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第8話

 西暦1945年夏・八月上旬

 

 企画院の地下に設けられた小会議室は、普段よりも照明が落とされていた。暗いわけではない。

 ただ、紙の白さが際立たない程度に抑えられている。机上に置かれた資料は三つ。

 いずれも表題が簡素で、内容を知らなければ、工業試験か物性評価の報告書にしか見えない。


 生筋有喜は、そのうち一冊を開き、数行だけを追った。数式は少ない。図も簡略化されている。

 説明文は意図的に避けられ、結果だけが並ぶ形式だった。


 「再現性は、やはり高くないな」


 独り言に近い呟きだったが、同席している者はそれを聞き逃さない。担当官は頷き、補足を加える。


 試験は静的条件下で行われている。温度、圧力、振動、いずれも管理された環境だ。

 その条件下での到達値は、理論計算に近い。ただし、誤差の幅が大きい。

 平均値は揃っていても、分散が収まらない。担当官は、ある数値に指を置く。


 最大出力推定値。

 単位は伏せられているが、換算すれば一万五千前後に落ち着く。

 理論上は可能だが、条件が揃わなければ、その七割にも届かない。


 「ここが限界です」


 担当官の声は低い。誇張も失望も含まれていない。


 生筋は別の資料に手を伸ばす。こちらは材料試験の報告だ。

 それに関する記述があり、九十九超という数字が目に留まる。十分に高いが、理想値には届かない。

 微量の不純物が、挙動を左右する可能性が示唆されている。


 「臨界条件の余裕は」


 問いに、担当官は即答しない。計算表を一枚めくり、別の数値を示す。


 設計上の余裕は、二%強。

 理論値を越えるが、実運用では誤差に吸収される可能性が高い。安全側とは言えない。


 生筋は頷く。


 「量産は」


 「不可能です」


 答えは明確だった。材料、工程、管理体制。そのどれを取っても、繰り返しは成立しない。

 偶然の積み重ねで成り立っているに過ぎない。


 資料の最後に、控えめな文字で記されている保有数。「 二 」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 「増やさない、という判断は正しい」生筋はそう言い、資料を閉じる。


 「増えれば管理になる。管理になれば、必ず漏れる」


 同席者の一人が、慎重に言葉を選ぶ。


 「現下の戦況との関係は」


 生筋は首を振る。「関係づけない。これは兵器ではない」断定ではなく、位置づけだった。


 「これは、判断を縛る数字だ。使うためではなく、使わないために存在している」


 沈黙が落ちる。誰も異論を出さない。


 別の担当官が、試験時の副次的な観測結果に触れる。

 瞬間的な圧力上昇、衝撃波の伝播速度、初期熱量の立ち上がり。

 いずれも計測は出来ているが、実地での再現性は保証されない。計測点が少なすぎるのだ。


 生筋は、その報告を聞き流すように受け止める。重要なのは、精度ではない。

 曖昧さが残っている、という事実だった。


 「完全ではない」彼はそう言う。

 「だから、切り札にはならない」


 会議は短時間で終わる。結論は出ない。出す必要がない。


 資料は回収され、数字だけが頭に残る。

 一万五千前後。 九十九超。 二%強。 そして、二。


 生筋有喜は階段を上がりながら、その数字を切り離す。

 それらは戦場を変えるためのものではない。

 戦後を考える者の足を止めるための、重りに過ぎない。


 地上に戻ると、官邸の廊下には生活の気配があった。

 果物の皮を剥く音、食器の触れ合う音。数字とは別の時間が、確かに流れている。


 生筋はそれを確認し、歩みを緩める。二という数は、まだ動かない。

 動かさないために、ここにある。


 ◇


 太平洋方面・連合軍指令本部では、夜間にまとめられた作戦結果が翌朝の定例報告に回されていた。

 壁面の地図は更新され、赤と青のピンが淡々と位置を変えている。

 空爆は計画通りに実施され、帰投率は高い。報告は成功と記され、声色に抑揚はない。


 日本側の被害は、項目ごとに整理されていた。

 工業施設への直接損害は限定的だが、都市機能の低下が積み重なっている。

 電力の断続、鉄路の遅延、港湾荷役の停滞。特に注記されたのは、食糧流通への影響だった。

 輸送遅延により配給の偏りが生じ、都市部では代替食への移行が進んでいる。

 米の比率低下、雑穀混入、配給量の減少。カロリー推定値は、成人男性の基準を下回り始めている。


 “An army marches on its stomach… or so the Japanese say.”

 (日本には、腹が減っては戦が出来ぬという諺があるらしいな)


 司令官が資料から目を離さずに言った。言葉は軽いが、含意は重い。

 日本の諺を引き合いに出すのは、相手を理解しているというより、相手を測るためだ。


 “Yes, sir. They aren’t fighting. This isn’t a war anymore.”

 (はい。出来ていませんね。戦になっていません)


 応じたのは、補佐役の将校だった。皮肉ではない。数字に基づいた評価だ。

 兵力は存在するが、機動がない。補給が続かない。反撃の兆候は乏しい。

 抵抗は続いているが、戦争の形を取れていない。


 報告が一段落すると、二人は隣室に移った。簡易の食堂だが、設備は整っている。

 昼食は決まっていた。トレイには、白いパンが二切れ、牛肉のロースト、豆の煮込み、

 缶詰の果物、そして粉末ではないコーヒー。栄養計算は事前に済んでおり、一食で二千カロリー近い。


 司令官はパンを割り、肉を切る。噛む音が、会議室よりもはっきりと響いた。


 “They’re probably mixing barley into rice again today.”

 (向こうは、今日も麦を混ぜている頃だ)


 補佐役は豆を口に運びながら頷く。日本側の配給資料は把握している。米七割、麦三割。

 日々の配給量は減り、脂肪分はほとんどない。蛋白源は魚だが、内陸部では入手が難しい。

 保存食に頼れば塩分が増え、水と燃料を消費する。


 “We have surplus meat. They don’t even have enough salt.”

 (こちらは肉が余る。向こうは塩が足りない)


 司令官はそう言い、コーヒーを口にした。砂糖は入っている。

 苦味を和らげる程度ではなく、はっきりと甘い。補佐役は缶詰の果物を開け、シロップごと皿に移す。   

 桃だ。保存食だが、嗜好品として扱われている。


 国力の差は、兵器だけでは測れない。輸送力、燃料、農業生産、加工能力。

 何より、食卓に現れる余裕だ。日本側の資料には、食事が「栄養摂取」として記されている。

 一方、こちらの食事は「日常」だ。


 “We don’t need to push. They’ll wither on their own.”

 (空から削るだけで、下は勝手に痩せる)


 司令官はそう言って笑った。補佐役も笑う。残酷さはない。

 計画通りに進んでいるという確認に過ぎない。


 被害報告に戻ると、人的損耗は限定的とされている。だが、長期的な消耗は数字に表れにくい。

 栄養不足は回復力を奪い、労働時間を縮め、事故を増やす。工場の稼働率は下がり、復旧は遅れる。

 戦場に出る前に、生活が戦争に耐えられなくなる。


 “They still haven’t chosen how to end this.”

 (彼らは、まだ終わらせ方を選んでいない)


 司令官は言った。


 “Then we make sure they have fewer choices every day.”

 (選ばせないように、こちらは積み重ねる)


 補佐役は頷き、最後の一口を飲み干す。コーヒーはまだ温かい。外では航空機の整備音が続いている。  

 次の作戦は既に準備段階に入っている。


 日本側の食糧難は、報告書の一項目に過ぎない。しかし、司令官にとっては結論だった。

 腹が減れば、判断は遅れる。遅れれば、選択肢は減る。減った選択肢の先に、終わりがある。


 笑い声が消え、二人は席を立つ。

 戦争は、今日も計画通りに進んでいた。


 ◇


 「食卓は、国力の決算書である」

 ― 1945年・日米食生活格差と“バー文化”の起点 ―


 はじめに(Executive Summary)


 戦争は兵器で始まり、食卓で終わる。

 これは比喩ではない。

 1945年という一点を切り出して日米を比較すると、勝敗を決めたのは砲弾の数ではなく、

「一日三食の中身」だったことが分かる。


本節では、

1945年時点における日米の食生活差

米軍レーションにおける「バー形状食品」の成立

それが現代のプロテインバーへ至る思想的進化を、年表形式で整理する。


なお、本節は戦史ではなく分析である。数字と食事は、常に正直だ。


Ⅰ.1945年、日本の食卓(Situation Analysis)


日本本土・都市部。主食:米7割+麦3割(標準配給)


一日摂取カロリー:

成人男性 約1,800kcal → 後半には1,500kcal以下


脂質:ほぼ皆無

蛋白源:魚(干物・煮干し中心)※内陸部では入手困難

甘味:ほぼ消滅(砂糖は戦略物資)


食事の目的は明確だ。

「生き延びる」こと。


味は二次的。嗜好は贅沢。満腹は記憶の中にある。


料理とは、

いかに薄めるか

いかに嵩を出すか

いかに誤魔化すか…の技術だった。


Ⅱ.1945年、アメリカの食卓(Benchmark)


米軍・本土および前線後方


主食:白パン・クラッカー


一食カロリー:2,800〜3,200kcal


脂質:十分(肉・バター・チョコ)

蛋白源:牛肉、豚肉、脱脂粉乳、豆

甘味:常在(砂糖・チョコ・缶詰果物)


重要なのは、「余っている」ことだ。

食事の目的は、「動き続ける」こと。


味は士気。

甘味は慰労。

満腹は前提条件。


同じ「戦時」でも、

日本は“削減フェーズ”、

アメリカは“最適化フェーズ”にいた。


Ⅲ.1941–1945 米軍レーションの進化(Timeline)

1941年:Dレーション(D-ration)


高カロリー(約600kcal)、チョコレート状、溶けにくい、美味しくしすぎない設計


目的:非常時にのみ食べさせる。間食で消費させない。


兵士の声:「硬い」「甘くない」「でも効く」


この時点で、「バー状で栄養を固める」思想が成立。


1943年:Kレーション

ビスケット、缶詰肉、チョコ、コーヒー


特徴:一食単位で完結。持ち運び可能。食事時間の短縮。


ここで重要なのは、「栄養を管理する」概念が明確になることだ。



1945年:完成形


カロリー、脂質、蛋白質、糖分を意図的に配合。


名称はまだ無い。だが、思想はすでに存在していた。



Ⅳ.戦後:軍用思想の民間転用(Post-War Spillover)

1946–1950年代

登山家、探検家、建設労働者向けに「高カロリー固形食」が民間流通。


まだ目的は一つ。腹を持たせる。栄養は総量管理。



1960–70年代

栄養学の進展。スポーツ科学の台頭。

ここで初めて、炭水化物、脂質、蛋白質が分解して語られる。

形はそのまま。意味が変わる。



Ⅴ.現代:プロテインバーの誕生(Conceptual Evolution)


バー形状:軍用由来

即食性:レーション思想

携行性:戦場基準

栄養管理:民間再定義


つまり、兵士を動かすための食→ 身体を整えるための食へと転生した。

直接の子孫ではない。思想の継承者である。



Ⅵ.まとめ(Conclusion)


1945年、日本の食卓は

「減らす」「薄める」「耐える」。


同年、アメリカの食卓は

「管理する」「配分する」「余らせる」。


この差は、戦場ではなく台所で決定的だった。


そして皮肉なことに、

現代人がジム帰りに齧るプロテインバーの原風景は、この時代の軍用レーションにある。


兵士は言った。

「これ一つで、まだ動ける」


現代人は言う。

「これ一つで、今日も鍛えた」


形は同じ。意味だけが変わった。―― 食は、いつの時代も最前線だ。


挿絵(By みてみん)


Hershey’s chocolate bar(1900年〜継続)

1941年以降は軍用に特化したチョコが開発された。


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