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【完結】傲岸不遜な公族大夫、即興ロジックで神仙怪異を解体す【完全版】  作者: はに丸
冬が来たりて夢幻の旅路【全13話連載中】

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第二話 彼の岵にのぼり父を瞻望す。あの高い山から遠くお父さんを眺めましょう

第四章、そして最終章『冬が来たりて夢幻の旅路』編開幕です。冬の荒野で主人公は境界神と対決します!

■前回のあらすじ■

主人公と後輩は荒野でさまよっていた。その理由は数日前。ほわんほわん回想はじまるよ


主な登場人物

氏諱→あざな

士匄→范叔しかい/はんしゅく

趙武→趙孟ちょうぶ/ちょうもう


本作の1話分は、アニメ1話(約30分)や連載漫画1話分に相当する、少し長めのボリュームです。

世界観やキャラクター、怪異描写をじっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。

 さて、話が初手から二転三転する。


 趙武(ちょうぶ)の事情を先に記しておきたい。


 それは、秋も終わろうとしている日であった。菊の香りも薄まる庭は寒々しい。冬も近いと言わんばかりに、枯れ葉がからっ風の中で舞っていた。


大禹謨(だいうぼ)舜帝(しゅんてい)がお認めになられた禹王(うおう)の大いなるお考えを議といたしましょう」


 荀偃(じゅんえん)が伺うように見回しながら、もごもごと言った。


 場には、彼と趙武、そして欒黶(らんえん)しかいない。


「なんだ、韓伯(かんぱく)范叔(はんしゅく)もいないとは。我ら三人で何を学ぶのか、もう終わりにして帰ろう」


 さっそく姿勢を崩して欒黶が言い、やる気なさげに手を振った。


 韓無忌(かんむき)は病欠、士匄(しかい)荀罃(じゅんおう)の強化合宿中である。


「……末席より申し上げます。そうは言っても、我らはいずれ(けい)になる身。范叔も遊んでいるわけではなく、今頃とても研鑽を積んでいることでしょう。我らも務めるべきです。正卿(せいけい)は常に研鑽怠らず、賢人と誠実さを好むと伺っております。欒伯(らんぱく)もお父上に倣ってはいかがでしょうか」


 趙武は非難を込めた目で欒黶を睨んだ。


 常は花のような印象の美しい顔が、氷のような冷たさをはらんでおり、人によっては背筋が凍る思いであったろう。


 しかし、欒黶はなんの感銘も受けることなく、


(なんじ)は本当に美人だなあ、眉を顰めても絵になる」


 と感心したように言った。


 趙武は頬を引きつらせ、怒りを必死にこらえる。


 傲慢怠惰、人の話など全く聞かぬこの先達は尊敬しようもない。


 場の空気の悪さに荀偃があわてて口を開いた。


「そ、そうです。范叔は知伯(ちはく)の元で務めておられる。我らの学びが足りぬと知れば、范叔のことです。知伯と共に研鑽しようと仰ってきます、絶対に道連れです」


 道連れ、という言葉に欒黶がびくりと体を震わせ、慌てたように姿勢を正した。


 さぼっていることを士匄が嗅ぎつければ、


 ――やはり我ら若輩のみで学ぶのはなかなかに手が行き届かぬ。共に知伯に教えを乞おう


 と言い出すに違いない。己だけがしごかれているなど我慢ならぬであろう。


 そして、士匄という青年は嗅覚鋭く、こういったことは見逃さない。


 欒黶さえも怯える荀罃の強化合宿ブートキャンプとはいかばかりか。趙武は唾を飲み込んだ。


「だ、大禹謨(だいうぼ)だな。マツリゴトはタミをヤシナウにあり、だったな。これがいいんじゃないか」


 欒黶がカタコトのような発音で、一節を議として出した。


 一応覚えているんだ、と趙武は感動した。


 荀偃は、そうですね、と柔らかく笑んで頷いた。


夏王朝(かおうちょう)の祖、禹王(うおう)のお言葉です。徳は(ただ)政に()きなり。政は民を養うに在り」


 荀偃が欒黶の言葉を受けて返す。


 正しい政治の根本は徳であり、政治の目的は人民を養うことにある。よくある統治のお題目である。


 己の言葉は正しかった、と欒黶は鼻をならして胸をはった。こういった、しょうもないことも自慢するのがこの青年の幼稚さである。


 さて、ここから大禹謨についてそれぞれディベートするわけであるが、韓無忌(かんむき)がいない以上、代わりの議長は荀偃となる。


 そうなると、趙武と欒黶が持論を交わすわけだが――まあ、成り立つわけがなかった。


 趙武の言葉に欒黶は


「それでいいんじゃないか?」


 と己の意見を出さない。嫌がらせではなく、彼には定見が全くない。


 せいぜい


「民はアホだから、メシをやればおとなしく言うことを聞く」


 という、極めて乱暴な論であった。


 まあ、間違いではないが、そのためにはどうすべきか、という部分が全く無い。


 また、趙武の熱弁に対し、荀偃は


「そうですね。素晴らしいと思います」


 と頷くだけである。


 彼は人の言葉を聞くと、己もそう考えていた、と思い込む人間である。極めて流されやすい彼は、趙武の言葉にも流された。


 趙武といえば、ふわふわした荀偃とだらけた欒黶に肩すかしをくらい、話の落としどころを失っていく。


 ダラダラと長い言葉を垂れ流して要領も得ず、論理も破綻する無様さである。


 真面目なだけに滑稽であった。


「えっと。先人たちは、天然自然(てんねんじねん)のことわりを見て倉をきちんと管理して、その。あ! 財も豊かにしてました。そういったものは一朝一夕じゃあできないと思うんです。農夫が毎日草を刈り土を見て水をやって田を耕すように、毎日の積み重ねがまつりごとには必要ですし、そういうのが信用とかそういうのに繋がりますし、それから……」


 言いたいことたくさんはあるのだが、うまく言語化できない趙武は、一人で話し続けていることに気づいた。


 荀偃が首をかしげながら聞いている。


 欒黶はあくびをしていた。


 趙武は恥ずかしくなり、頬を染めたまま、以上です、とむりやり話を終わらせた。


 いくつもの結論を積み上げた結果、ねじれにねじれた文言は、内容が行方不明となってしまった。


 聞き上手でもない荀偃は途中で話がわからなくなったが、鈍くさすぎて指摘できなかった。


 欒黶といえば、あいかわらず声はきれいだな、とだけ思っていた。


 それらを察し、趙武は消え入りたくなった。


 韓無忌がいかにフォローしていたか。


 士匄の明快な語りがいかに己の身になっていたか。


 自分の未熟さに落ち込んだ。


「が、がんばることはいいことです!」


 荀偃が一生懸命、趙武を励ました。彼なりの気づかいであった。


 趙武は、ありがとうございます、となんとか笑んだ。


 不毛な自習時間である。


「いやあ、趙孟(ちょうもう)はすごい。眉をしかめても、わけのわからないことを呟いていても、顔を赤らめても、美しい。美人だ。君公(くんこう)に侍る女にも汝ほどの美貌はあるまい。……妹はおらんのか。汝に妹がおらば、ぜひ妻妾(さいしょう)にしたい」


 欒黶が心の底から感心した声をあげたあと、体を乗り出して趙武の顔をしっかと見る。


 趙武は呆れた。本日何度目かは忘れたが、呆れた。


「おりませぬ。私が生まれる前に父は亡くなりました。あなたもよくご存じのはずでは?」


 趙氏(ちょうし)への粛正は(しん)侯爵国を揺るがした大事件である。


 これを知らぬとなれば、無知無教養どころの話ではない。大臣はおろか、嗣子(しし)も貴族もやめろ、というレベルである。


「は? 汝は父親似なのか? 母親似かと思っていたが」


 欒黶が本気で首をかしげて言う。


 ちぐはぐすぎる返答に趙武は困惑した。


「は……母に似ているとは、言われます」


 趙武の美しさは母の華やかさに似ている。


 周囲はそう、ささやき、趙武も不快であるが認めている。


 とまどう趙武をよそに、そうだろう、と欒黶が頷く。


「汝の母は、未亡人になって男と密通してたろう。まだ若かったと聞く。妹は生まれなかったのか。そういった話はなかったのか、汝しか孕まなかったのかあ、ああ、惜しい」


 無神経で下品極まりない言葉を言い切ると、欒黶は心底残念そうに肩を落とした。


 荀偃が引きつった顔を欒黶に向けた後、趙武を気遣わしげに窺った。


 趙武は、怒りも何もかも忘れ、呆然としていた。


 それに気づかない欒黶が、なあ本当に妹はおらんのか、と絡んでくる。


 その狼藉を注意すべき荀偃はおろおろとしながら、


「ね、欒伯ちょっと、あの、少しその、だまって」


 とあやふやなことを言うだけである。それどころか中行伯(ちゅうこうはく)も思わんか、などと同意を求められても否定せず、唸っている。


 バカのはしゃぎもノロマの口ごもりも、趙武には遠い喧騒のように聞こえた。


 体が内蔵もずり落ちるような恐怖は、まるで穴に落ちていく心地でもあった。


 お前の母は、夫以外と子を為していたのではないか、という言葉はもう一つの理を導き出す。


 趙武は本当に、父の子なのか。


 母が父以外の男と子を――娘を為していたとする。


 欒黶の言うように、趙武そっくりの妹がいたとしたら、では、父は。


 己と、妄想の中の妹の父が、違うと、断言できるか。


「や、だ」


 ぽつりと出てきた趙武の呟きは、悲鳴のようでもあった。


 荀偃がなんとか欒黶を押しのけ、少しずつうつむいていく趙武を覗き込む。


「あの、お怒りはきちんと……仰ったほうが良いと思います。いや欒伯は、その、悪気があって、あなたの母君を卑しめたわけではないのですが、だから、言わないとおわかりにならないと申しますか……」


 気を使っており、常識的ではある。


 しかし、荀偃はカンが悪く何より役立たずであった。


 彼は慮ったつもりで、欒黶を制することもできず、末席の趙武自ら先達に申し立てしろ、と無能を吐露した。


 そのうえで、趙武がフリーズしている理由も、何に傷ついたかも気づいていない。


 欒黶の自覚ない悪意に耐えていた趙武の心は、荀偃の無責任な善意で決壊した。


「あっ、あ、うわあああああああんっ」


 趙武はつっぷし、幼児のように泣きわめいた。


 荀偃はもちろん、欒黶も驚く。


「か、家族が少ないのに、おらぬ妹の話をしたのが辛かったか! さすがの俺も気づかなかった」


 欒黶は傲慢で自己肥大のかたまりであるが、()()()()()()()()()()()を持っては、いる。


 それが今、中途半端に発揮された。――最悪のタイミングである。


 趙武が一瞬だけ体をこわばらせて黙った後、


「やああああああ、いやあああああああああっ」


 とつんざくような声でさらに泣きわめいた。


 完全に幼児の泣き方であるが、余人が聞けば、断末魔か強姦される女の悲鳴である。


 欒黶がわけがわからないまま、さらに慰めようとする。地獄絵図であった。


 荀偃が、欒黶を引き倒し、口をふさいだ。


 あばれる欒黶に


「じっとしててください!」


 と叫ぶ。


 常はのんびりした荀偃の必死の形相に、欒黶がビビって動きを止めた。


「趙孟。えっと、えっと。本日は、祀りを確かめる儀はございませんが、ご用意してもらいましょう、()()()。そう、おやつ何がいいですか、趙孟の好きなおやつありますよ、ねえひといき! ひといきいれましょう、あの、私が至らずスミマセン」


 トロくさい荀偃のせいいっぱいであった。


 趙武は起き上がり、声をしゃくりあげながら荀偃を見た。


 この、無能で鈍感な先達は、趙武の気持ちなんて全くわかっていないが、素直に寄り添おうという優しさはあった。欒黶が押さえつけられていることにも、安堵する。


「おやつ。おやつほしいです。でもそこのバカキライ。どっかいって、キライ」


 幼女のような舌っ足らずの発音でつぶやいた後、趙武は己の目尻を手でごしごしとぬぐった。


「ご心配おかけしました。先達の皆様方に見苦しいところをお見せいたしまして、我が未熟に忸怩(じくじ)たる思いでございます。今後ともこの未熟者をご教導いただくよう願います。ところで欒伯がご体調すぐれず、中行伯もお体の様子を見ておられる。そのように倒れておられるなど、本日はお帰りになられたほうが良いと思います。このあとの学びは私と中行伯で務めますゆえ、欒伯はお帰りを。晋を支える欒氏(らんし)の嗣子、正卿もご心配になられるでしょう。()く、早く、お帰りを」


「は!? 俺のおやつは!?」


 欒黶が身を起こそうとした瞬間、趙武の凍てついた笑みが覗き込んでくる。


 笑顔は時に怒りのあらわれでもある。


 おつむが残念な欒黶でさえわかる、氷点下の冷たい憤怒であった。


「お体をぉ、いたわってぇ、くださいねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()? ね、欒伯。さ、お帰りください。お早く、すぐに」


 欒黶は、脱兎のごとく逃げ出した。


 ここで荀偃が趙武の心をほぐせるような男なら良かったが、彼にはもちろんできない。


 ぎくしゃくとした空気の中、通り一遍の議を終わらせた。


 おやつは趙武の要望で炒り豆であった。


 豆は貧民の主食である。


 まあ、民は限界まで膨らませて食べるのであるから、炒り豆は贅沢と言えなくともない。


 趙武は完全に幼児返りしたしぐさで、お豆美味しいですね、たまには儀を忘れるのもいいですねえ、とボリボリ食べる。


 ニコニコしているが、目に光りなく虚ろであった。美しいさが損なわれないのが、いっそ無惨である。


 荀偃が美味くもない炒り豆を食べながらげっそりしている。


 趙武は、それがわかっていても、美味しいですね、もっとどうぞと薦めながらニコニコ笑った。


 むろん、心の傷は開きっぱなしで、己への疑念で気が狂いそうなほどであった。


この作品もっともカオス回。欒黶に悪気は無い。次話、1話後半のお願いシーンに戻ります。


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登場人物表

氏諱→あざな

士匄→范叔

趙武→趙孟

荀偃→中行伯

欒黶→欒伯

韓無忌→韓伯

荀罃→知伯


です。地の文は氏諱、会話はあざなとなります。

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