表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傲岸不遜な公族大夫、無能力ヘリクツ無双で神仙怪異をやり返す!【完結保証・全51話】【完全版】  作者: はに丸
因果応報、春の祟り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/20

第一話 初筮は告ぐ。一番最初が肝心よ。

本格中華ファンタジー始まりました。

第一章『因果応報、春の祟り』は正統派オカルトミステリーを楽しめます!


本作の1話分は、アニメ1話(約30分)や連載漫画1話分に相当する、少し長めのボリュームです。

世界観やキャラクター、怪異描写をじっくり楽しんでもらえたら嬉しいです。

 重い呪いの念に巻き付けられながら、士匄(しかい)は地に押さえつけられていた。


 視線の先には、父の首がある。


 返り血を浴びた宰相が宣言する。


「息子は足斬りの刑に処す」


 士匄は強い力で押さえつけられた。


 押さえつけてくるのが人なのかそうでないのか、わからぬ。冷たい刃が肌に触れた。


 士匄は、ぎ、と喉奥から呻くように奇声をあげた。


「う、嘘でしょう、あ、」


 どこかで趙武(ちょうぶ)が、引きつった声で叫んでいる。


「がああああああああああああああああっ」


 士匄の絶叫が響き渡った。


 


 ――士匄が何も失っていなかった、数日前――


 


 西方の覇者(はしゃ)


 軍事大国・しん侯爵国――。


 士匄は内心、ほくそ笑んでいた。


 おもしろそうな話が舞い込んできた……!


 士匄(しかい)は、神妙な笑みで心の裡を隠す。


 そうしてわざと大仰なしぐさで口を開いた。


「いやあこれまた父上も面白いことを仰る。この未熟なわたしに! 新たな(ゆう)を受け取りに行け。と?」


 この生意気な青年。二十代半ば、整った顔にどこか野性味を漂わせている。その笑みは傲岸不遜そのもの。


 彼は大貴族である。


 しかも、大臣令息。公族大夫(こうぞくたいふ)というエリート集団の一人なのだ。


 すべらかな絹の衣を華やかにさばく。そのさまはまさに貴公子。


 そうして不遜にも父親の言葉に問い返す。


 父親である士燮(ししょう)が目元をぴくりと動かした。


 黄砂を連れた風が外で舞い、庭には桃の花がほころんでいる。愛でたくなるような春の様相だ。


 しかし、主人の心情を表すように邸は扉を固く閉じていた。


 その固さに似た声音で再度命じる。


「王都の貴き大夫(たいふ)(貴族)の方がぜひに、と強くおっしゃった。家格として卑しい我らを信頼してのこと。私は公務で向かえぬ。嗣子(しし)(後継ぎ)として、(ゆう)を引き継ぐ儀を行うよう」


 この『邑』とは国に収穫と兵を吸い上げられるおかわいそうな領地である。現代風に言えば衛星都市。


 士燮(ししょう)の言葉に士匄は口角をあげた。士氏(しし)に領地が増えるのは良い。


 いつか自分の領地となるのだ。


 しかも、旨味があるとわかっている。 


 我の強い若者である。ありありと顔に出てしまった。


 厳父と言って良い士燮は苦々しくにらむ。


 ――どうも、この息子は欲深すぎる。


「親に対する意をお許しを。この邑、()()()()()()()()()()()()と?」


 士匄は挑戦的な視線を士燮に向ける。


「父上は、この邑の引き取りを断っておられた。あからさまな賄賂でしょう。父上はそういったことが大嫌いではないですか」


 慎むことをバカバカしいと思っている士匄は、ずけずけとストレートに言い切った。


 積み上がる言葉のたびに、士燮の額に青筋が増えていく。


 親への謙譲もくそもない言葉遣いなだけでも噴飯ものなのだが。


 ――いらぬなら子に譲るのか?


 と期待まで見える。


「父の責だ、経緯など汝が知る必要はない。(かい)。……私は常に言っている。戒めを持て、常に慎みを思え、と」


 押し殺した怒りが噴き出すように段々と声が大きくなっていく。


「が! その全てができておらん! そのような振舞いは終わりがよくない。………(なんじ)は我が家を滅ぼす気か」


「父上。わたしは嗣子(しし)としてこの(ゆう)を受け取りにいくのです。これが他意なきものか、賄賂かくらいはきちんと父上に伺うは必要ではございませんか」


 流れるような所作で拝礼する様も、正論を怜悧な表情でなすさまも完璧な嗣子ぶりだった。


 士燮すら思わず見惚れるほど、清々しい。


 が。一言多いのも士匄である。


「わたしは無知蒙昧、出来の悪い嗣子(しし)だ。もしどなたかに尋ねられたなら『父上が弱腰にも王都の貴族ごときの押し売りに負け、まぬけにも賄賂と気づかずしょうもない邑を喜んでいただきました』などと、妄言吐きかねません。不孝な息子をお許しください」


 はっきり言って、父親に殴られると分かった上で甘えきった憎まれ口である。


 当然、殴られた。


 素直に受けた後、士匄は何事もなかったかのように姿勢を正した。


 そうすると、貴公子然となるのだから、始末が悪い。


 士燮はため息を付いた。


 士匄の言うとおり、この邑は晋の(けい)(大臣)である士燮に、王都の貴族が個人的な繋がりを求め押し付けてきた賄賂である。


 身分で言えば士燮のほうがはるかに格下なだけにいやらしさがある。


「私は断った。我らは(いくさ)に長じ(けい)の家となったが、それ以上に法制の家である。このような些細なことでも歪みかねん」


 そう。士燮は敢然と断ったのである。


 彼は慎み深く私欲の無さが有名な、いわば賢臣である。


 秘密裏に打診してきたそれを追い払った、はずだった。


「しかし、食いつかれた。というところでしょうか」


 士匄は揶揄することなく、口を出した。


 士燮は苦い顔を向けたが頷いた。


「食いつかれすぎた。これは父の不覚、浅さであった。(かい)、私の無様を教訓として汝は同じ過ちを犯すな。二度と来るなと最初に強く出るべきであった」


 士燮が首を振りながら嘆いた後、士匄をひたりと見据えて戒めの言葉を紡ぐ。


「無い腹を探られかねん。汝もこころえよ。針一本の穴が堤防を壊し氾濫を起こす。それがまつりごとというものだ。我らが乱すことなどあってはならん」


 今、国内に問題はないが、小さな傷が大きな乱を起こす可能性もおおいにあるのだ。


 それをにおわせながら、士燮が深い声で再度、行け、と命じてきた。


 ただ賄賂を受け取るだけではなく、もっと重い物を背負え、と言われた気がして、士匄は承りました、と拝礼した。




 ――とまあ、その時は父上ごもっとも、と思ってしまったんだよなあ


 士匄は国都より離れた邑を見た。


 空が黄砂で汚れ、強い風が衣をはためかせる。


 うんざりした士匄は舌打ちをした。


「王都の貴族とコネを作るチャンスではないか。父上は律儀すぎる」


 士燮が心底嫌がった発想である。


 が、邑の門を抜け歓待されたあたりで考え直す。


 父親を棚上げして士匄個人がコネを作れば良い。


 士燮が知れば憤死しかねないことを平気で思うのがこの欲深い若者である。 


 力を失ったとはいえ王都の余光は使い勝手が良い。


 士匄は俄然機嫌がよくなった。


 付き従っている家臣たちは特に驚かない。 


 この若者は頭の回転が速く勘が鋭すぎるせいか、感情が生のままで出る場合が多い。しかも、極めて楽観的であり、己の良い方向へ物事を解釈する。


 きっと今回もそれであろうと家臣たちは思ったのだ。


 引き渡しの儀式に待ち受けていたのは、邑の代表・邑宰(ゆうさい)と持ち主の貴族本人であった。


 邑の外で作られた祭儀場である。すでに生贄を入れる穴は用意されていた。


 生け贄である羊の耳から血を杯に注ぎ、互いに渡された。


 互いに儀式に則った動作で礼をすることこそ、契約として正しく、外交として美しい。


 そしてこれができないものは無能として二度と相手にされない。


 それどころか国際社会に喧伝されてどこにいっても無能の烙印を押される。


 士匄はそういう世界に生きており――この手の貴族マナーは得意中の得意なのだ。


 王都の貴族が儀式に則って血を杯から指で取って唇に塗り、仰々しく邑の来歴を読み上げていく。


 いわば土地の登記事項の確認である。


「この度は我が(ゆう)(まつ)りをお引き受けいただくことお許しいただき、光栄でございます。この地は舜帝(しゅんてい)の御代から開かれ……」


 ここからそれまで誰が所有していたかの来歴が続く。


 地も肥えて祭祀も格が高い。良いものをもらえたと士匄は内心ほくそ笑む。


 貴族が所有するにあたっての経緯を語った後、同じ文言が書かれた竹簡をうやうやしく渡してくる。


 これは土地の登記事項証明書と言える。


 士匄(しかい)も同じように唇に血を塗って口を開く。


「この度、邑の祀りを承り恐悦至極に存じます。わたしの祖は(ぎょう)にて王の同族から出て――」


 こちらは自家の来歴で、契約時のお約束みたいなものだ。


 現代人なら戸籍謄本を出せば終わるものでる。


 士匄は己の所作の完璧さ、美しさを皆が見惚れていると確信しながら続ける。


「――我らに大切な邑を治めること祀ること、お任せいただき我が祖と共に喜びとし務めて参ります」


 互いの祖を文字と言葉で確かめ合い、天へ約定を(ちか)う。


 まさに土地所有権取得の契約取り交わしである。


 士匄も竹簡を渡した。 


 最後、(あかし)の瑪瑙の板・玉璧(ぎょくへき)(ほふ)った羊と共に埋めようとした。


 その時である。


「ここは、我が地である!」


 みすぼらしく、ぼろのような衣服を纏った男が分け入ってきて、叫んだ。


 よくよく見れば断ち切りのみの染めてない麻の衣にやはり染めてない白い冠――素衣素冠(そいそかん)(喪服)である。葬式帰りに路頭にでも迷ったのか、といいたくなるような風体であった。


 年の頃はわからない。老人のようにも見え、疲れ果てた壮年のようにも思えた。


 取り押さえられるのをはねのけるように暴れ、わめきたてている。


「このものは」


 士匄はするどい声で聞いた。


 王都の貴族は困惑した顔をする。


「その素衣素冠(そいそかん)、時々来てはこのようなことを叫ぶ狂人です。我らもほとほと困っている。邑人(ゆうひと)どもも、迷惑をしているのだ」


 軽く目配せすると、士匄は傍に控えている己の家臣に


「斬れ」


 と端的に言った。


 家臣どもは逡巡せずにみなでなで斬った。


 男はあっさりと斬られた。薄汚れた麻衣に血が広がっていく。


 そこからの士匄は常軌を逸していた。その死骸を邑の外へ持ちだそうとした家臣どもに


「生け贄と一緒に放り込め」


 と言ったのである。


 神聖な儀に不浄不祥な狂人の死体など、と家臣たちもさすがに抗弁し、都人たちも息を飲んだ。


 業を煮やした士匄は、その汚らしい死体を奪い引きずりながら運ぶと、(あな)の中に蹴り落とした。


 どう、と底に落ちた死体の上に生贄の羊を降ろさせ、玉璧を置く。


 みなドン引きしていたが、士匄は全く気にしない。


「古来、人の贄こそが最も(ちか)い確かになり祖への祀りとなる。この男は己が地と叫んでいた。つまりわたしが治める地を差し出しに来たと言うことだ。吉兆となるであろうよ」


 鼻を鳴らし、埋められていく地を見ながら士匄は嘯いた。


 その声音は自信と傲岸に満ちている。


「士氏の嗣子はなんというか……()()なようで……」


 都人が蒼白な顔で言った。笑みをつくろうとして失敗した引きつった顔だった。


 後ろに控えた邑宰は蒼白を通り越して土気色の顔色である。新たな主君は非常識かつ苛烈だと思えば気も重くなるだろう。


 家臣どもも蒼白になりその様子を伺った。


 これはさすがに、主である士燮に言上せねばならぬであろう、とも思った。


「父上には言うな。あの方は少々心配性。めんどくさい」


 士匄はだれた仕草をしながら家臣たちを睨み付ける。


 この嗣子(しし)は彼なりのルールを持っている。それは常識的にも法制としても正しいこともあれば、意味のわからぬこともある。


 ただ、彼のルールから逸脱した者は


 法を犯した


 と責められ、下手すれば罰をくらう。


 結局、この自儘な嗣子の前に、家臣たちは黙るしかなかった。


 その様子を見た士匄が傲慢な仕草をしたかといえば、そうでもない。


「しかし、お前たちの働きは良き。素早く、鮮やかであった。今日は邑にて宴席であるが、おまえ達も侍って良い。思う存分肉を食え」


 心底労る顔で、士匄は家臣どもへ無邪気に笑んだ。


 彼らは下役であり、肉などめったにありつけぬ。


 お心遣いありがとうございます、と丁寧に、喜色を隠さず拝礼した。


 士匄は傲岸であるが、傲慢ではない。このようなところで、妙なかわいげがあった。


 儀式も終わり、皆とともに立ち去ろうとしたとき、


『おおぉおぉぉおん……』


 という山鳴りのような音が真後ろから聞こえた。


 そこは生け贄を埋めた場所である。


 他のものは気づいていないようであった。


 そうなると、士匄だけに聞こえたらしい。


 彼は軽く肩をすくめると嘲笑を込めた顔をしながら帰っていった。


 この程度の怪異など彼にとっては()()()()()()()()()()()()


 さて、宴席もその際の儀礼も省略する。


 士匄はこの貴族に個人的な友誼を結ぶと――半ば強引にせまったのである――無事役目を終えて帰った。


 帰る最中、ぼろ服の男を斬った家臣どもが川に落ちたり落石で潰されたり食中毒で死んだりとしたが、士匄は運が悪い奴らだなあ、という程度で何も思わなかった。


 人が死ぬにつれ少々の凶の気配も漂い、()――霊が漂っていても、士匄は意に介さなかった。


 この青年は霊感が強い。子供の頃から敏感すぎて、磁石が砂鉄を吸い寄せるように通りすがりの霊が取り憑いてくる。


 その苦しさに倒れる日々もあったが、今やすっかり慣れた。


 瘴気(しょうき)が身を包もうとも、霊がまとわりついてこようとも、こういったことが日常茶飯事であった。


 ゆえに、己には関係ないと、強い自信をもって思い込んだ。恐ろしいほどの自己肯定と楽観主義である。


 そもそも死んだのは運の悪い下僕どもある。彼らは士燮の部下である。つまり、父への不詳であろう。


 士匄は勝手にそう断じたのだ。


 ゆえになんだかんだと父を尊敬する士匄は不詳を祓うよう薦めた。


  


 士匄にとって、そこそこ旨味のある仕事が終わって一段落、であった。


 が、数日経って体が重い、頭が痛い、などの症状が出だした。理由は明白であった。


「今日も、祓え」


 士氏に仕える巫覡(ふげき)(巫女の男性版)が頷き、祝詞(のりと)をあげる。


 士匄に憑いていた霊がすうっと祓われた。


「このところ、毎日ではございませぬか。体質とはいえ、何か不祥なことをなされたのでは」


 呆れた顔をする巫覡に士匄は不快をあらわにする。


「知らん」


「以前、妙な女性につきまとわれ呪われかけましたよね、変に手を出されるから……」


「あれは! 事なきを得たろうが!」


 バツの悪さを怒鳴って士匄は誤魔化す。


 壮年の巫覡は深いため息をついた。


「人はもちろんですが、山神河神(さんしんかしん)などは石を蹴られてもお怒りになることもある」


 巫覡の言葉は続く。


「いや、本当にこれは中々無いほどの、凶の吸い込みっぷりです。本当に心当たりないとは……」


 言われ、士匄は考えるが心当たりがない。


 実際、最近の士匄は磁石どころかブラックホール並に霊を呼び寄せ霊障の憂き目にあっている。


「わからん。続くようなら先達に相談もしよう。とりあえず出る。父より後に出仕すれば、殴られかねん」


 年功序列、謙譲と孝、そして己への戒めに厳しい父親である。


 子は親より先に宮城に出て控えることが肝要。


 それは正しいながらも少々堅苦しい。


 士匄は首をコキコキと鳴らしたあと、うんざりした顔で家を出た。


 巫覡はその後ろ姿に、歪んだ澱みを見て、眉を顰めた。


 それは霊障でも瘴気でもない。そして悪意でもない。


「――執着……? 若君は今度は何を()()()()()()()()……」


 頭抱え、巫覡はため息をついた。


 あの様子ならまた取り憑かれながら帰ってくる。清めの準備をしなければならなかった。




 若い大夫(たいふ)の控え室に来た士匄を見て、憐れみ少々蔑んだ顔をしたのは、後輩の趙武(ちょうぶ)である。


 その姿は美しく(たお)やかで、衣に潰されそうな細さが可憐さを際立たせている。が、きっちり成人男性である。


 趙氏(ちょうし)の若き(おさ)でもあった。父が早世しているのである。


 今、士匄は趙武を教導する立場となり、二人で行動することが多い。


「ちょっと。范叔(はんしゅく)、あまり寄ってほしくないんですが。今日もですか? なんですか、そのぼやっとした()(霊)を背負って。その、とても不浄で凶のかたまりのような状況なのですが」


 范叔とは士匄の(あざな)で、他者同士での呼び名である。


 もし、(いみな)(個人名)を親と主以外が呼ぼうものなら、当時は殺されてもおかしくないほどの習慣である。日本の言霊信仰に近いかもしれない。


 それはともかく、士匄は憑いた雑霊を手で祓う仕草をしながら、口をとがらせた。


「祓っては憑いてくる。これでも道すがらかなりどけたのだ。宮城に入ればさすがに増えぬが、これ以上落ちん」


 最も早く控えていた韓氏(かんし)の嗣子、韓無忌(かんむき)が、入口に控えている下役(したやく)の者に向かって声をかける。


 下役は巫覡を呼ぶためすっ飛んでいった。


 ここ数日、士匄は道すがら異様な数の雑多な幽霊に取り憑かれる毎日である。


 元々、憑かれやすい体質であるため、いつものことと当初は軽く見ていたが、祓っても清めても、こうも多く寄ってくるのは異常であった。


 さほど霊感はない趙武や韓無忌にもわかるほどである。


 まあ、この時代はこのような超常現象が多数記録されており、何の作用かわかる人も多かったようだ。


「何か心当たりは無いのですか? 対処療法に祓うだけでは意味がありません。きちんと原因を究明したほうが良いです。私も見ていて不快です。周囲に伝染ったらどうなされるんですか」


 見た目によらず、趙武ははっきりと言った。


「知らん。はっきり言おう。呪われる心当たりなど、多すぎてわからん。呪うようなものどもは卑しくたいがい逆恨みをする。我が家、わたし含めそのようなことはあるであろう。全く! 今回は()()()()()()()()()()知らんが、しつこい。……いや私を呪い殺そうというなら、見つけ出して手足をもぎ、戦勝の贄として晒してやる」


 士匄は苦虫を噛み潰したような顔をして、言った。


 控室に、士匄がおもちゃにしている間抜けな荀偃(じゅんえん)、そして正卿(宰相)の息子、欒黶(らんえん)がやってくる。


 全五名。


 ここは卿の嗣子、公族大夫(こうぞくたいふ)と呼ばれる若者たちの学び舎なのだ。


 士匄は立ち上がると、幼馴染でもある欒黶の腕を素早くつかみ


欒伯(らんぱく)。このあと、わたしの邸に来ぬか。お前と弓を競いたい」


 と少し食い気味に言った。


 欒黶、(あざな)は欒伯はあまり頭はよろしくないが、だからといって鈍いというわけではない。


「なんだ。また憑かれまくっているのか」


 宮城と自邸を往き来するだけで変なものが寄ってきているのか、という問いである。


 士匄は図星をつかれ、苦い顔をしながら頷いた。


「お前といると、寄ってこないからな。いいなあ、お前は! 泥のような空気の中でもピンピンしているからな!」


「そりゃあ、俺の人徳というものだ、(なんじ)とは違う」


 人徳という言葉からほど遠い、甘やかされて育ったぼんぼんが(うそぶ)いた。


 欒黶は士匄と真逆の、全く憑かれない男であり、もっと言えば強運の人間である。


 士匄は運が悪いわけでは無いが、凶を呼び寄せれば多少その日の卦も悪い。


 他の者も士匄ほどではないが、何かしらの怪異に会わぬわけでもない。


 が、欒黶は違う。雑多な幽霊怪異などはじき飛ばし、不祥漂う空気も全く気づかない。


 そうして他者を守る、などがあればよかったが、雑多な霊ていどならともかく、凶悪極まり無い場など共にいれば、欒黶以外が倒れるはめになる。


 日常でも非日常でも、空気を全く読まぬ男であった。


 二人は父どころか祖父も卿であり、重厚かつ真面目さで代々人望があるのだが、こちらは重厚さも真面目さも見受けられぬ。


 さて。彼らがこの大国を治められるかはともかく、目下の問題は士匄がやたら霊に憑かれたり寄られる最近である。


「まじないをしても祓っても憑いてくる。祟りか呪いか知らんが、何故わたしだけだ。わたしだけ辛いのは許せん、みな同じように苦しむべきだろう」


 欒黶に後ろから覆い被さるように体重を預けその頭に顎を乗せながら口を尖らせた。


 士匄は背が高い。欒黶はそこそこ低い。


 子供の頃からの慣れか欒黶は文句を言わぬ。


「みなが苦しんでも俺は関係ないから、まあ好きにそんな祝詞でも作ってろ」


 うるせえ、と士匄は返し、席に着いた。


 


 さて。読者のかたはお察しであろう。原因は先日の、冒涜的ともいえる儀式である。が、この真相に彼らが気づくまで、しばしお待ち頂きたい。

お読みいただきありがとうございます。第一章『因果応報、春の祟り』は10話構成です。よろしければ10話までこの破天荒で罰当たりな主人公の末路を見守ってくださると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
とてもボリュームがあって世界観や設定が細かい話でした。 不幸体質、とは少し違うこの特殊体質がこれからどう話を動かして関わっていくのかと思わせる重要なものに思えました。 今回はrt企画、ご参加ありがとう…
うわあ。めちゃくちゃ好みかも! 冒頭からすごい惹き込まれました!
まずは一話、拝読させていただきました。 主人公の性格・体質が不穏すぎて、この物語が面白いだけでは済まない、もっと奥深いものだと知れました。 何が怒っても不思議ではないこの世界で、士匄はどう立ち回ってい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ