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第六話 往を彰わにして来を察す、年よりの言葉は一度くらい聞いとこう

前回のあらすじ

■主役は、死人を呼び出せることが、わかった!後輩は発狂した!■


本作の1話分は、アニメ1話(約30分)や連載漫画1話分に相当するボリュームで執筆しています。そのため、1話あたり通常より長めです。

ご拝読の際は一度にお時間を作るのが大変かもしれませんが、物語の世界観・キャラクター・怪異描写を存分に味わっていただくための構成です。

楽しい読書体験になりますよう、心からお祈り申し上げます。

 士匄(しかい)にとって『祖を呼び会話する』というのは、たいして難しくない。


 士匄は、いまだ十にならぬ幼い頃に、


「じいさまに会いたいなら」


 とはるか昔に亡くなった高祖父(こうそふ)を呼び出したことがある。


 思い出話をする祖父の、喜ぶ顔が見たかったのだ。


 当時は生きていた祖父、――つまり范武子(はんぶし)だ――は驚くこともなかった。


 士匄の呼び出した祖霊と穏やかに一言二言話し、


「あの時ご教導いただいたことがら全てが身になり、己の破滅は免れました。本来、(びょう)にてご報告していることであり、このように直接伺うは儀に適っておりませぬが、我が孫がわたしへの好意と(こう)にてお呼びしたしだい。伏してお許し願い申し上げます」


 と拝礼した。


 高祖父も、何か納得したらしく、そのまま還っていった。


 ちなみに廟とは祖先を祀る(まつ)()()()で、極めて重要な建物である。


 ともあれ、士匄は()()()()


「じいさん、もっと話せばいいのに。えっと、じいさんは『じいさま』が好きなんだろ? たくさん話せばよかったのに」


 せっかく呼んだのに! と拗ねる士匄に范武子が苦笑しながら膝にのせ、頭を撫でた。


「祖霊の方への挨拶は廟と日々の祀りで充分。黄泉(こうせん)にてお過ごしになられている祖の方々を安易にお呼びしてお話してはいかんのだ」


 士匄は撫でられる方が気持ちよく、うっとりと目を瞑った。


「時にはご助言あろうが、こちらから請うてはならぬ。お呼びして意味の無い会話をするのは、たとえ懐かしくても決してならぬ」


 ここまで言うと、范武子はしかと士匄を見据えた。


「死者は生者と共に歩まぬ、生者は死者と共に寝ることはできぬ。(なんじ)は幼くその境目が見えておらぬようだから、まず行いから正せ。戯れに祖を呼び出してはならぬよ」


 士匄はおとなしく説教は聞いた。


 が、祖霊は呼べば色々なことを教えてくれる便利な存在である。


 祖父の訓戒どおりにはならなかった。


 さて、范武子は息子の士爕(ししょう)にきちんと告げたらしい。


 士匄が無自覚の強い霊感体質であることを知った士爕が、他者の前でするな、と強く命じたのは前述通りである。


 顕示欲が強くなんでも自慢したがる士匄は、他者に祖を自慢できぬとなれば、自然に呼び出すことが減った。


 だが結局、完全にはやめておらず、先日も呼び出した祖に『字引(じびき)あつかいをするな!』と怒られたばかりである。


 祖霊は便利だがケチだ、と士匄は思いながら目の前の後輩をちらりと見た。


 趙武(ちょうぶ)が期待の目を込めて見てきている。


 それに苦い顔を向けたあと、士匄は息を静かにすって吐いた。


 既に二人は床に座していた。


『立ったままより座ったほうが早く来る』


 と言えば、


『さあ座りましょう座りましょう!』


 とさっさと座して床を叩いたのは趙武である。


 向かい合っているのはたまたまであった。


 端然と正座し、士匄はぼんやりと視線を宙に漂わせる。


 目は開いているが、景色も何も不確かであった。


 そこからは、彼独特の集中力で一気に地の底へ落ちていく。


 体が、ではない。むろん魂が落ちているわけでもない。


 何か――手の一部とも気持ちともいえぬ感覚が、ずん、と落ちていく。


 趙武から見れば少しぼんやりしている程度であった。


 わずか、十数秒といったところであろうか。


 場に、底冷えするような寒気と、潰されそうな重圧、そして恐ろしいほどの威圧が満ちる。


 趙武は髪の先までちりちりと焦げていく心地となった。


 目の前の士匄から発せられる空気が変わる。


 自信に満ちながらもどこか騒々しく軽々しさがある先達である。


 それが静かに、極めて静かでありながら重々しい雰囲気と共に獰猛な恐ろしさを纏っていく。


 趙武は気圧され、己が飢えた虎の前にいるのではないかという錯覚に陥った。


 しかし、視界に見えるのは士匄である。


 ――いや、たぶんこれはもう士匄ではないのであろう。


 趙武が話しかけようとすると、士匄ではないそれが、穏やかな眼差しを向けてきて、手で制した。


「……少し待て」


 今までにないほど静かな声音で士匄が言う。


 趙武は話しかけようとした姿勢のまま、固唾を飲んで待った。


『士匄』が瞑想するように目をつむり、少し小首をかしげた。


 そうしてまた十数秒経ち――士匄の体が投げ出されるように崩れ、床に叩きつけられた。


「痛い! じいさん、痛い! 久しぶりの孫をどんだけ殴り続けるんだ!」


「他家の方の前で我が氏族の醜態をさらすこととなった己の不明を恥と思え。汝のような小僧が道を違えぬよう祖がいつもお守りくださる、などと思うな。逆に汝が我が一族を亡ぼし祖霊に詫びねばならぬと常にわきまえろ、(かい)


 目の前で士匄一人で繰り広げられる会話に趙武は茫然とした。


 本来の士匄と、口調も雰囲気も違う『士匄』の顔がころころと変わる。


『士匄』が趙武へ向き直り、見事な拝礼をする。趙武は慌てて姿勢を正した。


「……さて。お恥ずかしいところをお見せした。私は()(はん)家の前当主を務めていた范武子と申す。こちらの匄はわが孫となる。本来、我が祖の由来から始め名乗りをすべきであるが、わたしは既に死し祀られているもの。(おくりな)にて失礼する」


 床を額にとん、とつけたあと、范武子がゆっくりと体を起こす。


 一切の無駄がない流れるような所作、謙譲の念が込められながらも堂々とした姿勢は、確かに相手への敬意にあふれている。


 その儀の美しさ、内包する礼の見事さに、趙武はほう、とため息をついた。


 が、呆けてはいられない。丁寧に、指先まで神経を行き渡らせて趙武は拝礼した。


「お初におめにかかります。周の惑乱を避け晋へと移りました、趙叔帯(ちょうしゅくたい)(すえ)趙孟(ちょうもう)と申します。范武子におかれましては、我が祖父、我が父とご面倒みていただいたと伺っております。このたび、我ら若輩ではわからぬことございまして、黄泉(こうせん)にてゆっくりとお過ごしいただいていたところを、范叔(はんしゅく)にお願い申し出て、ご足労頂いたしだいでございます」


 趙武は憧れの政治家の前で、必死に言葉を紡いだ。


 この范武子がどのような人間であったかをここに記すのは本題ではない。


 今はただ、万能の天才であり、宰相になるやいなや一年で法制を整え、その施政により反社会的な賊は国外へ逃げ国内は潤った、とだけ記載しよう。


「質問は匄から聞いている。(ゆう)の記録だな。匄、引き継いだ邑の(まつ)りに山神(さんしん)はいなかったのか」


 范武子の問いに士匄が


「なかった。あの邑は山から少し遠く、支流が近い。黄河と支流のふたつは祀るとなっていた。山に対する儀礼は行っていた」


 と、答える。


 話しているのは同じ体なのである。しかし、あまりに表情や声音が違う。


 趙武もどちらがどちらか、などと混乱しなかった。


「山の恵みが直接いただけるような場所ではございませんね。天、地、祖は祀り、河や山は恩恵あれば祀る。恩恵も無いのに祀るは逆に取り憑かれるものですから、儀礼のみというのは妥当だと思います」


 趙武が会話に入りながら、己の書いた地図を示した。


 范武子がのぞきこみ、汝が書いたのか中々上手いではないか、と柔らかい口調で褒める。


 趙武が嬉しさのあまり卒倒しそうになるのを、士匄が慌てて引き寄せ、


「じいさん! こいつはじいさんの強火なファンなんだ! そういう軽々しいファンサービスはやめてくれ!」


 と怒鳴った。


 范武子が


「おお、すまん」


 と慣れた様子で言った。


 この死人は生前も人を心酔させてきたところがあり、趙武が過剰反応していることをすぐに察した。おおよそ、この男はとまどうということが無い。


「失礼、いたしました、失礼いたしました」


 卒倒しかけた趙武といえば、我に返って必死に謝った。


 いい、いい、と范武子が少しくだけた様子で手を振ると


「本来、死者はこのように生者と話せぬ。つまり、これは天地陰陽(てんちいんよう)のことわりに背いている行為だが、この境界があいまいなわが孫はおこぼれをいただいている。無理をとおしているゆえ、時間は極めて少ない。手短に話す。まず、わたしの記憶によれば、趙孟の言う『空白の地』には確かに邑があった。堯帝(ぎょうてい)の時代に周囲の邑と同じように開かれ、舜帝(しゅんてい)の時代にもそこにあった。が、禹王(うおう)が世を統べる前に、その場をたたみ、移った。お察し、この度士氏が引き継いだ問題の邑だ」


 趙武が唾を飲み込み、士匄は険しい顔をした。


「じいさん。わたしが引き継いだ邑は耕作地が多く確かに悪くはない。しかしこの元の場所は山と河が良いあんばいで土も良く、漆園も考えれば捨てるが惜しい。何故移ったのか、記録はあったのか」


 士匄の言葉に范武子が頷いた。


「山津波だ。この山が川でも流すように土砂を運び、邑が何度も泥に飲み込まれた。治水で川の氾濫を抑えるにも大変であろうに、山が恵みを帳消しにするような祟りを毎年何度も起こしていたらしい。まあ生きてられぬと山の恵み全てを投げ捨てて逃げたというわけだ。落ち着いたところは当時誰も手を出さぬ場所であったのだ、今に至るまで大変だったろう。王都の記録でわかるのはここまでだ」


 と范武子が落ち着いた様子で言った。


 山津波とは現代で言う土石流である。その被害は想像にあまりある。


「つまり、堯帝の時代で祀りに何か異常があったのでしょうか」


 趙武の言葉に士匄は頷く。


「山の祀りを怠っていたのではないか? なあ、じいさん」


 士匄の言葉に、范武子が一言、知らぬ、とにべもなく答えた。


「じいさんなら何かわかるんじゃないか」


「わたしはある程度想像はしている、否、きっとわかっている。が、わたしは死人であり、この顛末に責は負えぬ」


 一拍おくと范武子は諭すように続ける。


「また、匄はこの土地の記録をわたしから聞きたいという理由で呼びつけている。それ以上は約定を越える。我らは子々孫々を見守っているのではない。見張っているのだ」


 ここまで言うと、范武子の声が若干和らぎ続く。


「祀りを間違えれば祟るのは祖も同じ。わたしは汝を祟りたくはない」


 祖霊としての役割と、范武子の愛情が込められていた。


 見ている趙武が、己の祖霊はどうなのだろうと思いながら范武子の言葉を拝聴し続ける。


「匄よ。汝は才はあるであろう。しかし、失敗してからそれに気づく愚かさ、やりすぎてから取りこぼしを知る浅慮がある。今回もそれだ。汝は結果だけに囚われこのような厄難にあっている。同じことをわたし相手にするな」


 他力本願な孫にきっちり説教をすると、范武子は趙武に目をやった。


 趙武が姿勢を正してじっと見て来る。言葉を期待している眼差しであった。


「わたしはもう還る。さて、趙孟。そのように請われても我が身は死人、言祝(ことほ)ぎはできぬ、汝に訓戒の言葉はかけられぬ。我が息子、(しょう)が汝に訓戒の言葉で祝ったはずだ。それを大切にしてほしい。どのような言葉かしらぬが、あの息子はわたしなりに厳しく育て良き大夫(たいふ)となった。趙孟の人生に役立つ言葉であろう。人生の言葉は先人の記録か、生きている先達から学ぶことだ。死者を呼び出し学ぶは凶事、邪心に繋がる。……そんな顔でわたしを見るものではない」


 そう言うと、范武子は士匄をもう一発殴って還っていった。


 つまり、勝手にふっとび、再び床に叩きつけられた士匄が転がっており、趙武がそれを茫然と見ている、という絵図である。


 趙武は、士匄の状況などどうでもよかった。


 范武子に己の浅ましさを指摘され、ひたすら頬を染めていた。


 悔恨と自嘲が己を支配する。


 范武子という尊敬している人に、人生の指針がほしい、といううわついた欲を指摘され拒まれたことへの羞恥。そして、死人を呼び出すことなど考えるなという牽制に、己の底を見られたと趙武は消え入りたくなった。


 趙武が会いたい人のほとんどは、死んでいる。


 范武子はそれを察し、やめろ、と言ったのだった。


「……趙孟。泣きそうな顔してるんじゃない。見ているほうが恥ずかしい、共感性羞恥って知っているか?」


 改めて座り直した士匄が、趙武の顔を覗きこんで言った。


 労りの感情など全く無い。呆れた声であった。


 趙武はしらけた目を士匄にむけると、ふ、と安堵の笑みを浮かべて肩の力を抜いた。


「いや、あなたって本当に尊敬できるところ無いんですけど、そーゆーとこ嫌いじゃないです」


 趙武の褒めてるのか貶しているのかわからぬ言葉に、士匄が、ち、と舌打ちをした。


 士匄は別に慰めるつもりなどなく、言いたいことを言っただけである。


 この男は人に同情するということを無様な行為と思っている。


 趙武が最も嫌いなことは同情されることであった。


「さて、気をとりなおして、だ。この、過去の邑。空白の地だ。理由は知らぬが邑と山神の相性が悪かったのであろう。山神は何故か邑を幾度も祟り、邑は逃げた」


「……その後も邑は祟られた、というわけではないようですね」


 同じく気をとりなおした趙武が『問題の邑』を描き込んだ場所を撫でた。


 もし、祟りが続いていたのなら、王都の貴族も邑宰(ゆうさい)もその旨を士匄に引き継ぐはずである。


 それを隠すほどの詐欺を行う理由がない。


 もし、他者に祟りや呪いを肩代わりさせるにしても邑を渡すのは失う財が大きすぎる。


 何より、士氏は軍事国家・晋侯国の武闘派有力貴族である。


 士氏に祟りをなすりつけることは己の死刑執行書にサインをするに等しい。


「あの、素衣素冠(そいそかん)の男が『迷惑なきちがい』ていどで終わっている。ということは、祟ることができず、しかし何故か縁が切れずつきまとっていたわけだが……。そしてもうひとつ、だ。山神に関係するであろうものが、なぜ人の形をとっている。よもや、堯帝時代に人型の祀りでもしたのか? 儀に合わなさすぎる」


 中国古代において、神はまともな人の形をしていない。


 龍や麒麟のような瑞獣に寄せているものもあれば、偶像化せずに、概念的に信仰しているふしもある。


 少なくとも、士匄は人の形をとり、斬られて死体にまでなった山神の話など聞いたことがない。


 祀りを行う巫覡が邑を捨てても残っていたのか、それとも人にまで堕ちた神なのか。


「じゃあ、この空白の地と山に行きましょう」


 趙武がパン、と手を叩き言い切った。


 士匄は、うえ、という顔をする。


 その顔は、その少々遠い邑を超えた場所まで行かねばならぬ面倒さと、絳都(こうと)を出る許しを父親にせねばならぬ、ということへの倦厭である。


 士爕は何も聞かずに許可するような、大雑把な男ではない。


 何故、何のため、いきさつ全てを語らねばならぬ。想像しただけで面倒であった。


「あの、お父上が恐ろしいのでしたら、私も同席いたしましょうか?」


 極めて屈辱的なことを言う趙武を士匄は睨み付けた。


「いらぬわ! お前がいたらさらに面倒だろうが!」


 と、怒鳴った上で、


「この場合は知伯(ちはく)にまずご相談し、あわよくば同席しわたしの代わりに説明していただく。もしくは裏から父の耳にいれていただく。知伯は頼れとおっしゃっていた。ここは利用させてもらう。どうせ怒鳴られ殴られるが、説教は短いほうがよい」


 と、ふんぞりかえって今後の方針を述べた。


お読みいただきありがとうございます。第一章『因果応報、春の祟り』は10話構成です。よろしければ10話までお父さんに一人で説明できないとか言い出す主人公の末路を見守ってくださると幸いです。

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