表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

閑話:闇市米屋、今日も元気に混ぜています。

 午前四時。闇市の米屋・金田屋かねだやの一日は、空が白む前にはじまる。

 市場に正式な開店時間などない。だが“良い買い手”は早朝のうちに来る。

 だからこそ、米袋の作業は夜明けより前に終わらせなければならなかった。


 店主の金田は、倉庫代わりの小さな納屋に吊した裸電球の下で、麻袋を開ける。

 袋の中には、正規品の白米二割、配給所から横流しされたクズ米四割、

 そして──乾燥させて細かく砕いたサツマイモが四割。


 「……今日も、芋の粒が目立つな」


 金田は匙で掬い、粒を指でひねる。

 すり潰しが甘い。客の舌に触れればすぐにバレる。


 そこへ、同業仲間の庄吉がひょっこり顔を出した。


 「おい、お前んとこ、最近クレーム来てるだろ。“なんか、甘ぇ”って」


 金田は肩をすくめた。


 「芋なんだから甘くて当たり前だろ」


 「そういう理屈じゃねぇんだよ。客は“米を買った”と思ってるんだ。甘みはバレの合図だ」


 庄吉は境内に落ちていた木の枝を拾い、こそこそと地面に円を描いた。


 「聞いたか? 新しい混ぜ方。芋を半日だけ水に漬けて、甘味を抜くって方法だ。

  乾かすのが手間だがな」


 金田は眉をひそめた。


 「水に漬けて、腐らねぇのか?」


 「漬けすぎなきゃ大丈夫らしい。ほら、この前あいつが言ってただろ、なんだ、“有機分解”? 

  まぁ難しい話はいい。芋の甘さが減るんだよ」


 金田は、なるほどと唸った。

 闇市では、こうした“技術”が日々生まれていく。有能な詐欺師は、料理人よりも科学者に近いのだ。


   ◇   ◇   ◇


 午前五時、湯気の立つ大きな釜が火にかけられる。

 これが“米磨き(こめみがき)”の行程だった。


 鍋に湯を沸かし、その中に混合米をひと掴み放り込む。

 米が浮き、芋片が沈む。その比率を見て、どれだけ混ぜたか調整するのだ。


 「昨日のは、浮きすぎた」


 金田はぼそりと言った。


 庄吉が吹き出した。


 「そりゃ芋が軽いんだから浮かねぇよ。米が多い証拠だ。出血大サービスってやつだ」


 「うるせぇ。こっちは家族五人抱えてんだよ」


 庄吉の笑みが消えた。

 闇市の商人たちは、皆どこかで“罪悪感”と“生存本能”の間で揺れている。

 正しい仕事をしているとは、誰も思っていない。

 だが、子どもが腹を空かせて泣く声の前で、人は善悪の均衡を失う。


 「……生きるためだ。仕方ねぇ」


 いつもの慰めが、今日も自然に口をついた。


   ◇   ◇   ◇


 午前六時。市場の外れに、別の米屋・佐太郎が現れた。

 彼は竹で編んだふるいを携えている。


 「おい、見ろよこれ。新式だ。芋の粉と米の粒が自然に分かれる。混ぜる比率を精密にできんだ」


 庄吉が目を丸くする。


 「お前、そんな器用なもんよく作ったな」


 「いや、作ったのは隣の飴屋だ。暇だからって、こんなもん作りやがった」


 金田は篩を試しに揺すってみた。

 たしかに、粒が均一に広がり、芋粉の偏りがなくなる。


 「……これなら、客にもバレにくいな」


 佐太郎は目を伏せた。


 「おい金田。お前んとこ、この前子ども連れの母ちゃんが来てただろ。

  あの人、泣いてたぞ。“米が少ない”って」


 金田は返事ができなかった。


 「家族が腹空かせてるのは、うちも同じだ。だが……泣かせちまうと心が痛ぇ」


 庄吉が口を挟んだ。


 「痛ぇのは皆同じだ。だがよ、俺たちが手を抜けば子どもが死ぬ。善悪なんて言ってる余裕はねぇ」


 3人とも、しばらく黙った。


 闇市の商売は、罪を背負う商売だ。

 だが同時に、誰かを生かす商売でもある。


   ◇   ◇   ◇


 午前七時、開店。

 市場には朝日より早く客が来る。

 疲れ切った母親、軍需工場の若い妻、年金で暮らす老人。

 それぞれが小さな巾着袋を握りしめ、今日を生きるための糧を買いに来る。


 「いらっしゃい、今日はいい米が入ってるよ」


 金田は笑顔をつくり、袋を渡す。

 その袋の中の米は、本物の米より少し軽い。

 芋粉が混ざっているからだ。


 祖母ほどの年齢の女性が、袋を受け取った瞬間に首をかしげた。


 「……なんだか、軽い気がするね」


 金田は息を飲んだ。


 佐太郎が素早く助け舟を出す。


 「奥さん、今日は湿気が多いんですよ。米は湿度で重さが変わるんです。軽いときは質がいい証拠だ」


 老人は「へぇ……」と頷き、去っていった。

 金田は心の底に冷たい穴が空くのを感じた。


 「俺たち……いつか地獄行きかもしれねぇな」


 庄吉が笑った。


 「行く暇あるかよ。毎日忙しいんだ。地獄も並んで待たなきゃ入れねぇ」


 3人は、不思議と同時に笑った。


 その笑いが苦いのか、救いなのか、それはもう分からなかった。


   ◇   ◇   ◇


 正午。客足が途切れたころ、金田は一人で釜のふたを開けた。

 湯の底から立ち上る芋の匂いが、妙に胸に刺さる。


 「……すまねぇな」


 誰に向けてか分からない謝罪を落とし、

 彼は次の袋に米を詰める手を止めなかった。


 生きるために。

 家族を守るために。

 世界が壊れていく中で、彼らの“善悪の線”は毎日揺れ続けていた。



 ◇



 午後の弱い日差しが官邸の庭に落ちていた。

 吉田めるは、配給袋の底があまりに軽いことに気づき、胸の奥にひやりとした痛みを覚えた。

 家に残る米は、茶碗三杯ほどしかない。使用人の女性・お園が心配そうに声を潜める。


 「……奥様、本日の夕餉、どういたしましょう」


 めるは少し迷い、覚悟を固めた。

 「お園。……あの市場へ、もう一度行きましょう。できるだけ、目立たないように」


 お園が目を丸くする。

 「また……ですか。あそこは人も多く、危険も……」


 めるは静かに首を振った。

 「今日だけではありません。国がこうなっている限り、きっと、一度では済まないでしょう」


 言葉は淡々としていた。

 だが、その奥には深い諦念と、それでも日々をつなぐための強い意志があった。


 官邸を出ると、石畳を打つ二人分の足音が夕暮れの空気に沈んでいく。

 闇市の近くまで来ると、広がるのは熱と汗と焦げた油の匂い。

 屋台が並び、人々がぶつからぬように肩をすぼめながら歩く。


   ◇   ◇   ◇


 「奥様、どうか離れないでくださいまし」

 お園は必死にめるの袖を掴んでいた。


 やがて二人は、米屋の前に辿り着いた。

 男たちの声、秤の音、客のため息、せわしない空気が混じりあう。


 めるは袋を差し出し、控えめに言った。


 「一升ほど、いただけますか」


 店主の男は顔を上げ、一瞥しただけで値段を告げた。

 正規の三倍近い。めるは眉を寄せたが、反論はしない。


 店主は秤に米を乗せ、わざと大げさに袋を揺すってみせた。

 「今日はなかなか良い米だよ、太った粒が多い。戦時下じゃ贅沢だ」


 言葉とは裏腹に、袋の軽さが不安を誘う。

 お園がそっと囁いた。


 「……奥様、たぶん芋が混じっております」


 めるは目を伏せた。

 それでも払うしかない。食べるものがなければ、家族の心が折れてしまう。


 「大丈夫よ。お園、洗って炊けば、きっと……」


 自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、袋を抱えた。


   ◇   ◇   ◇


 帰ろうとしたとき、めるはふと、隣の屋台から漂う不思議な香りに足を止めた。


 「お園……あれは、お肉?」


 何かを煮込む大鍋から、香ばしい匂いが立ち込めていた。

 屋台の男がにやりと笑う。


 「へい奥さん、今日は上物だよ。滅多に入らない“豚”だ」


 明らかに怪しい。

 お園はめるの前に出て声を潜めた。


 「豚……ではない気がいたします」


 屋台の男はその囁きを聞いたのか、肩をすくめて追加した。


 「まぁ、正体を気にしてたら飯は食えませんや。腹を満たせりゃ、それが一番の正義ってもんです」


 めるは、一瞬言葉を失った。

 しかしその後、胸の奥がかすかに疼いた。


 ——そう、今は“正しい”より“生きる”が優先される世界なのだ。


 男が鍋の蓋を開ける。

 ふわりと湯気が上がり、強くはないがどこか懐かしい脂の香りが漂う。

 それは多分、豚ではなかった。それでも、確かに“おいしそうな匂い”だった。


 「……お園、少しだけもらいましょうか。味だけでも」


 「奥様……!」


 めるの言葉には、諦めでも堕落でもない。

 ただ、“明日を繋ぐためにできる選択”が淡くにじんでいた。


 屋台の男は、どこか誇らしげに盛りつけながら言った。


 「この時世じゃ、牛か豚か犬か猫かなんて、誰にも分かりませんよ。

  でも、うまいです。ほら、食ってみりゃ分かる」


 めるは苦笑しながら、少しだけ受け取った。

 器を手にした瞬間、わずかに手が震えた。

 それが恐怖なのか飢えなのか、自分でも分からない。


   ◇   ◇   ◇


 帰り道。

 お園がぽつりと呟いた。


 「奥様。……こんなものを、総理ご夫妻が召し上がるなんて……」


 めるは風に揺れる灯りの中で静かに微笑んだ。


 「いいのよ、お園。私たちだけが特別であっては、“国”の姿が見えなくなるわ」


 手にした袋は軽かった。

 スープは少し濃く、匂いはどこか怪しかった。


 それでも、めるの胸には小さな温かさが灯っていた。

 あの闇市に並ぶ人々と同じ方向を向いて、この国を生きようとしているという感覚。


 お園は歩きながら、静かに頭を下げた。


 「……奥様。やはり、貴女は強い方でございます」


 めるは小さく首を振った。


 「いいえ。強いんじゃないわ。

  “明日も生きたい”だけ。その気持ちは、誰もが同じよ」


 闇市の喧騒は背後に遠ざかり、夜気が少しだけ冷たく肌を撫でた。


 その冷たさの中で、めるは袋を抱き直し、

 「明日も、きっとなんとかなる」 そう、そっと自分に言い聞かせた。


 挿絵(By みてみん)

 

 日本における食用カエルの歴史は古く、江戸期にはすでに農村部で蛋白源として利用されていた。

 田畑に身近なトノサマガエルや、明治以降に移入されたウシガエルが主で、

 食べるのは脂肪が少なく淡白な後脚の肉である。

 調理法は素揚げや唐揚げが最も一般的で、鶏肉に似た味わいとされたほか、

 串焼き、味噌汁、佃煮風なども各地に見られた。

 戦時中は食糧難により再評価され、田んぼは「食料庫」として認識されていた。



 ◇



 ◆戦時闇市ビジネス講座


 〜あなたも今日から“闇市フードテック”の旗手だ!〜

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 第1章:原価ゼロで利益最大化「ネズミ・イノベーション」


 闇市の神髄は“仕入れゼロ”。

 その最たる存在が、街角を走るドブネズミである。


 ・捕獲コスト:労力のみ

 ・加工コスト:包丁1本

 ・商品名:うさぎ、山鳥、野鳥ミックス


 決して「ネズミ」と言わないのが成功の秘訣だ。

 顧客満足よりも腹の満足が優先される市場では、ネーミングがすべてを解決する。


 第2章:猫と犬は“動く代替肉”


 軍に豚が吸われたこの時代、彼らは二足歩行しない豚と兎である。


 ・猫=“うさぎ肉”として提供

 ・犬=“豚肉”として活用


 味の決め手は、顧客の空腹。

 どんな肉も空腹フィルターを通せばだいたい旨い。


 第3章:端材の錬金術「馬内臓ハンバーグ」


 軍に馬本体は持っていかれる。

 残るのは“端材”という宝の山。


 これを細かく刻んで団子にした**スタミナ玉(仮称)**は、闇市のパワーフード。

 鉄の味が強いほど「効きそう」と錯覚するため、品質が低いほど売れる稀有な商品である。


 第4章:米のコストを1/20にする「藁ブレンド技術」


 米が高騰したらどうする?藁と木の皮を削って混ぜればいい。


 ・白いのは藁

 ・食感が木

 ・味が芋粉


 つまり総合すると“米のようななにか”である。


 胃は壊れるが、財布は守れる。

 これぞ闇市のSDGs。


 第5章:原材料の概念を超えた「謎ソーセージ」


 魚のすり身1、粉8、油1。

 この“比率の詐術”こそ闇市の成長戦略。


 ・見た目:完全にソーセージ

 ・味:諦めれば美味しい

 ・原材料:見ないほうが幸せ


 練り物は、顧客の想像力を信頼するビジネスである。


 第6章:コラーゲンゼロ「骨粉スープ」


 スープとは、“液体であればスープ”という世界観で完成する。


 骨を砕いて煮れば、白濁した“それらしい何か”ができる。


 味はなくても、湯気が立てばありがたい。

 この世は認知の戦いだ。


 第7章:オイル界のワイルドカード「謎油天ぷら」


 油がない?なら“あるもの”を油にすればいい。


 ・機械油

 ・再利用しすぎて黒くなった油

 ・豚脂に正体不明脂を追加


 どれも高温にすれば大抵なんとかなる。

 関係者いわく「揚げてしまえば同じ」。

 科学的根拠はないが、闇市的根拠はある。


 第8章:甘味革命「サツマイモの焦げ汁シロップ」


 砂糖が消えた時代。

 甘味は“皮”から創造された。


 芋皮を焦がして湯に溶かすと微妙に甘い。


 これを煮詰めると“飴”に化けるが、飴と思って食べるから飴なのだ。

 ブランドとは気合の結晶である。


 第9章:新星フロンティア「カエルの素揚げ」


 闇市の奥行きを支えるのはカエル。


 ・田んぼで無限に採れる

 ・精肉工程が簡単

 ・鶏肉に似ている(似ていない人もいる)


 見た目を見せないのが成功の秘訣。

 衣を厚くすれば正体は消える。

 利益率はほぼ100%。

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ◆闇市屋台が成功するための黄金律


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 本物を売る必要はない。

 本物“らしさ”を売るのである。


 味ではなく腹を満たす。

 満腹は最高の調味料。


 顧客は真実より生存を優先する。

 だから説明しすぎてはいけない。


 仕入れゼロは正義。


 罪悪感は家族の笑顔で上書きされる。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ◆闇市 FC加盟店募集中♪


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 “ネズミも猫も藁も商品化!”驚異のノウハウをあなたの町でも。


 加盟金:なんとなくでOK

 ロイヤリティ:良心の範囲

 提供メニュー:現地調達


 あなたも今日から戦時フードテックのフロンティアへ——。


 闇市屋台ビジネス、はじめませんか? ♪♪♪



 この続きも読みたい!と思って頂けたら、星をぽちっとしてくださるとうれしいです♪

 いただいたひとつの☆が、次の章を書く大きな力になります。

 物語の先を紡ぐ背中を、そっと押していただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ