。


男の話す声がする。

「精霊様、ベル殿、午前零時の図書館へようこそ。私はこの図書館の管理人でございます。

今回、人とは異なるような方々が、こちらを訪問されますのは始めてでございます。

おやっ、テーブルには本が一冊しかありませんね」

 本の題名 『ミーナの愛犬ベル』


「なるほど、ベル殿の本ですか。精霊様が代理ということですね」

事情を察した管理人は、いつもの口上を述べる。

「この本には、ベル殿の過去が記録されています。

過去は変えられませんが、これからの未来の行動を一生に1回だけ、書き換える事が出来ます。一文にまとめて御記入下さい。

どうか後悔なきよう、宜しくお願い致します」


光の人は本を前にして、立ち止まってしまう。

どうしたらいいのか困っているようだった。


管理人がテーブルの椅子に座り、机の上に右手を置く。

「実体の無い精霊様はペンをお持ちになれないのですね。どうぞ、私の手をお使い下さい」

おぼろげな白い光が伸びて、管理人の右手を包みこんだ。

手がひとりでに動き、ペンを取るとゆっくりと文字を書いていく。

『薬草は届き、ミーナは一命を取り留める』

書き終えると、本は静かに閉じ消えてしまう。

管理人の手から、精霊の光が消える。


管理人は立ち上がり、精霊に一礼して述べる。

「未来は書き換えられました。代筆ご苦労様でございました」


管理人の言葉が終わるとすぐに、精霊とベルは現実に戻った。



・別れ


『ズドーン』という音が村の入り口で響く。

猟師の銃を撃つ音だ。

熊は一撃で仕留められた。


ベルは最後の力を振り絞り、ふらふらとミーナの家に歩き出す。

家の扉を前足で叩くと、ミーナの母親が扉を開けてくれる。

母親は、ベルの様子に目をみはる。

傷を負い血まみれのベルの姿に、驚きで声が出ない。


ベルは家に入ると、ミーナのベッドの前で薬草を床に落とした。

ベッドから出ているミーナの手をペロリと舐める。

「くぅーん」

ベルは一声あげると、崩れるように床にうずくまる。

やりきった満足感に安らかな表情で、起きることのない眠りにつく。


薬草は無事に届き、ミーナの命は助かった。


 数日後、ミーナは回復し、いつもの朝のように精霊石にお供えをもって行く。

家を出ると、すぐ横にベルのお墓がある。

お墓を見て涙ぐむミーナ。

一度深呼吸してから、お墓に一礼し声をかける。

「おはようベル、今日も精霊様のところに行くよ!」

いつものように声をかけ、村の入り口の精霊石へ向かう。

バスケットには、供物(くもつ)の食べ物とお花。

 以前は、ミーナの周りを駆け回るベルが一緒だったが、今は一人で歩いていく。

手に持つバスケットはずっしりと重く、精霊石までの道のりも遠く感じる。

道の途中、何かに気づいたように、後ろを振り返るが何も見えない。


精霊石に着き、花と供物(くもつ)祭壇(さいだん)に供える。

両手を合わせ、精霊様に祈りを捧げる。

ふと視線を落とすと、近くの地面が赤黒く染まっていた。


「ここで熊に襲われたのね……ベル……助けてくれて、ありがとう」


そのとき、精霊石から淡い光が浮かびあがる。

光はしだいに強くなり、あたりに立ちこめていく。

やがて光は一つに集まり、犬の姿を形作った。


そしてベルは、ミーナの周りを元気に駆け回っていた。

このシリーズの短編は、ネタが尽きるまで継続する予定です。

毎月第二土曜日の午後9時投稿します。

宜しくお願いします。

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