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【完結】傲岸不遜な公族大夫、即興ロジックで神仙怪異を解体す【完全版】  作者: はに丸
恋は秋菊の香り【全11話完結】

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第三話 蘀や蘀や、風其れ汝を吹かん。枯れ葉が風に舞ってふきつけるように、貴方が誘ってくれれば私はあなたの元へ

第三章『恋は秋菊の香り』殺人事件の開幕です。恋と女子と連続殺人事件、クローズドミステリー。

■前回のあらすじ■

お嫁さんを大事にしなさいという授業も終わって侯爵様のアフターファイブ行こうぜ


本作の1話分は、アニメ1話(約30分)や連載漫画1話分に相当する、少し長めのボリュームです。

世界観やキャラクター、怪異描写をじっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。

 さて、晋公(しんこう)とは文字通り、(しん)侯爵国の君主である。


 現晋侯爵の名は州蒲(しゅうほ)といい、思考が浅く政見狭く、享楽的でそそっかしい青年である。


 国君と思えば極めて頼りなく心もとない彼であるが、二十才そこそこの若者と思えば、遊び仲間にちょうどよい。


 まあ、ご先祖さまが頑張ったので、彼は黄河流域に君臨しながら、日々フラフラ遊び、楽しい人生を過ごしている。


 州蒲は別になんの苦労も努力もしていない。そのせいか、同じく軽佻浮薄なボンボンの欒黶(らんえん)と気が合っている。


 そして正卿である欒書(らんしょ)――欒黶の父は苦い顔をしている日々であった。


 お気楽な晋公・州蒲である。


 重臣たち六卿(りくけい)という、うるさいオヤジどもや、僕大夫(ぼくたいふ)韓厥(かんけつ)――侍従長でありお察し韓無忌の父である――に辟易している。


 特に韓厥は謹厳実直、冷静沈着、そして長らく軍に携わっていたため、壮年となっても威風あり。


 州蒲は常に縮み上がっている哀れさである。


 しかし! 


 君主の小知恵を働かせ、若い女官を増やした。


 現状の人数で支障は無いため、民から見れば無駄遣いである。


 が、そんなことは州蒲も、声をかけられた欒黶もどうでもいい。


「昼に酒宴をすると、儀だなんだと、うるさいやつらがくる」


 州蒲が士匄や欒黶を見回しながら口を尖らせた。


 朝政が終わり、州蒲の私室である。


 といっても、彼の私室は宮殿の内側、膨大なそれぞれの堂ほとんどを示す。今、彼らはその一室、私的な応接間にいる。


僕大夫(ぼくたいふ)がすっ飛んで来るでしょうな」


 士匄は肩をすくめながら言う。


 州蒲はうええ、と苦い顔で呻いた。


 まともな宴席というものは、出てくる料理ひとつひとつを祀りながら、決まった手順で決まった食べ方をする、極めて煩雑なものである。


「余はかたっくるしい宴席なんぞやりたくもない。何か考えろ」


 士匄は考えるそぶりもせずしれっと言った。


「日が傾くまで時間を潰すことですな」


 時間を潰しに潰して夕刻過ぎ。


 州蒲はおおいに酒を飲み肉を食い、若い女数名をを両側に侍らしながらそれぞれの顔を覗き込む。


「おい(かい)(えん)。この中にあの僕大夫のコピペが懸想している女はいるか? 昼間に言ってた」 


「韓伯の『菊茶の女官』ですか。この宮は菊の香りがどこかしこもかぐわしく、わかりませんな。しかし、君公の財産です、いかがなされます?」


 士匄はまだそのネタひきずるんか、と思いながら指摘した。


「余は吝嗇(りんしょく)ではない。無忌がどうしてもその女官を欲しいと言うなら、元値の三倍で許してやろう。晋公の女官だ、少々価値があがってしまうものだ」


 再び、度量の広い君主づらをして州蒲が得意げにのたまった。


 欒黶が、せこい、我が君せこい、と手を傍らの女のでかい胸をもみながら笑った。


 この、とんでもない不敬な態度を咎められないのは、やはり欒黶の不思議な愛嬌なのだろう。


 士匄は、牛かよ、と欒黶とおっぱい揉まれる女を見て呆れた目を向ける。


「先代からの数少ない女官ばかり、ぶっちゃけ年増ばかりが余の世話をする。しかし! 新たな女官は若い! 目の保養だぞ。無忌が懸想したのはあの背の高いものか、いや低いものか。あの、肌の白きものか?」


「このおっぱいかもしれません!」


 欒黶が女の胸を乱暴に揉みまくりながら言った。


 まるで酔っ払いのようだが、下戸であり一滴も飲んでいない。君主に頼んで菊茶を用意してもらっていた。


 酒は香草や生薬をふんだんに混ぜて呑んでいる。


 儀礼的な意味はもちろん、原始的で雑菌の多い酒であり、食中毒も防止も兼ねている。


 季節柄、菊も入れた。菊の花も、薬草のひとつであった。


 この生薬独特のツンとした刺激臭と、酒精の甘さが入り交じったそれを士匄は一息に飲み干し、空の杯を見せた。


 州蒲が頷き、同じように飲み干して杯を見せる。


 飲むときは一息に、主客同等に飲む。


 まあ、そういった価値観が形になり、このような習慣になっていると思えば良い。


 儀礼というほどでもない。大学生のビール一気飲み大会と変わらない。


 下戸の欒黶は手拍子で囃したり、景気の良い合いの手を打つなど、やはり酔っ払いである。


 雰囲気酔いであろうが、かすかに漂う酒精にやられるほどの下戸なのかもしれない。


「東国は良き商人が多い。女官に相応しい奴隷を頼んだら、ほらこの通り」


 州蒲は手を広げ、部屋内の女たちを自慢する。統一性より、多様性を求めたらしい。


 そのさまは――


「東西南北」


 士匄は小さくつぶやくとなにやらバカバカしくなっていた。


 まず、宴席において酒を注ぐのは介添えか主人である。


 女が酒を注ぐなど、私的で内輪な場を想像してしまう。


 つまり、州蒲の家庭にお邪魔しているようないたたまれなさがあった。


 もしくは、品性の無い酒乱の行い。


 たとえば、はるか昔に(いん)紂王(ちゅうおう)妲己(だっき)と共に行ったハイテンションな酒池肉林フェスティバル。


 士匄は傲岸不遜のゆとり世代で、少々型破りな価値観を持っている。


 年相応に下劣な話も楽しむ。


 が、趣味は豪勢かつ品の良いものを好んでいる。


 教養人を自負している彼は、プライベートキャバクラ接待にさっさと飽きた。


「恐れ入り奉ります。御酒(ごしゅ)をお注ぎいたします」


 傍らに侍る女官が美しい拝礼と共に言った。


 こちらは、典雅さが板についている。


 この女は、士匄が微妙に興ざめしていることに気づいたらしい。


「晋公さまは良き大夫(たいふ)さまに恵まれ、素晴らしいことです。あなたさまの、お座りになる姿、お飲みになる時の仕草、どれをとっても威儀を感じます」


 そっと小声で言祝ぎし、さらに、


 孑孑(げつげつ)たる干旄(かんぼう) (しゅん)(こう)()


 素糸(そし)(これ)()う 良馬(りょうば)(これ)()にす


 ()(しゅ)たるの() 何を以て(これ)(あた)えん


 と、士匄にだけ聞こえるような声で、静かに吟じた。


 国君が賢臣を求め訪ねる古詩(こし)である。


 女官は、州蒲が士匄を賢臣として好んでいるのだと讃え、そして場を盛り上げようとしたらしい。


 所作といい機転をきかせた古詩といい、教養ある生まれのものが奴隷になったのであろう。


 当時、貴族でさえ政変や戦争、困窮で身を売ることはある。この女官も、元はどこかの貴族であったのだろう。


 士匄は女の顔を見た。意志の強そうな眉と、知的な瞳が印象に残る、整った顔であった。


 見つめられた女官(にょかん)といえば、期待に心が弾んだのか、にっこりと確信めいた笑みをうかべた。


 むろん、士匄(しかい)の知ったことではない。視線を外し、州蒲(しゅうほ)に声をかけた。


君公(くんこう)。この女官、愉快な芸を持っている。なかなかに頭良く、君公とわたしを『()(しゅ)たるの() 何を以て(これ)(あた)えん』と言祝(ことほ)いだ。良き言葉を多く知っているようです、場の華やぎになるでしょう……さ、我が君のおそばへ行ってこい、良い美声であった」


 するすると流れるように言うと、士匄は女官を追っ払った。


 彼女は名残惜しさを隠さず、州蒲に侍り、命ぜられるままに古詩(こし)を紡ぎはじめた。


 違う女官が入れ替わりに侍る。


 今度は少々幼さが見え、所作も雑であった。


 しかも、いちいち口で小さく呟きながら酒を注いだり介添えをしている。失敗を怖れているのであろう。


 緊張のさまがパニック寸前の荀偃(じゅんえん)のようで、士匄はなごんだ。


 ふと、女の首飾りに文字が刻まれていることに気づく。


 ――洛甲(らくこう) 乙亥(いつがい)


「おい。これはなんだ?」


 士匄は女官に覆い被さるように近づき、首飾りを指で軽く引っ張った。


 女官が、ひぎゃあ、と小さな悲鳴をあげた。


 そこから口をぱくぱくさせて固まる。きっと、きちんとした文言が思い浮かばないのだろう。


「話し方など気にするな、我ら大夫(たいふ)は民の言葉、下々(しもじも)の言葉に礼無き儀無しを知っている。適当でいい、適当」


 男ぶりの良い顔が、至近距離で話しかけてくるのである。


 若い女官は頬を赤らめながら、何度も頷いた。


「あ、えっと。お守りです。この模様、あたし用って。あの、さっきの子が作ってくれたんです、あ! ……でございます」


 思い出したように敬語を付け足す女官の話を聞きながら、士匄は数回こめかみを指で叩き、口を開く。


「お前は(えい)人か。」


 女官がぽかんとした顔で頷いた。


 洛甲――。


 『(らく)』は王都の首都であり、洛陽(らくよう)とも言う。


 王都の若干東北東と言える方角、すなわち(こう)


 黄河を挟んだ河北(かほく)河南(かなん)を含む小国群があるわけだが、その辺りであるていど質の良い人間を生む文化的な国家、となれば衛侯爵国であった。


 この女官に貴族的な教養は無いが、己の分をわきまえるくらいには、質が良い。あとは勘である。


 この貴人は一目見て相手の故郷がわかるのか、と女官が驚くのをよそに、士匄はさらに口を開いた。


「……お前がこの(しん)に来たのは先月の初め……乙亥か」


「はい。あたしたちは乙亥のものと言われてます」


 共に買われ連れて来られた女たちを示しながら女官は答え、


「凄い、大夫(たいふ)さまは何でもわかるんですね」


 と無邪気に笑む。


 乙亥――。六十干支(ろくじっかんし)という暦による日付である。


 甲乙丙丁(こうおつへいちょう)からはじまる十干(じっかん)と、子丑寅(ねうしとら)ではじまる十二支の組み合わせであるが、まあ、この稿(こう)でさほど重要ではない。


 洛甲(らくこう) 乙亥(いつがい)


 その文字が刻まれた首飾りを指で軽く弾いた後、士匄は女官――衛女(えいにょ)の顔を覗きこんだ。


「大夫がなんでもわかるわけじゃあ、ない。わたしがなんでもわかるだけだ。お前は人の善意を素直に受ける、みな親切にしてくれたろう。そのようなものは良きはしためになるであろう、励め」


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 そんな名札を護符だと喜ぶくらいには、素直であり無知である。


 しかし、下々が互いの悪意に気づいて殺伐とするよりは、気づかずおめでたい方が、為政者としては気楽である。


 このおめでたい衛女は、ありがとうございますと素直に受けながら、


「あたしよりあの子のほうが良い女官です、詩を吟じた子」


 などと言う。


「さっきの子のほうが頭が良いし、何でも知っているんですよ。きびきび動いてかっこいいの。色んな子にお守りを作ってくれたの、こんな模様の。あの子をもう一度呼びましょうか」


 模様ではなく文字である。


 まあ、この衛女は文字が読めぬのであるから、仕方があるまい。


「いや。あれは君公を楽しませている。お前はあの女を見習いながら今日はわたしの介添えをしていれば良い」


 士匄は衛女から離れて(なます)(ひしお)をつけて食った。


 とりあえず刺身を醤油で舌鼓。


 衛女はそのまま近づかず、士匄の視線やしぐさで察して、酒を注いだり肉をほぐしたりした。


 やはり、分をわきまえている。


 君公もなかなかに良い買い物をしたと思いながら、士匄は部屋をゆっくりと見渡した。


 州蒲が、先ほどの女官に絡みに絡んで、謎解きをさせては楽しんでいる。


 まさに迷惑な酔っ払いそのものである。


 州蒲に侍るはめになった小賢しい女官は、士匄や欒黶(らんえん)を気にしているようであった。


 士匄は気づいたが無視をする。


 古詩を吟じ、士匄と州蒲を言祝ぐふりをして、己を売り込む女である。


 己こそが賢人であり、士匄を君主になぞらえたわけだ。


 つまり、彼女は奴隷の身分から解放されたいのだ。


 士匄か欒黶に買い取られ、そこから自由民になりたいのであろう。


 宮中で女官よりも、大貴族の女中のほうが他者との接触が多くなる。


 たとえば、主人が傘下の士分階級へ嫁がせれば、自由民になる。


「……似た顔のものがおるな」


 小賢しい女官も衛女にも興味が冷め、士匄は他の女官を幾人か見る。


 化粧が似ているのか、同じ印象の女官が幾人かおり、細々と動いたり、出入りしていた。


「お里によってお化粧は似ますからね。あの、お注ぎいたします」


 空になった杯に、衛女が酒を注ぐ。


 士匄の耳に、州蒲と欒黶のはしゃぐ声が聞こえた。


 外はそろそろ月が昇ったか。きっと雲が薄くたなびく中、白い月がさっと薄い光を照らしているであろう。


 月明かりに紅葉は映え、秋の花々はさらに可憐さを魅せるに違いない。


 士匄はそういったものを愛でる己に陶酔するのが好きである。


 が、州蒲や欒黶はもっと直裁的な娯楽を好む。


 例えば、この宴席もそうであった。


 州蒲が見せびらかしたい女官たちは、まあ悪くないが、その程度である。


 士匄は酒を飲み干した。


 杯を一応見せるが、州蒲はもはや気づかないようであった。


「我が君は、まあ……引き際を知らぬ」


 典雅にほど遠い宴席に士匄はすっかり飽きている。


 つまらなさにうんざりした。


 そんな若者の倦厭(けんえん)に気づかず、衛女がすっと酒を注ぐ。


 所作は泥臭いが、タイミングは悪くない。


 生薬より菊の香りが強く漂うものだった。


 どうも、違う酒になったらしい。それも飲み干す。


 ――飲み干して、しまった。


 瞬間、士匄は杯を落とした。


 胃の腑を焼くような熱さと痛みが襲う。


 これは酩酊ではない。が、毒でもない。


 崩れる士匄を慌てて衛女が支えた。


「大夫さま、大丈夫ですか。あの、酔いがまわったようです、どうすれば」


 士匄に声をかけたあと、他の女官に聞いている。


 違う、酔いではない、と士匄は言いたかったが、舌がしびれたように動かない。


 なんだこれ。なんだこれは。


 他の(へや)へ連れて行け、面倒を見ろ。


 そのようなやりとりが頭上で行われている。


 州蒲であるのか、他の女官が言い合っているのか、士匄にはいまいちわからない。


 支えられ何とか立ち上がると、


「こちらへ」


 と衛女に伴われ連れて行かれる。


 行きたくないが、足は共に動いていく。


 朦朧(もうろう)とした目で宴席に視線を向ければ、同じような顔の女官たちがこちらを見ていた。


 その中に、小賢しい女官もおり、怨みがましい目を向けてきていた。


 小部屋の一室で、衛女が士匄を寝かせ、濡れた布で首筋を冷やしてきた。薬湯も用意し、手慣れている。


「酔いすぎるのはつらいもの。あたしの夫もそうでした」


 何度も濡れた布をかえ、衛女が首をすくめて言う。


「……なんだ。夫に売られたのか」


「いえ、夫が死んだので、舅に売られたんです」


 衛女がからりと返したあと、士匄の額を撫でた。


 衛女の手は冷たく、士匄は心地よさで目をつむった。


 酔い、ではない。あの程度の量で己は酔わぬ。


 何か、酒に何かが入り込み、士匄を苛んでいるのだ。


 が、傍目からすれば、酩酊しているようにしか見えぬ。


「あ、あ。眠る前に薬湯を。すごいですね、こんな立派な薬湯なんて初めて見ました」


 せっぱつまっているのか、のんびりしているのかいまいちわからぬ女の声を最後に、士匄は意識を失った。




 そうして、起き上がって見たのは、腹を裂かれて死んでいる衛女であった。


 この死体に惹かれたのか雑多な霊が士匄にまとわりついている。


 その中に、この衛女がいるかどうかなど、知らぬ。


 名も知らぬ、顔もいまいち覚えていない、洛甲乙亥の女官である。


(はら)……か。何者かは知らん、穢らわしいことだ」


 士匄がこの女を伴ったことで、子種を仕込んだとでも言いたいのか。


 ()()()が衛女の差配であれば、それを狙っていたのやもしれぬが、士匄は当てられすぎて昏倒した。


 その上で殺されたのであれば、ざまあみろ、である。


 が、画策したのが別の者であれば、どうか。


 士匄が君主の持ち物を殺したと思われかねない状況である。


 つまり、酒もこの女も罠、ということになる。


「……わたしに罪を被せようなどという浅はかさでこうなったのであれば――絶対に引きずり出して、手足をもぎ生きたまま晒してやる」


 士匄は、頬に飛び散っていた衛女の肉片を払い落としながら、呟いた。

お読みいただきありがとうございます。かわいい女の子がどんどん出てきます、早速一人死にました!

次話は探偵士匄くんです


登場人物表

氏諱→あざな

士匄→范叔

趙武→趙孟

荀偃→中行伯

欒黶→欒伯

韓無忌→韓伯


です。地の文は氏諱、会話はあざなとなります。

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