閑話:闇市米屋、今日も元気に混ぜています。
午前四時。闇市の米屋・金田屋の一日は、空が白む前にはじまる。
市場に正式な開店時間などない。だが“良い買い手”は早朝のうちに来る。
だからこそ、米袋の作業は夜明けより前に終わらせなければならなかった。
店主の金田は、倉庫代わりの小さな納屋に吊した裸電球の下で、麻袋を開ける。
袋の中には、正規品の白米二割、配給所から横流しされたクズ米四割、
そして──乾燥させて細かく砕いたサツマイモが四割。
「……今日も、芋の粒が目立つな」
金田は匙で掬い、粒を指でひねる。
すり潰しが甘い。客の舌に触れればすぐにバレる。
そこへ、同業仲間の庄吉がひょっこり顔を出した。
「おい、お前んとこ、最近クレーム来てるだろ。“なんか、甘ぇ”って」
金田は肩をすくめた。
「芋なんだから甘くて当たり前だろ」
「そういう理屈じゃねぇんだよ。客は“米を買った”と思ってるんだ。甘みはバレの合図だ」
庄吉は境内に落ちていた木の枝を拾い、こそこそと地面に円を描いた。
「聞いたか? 新しい混ぜ方。芋を半日だけ水に漬けて、甘味を抜くって方法だ。
乾かすのが手間だがな」
金田は眉をひそめた。
「水に漬けて、腐らねぇのか?」
「漬けすぎなきゃ大丈夫らしい。ほら、この前あいつが言ってただろ、なんだ、“有機分解”?
まぁ難しい話はいい。芋の甘さが減るんだよ」
金田は、なるほどと唸った。
闇市では、こうした“技術”が日々生まれていく。有能な詐欺師は、料理人よりも科学者に近いのだ。
◇ ◇ ◇
午前五時、湯気の立つ大きな釜が火にかけられる。
これが“米磨き(こめみがき)”の行程だった。
鍋に湯を沸かし、その中に混合米をひと掴み放り込む。
米が浮き、芋片が沈む。その比率を見て、どれだけ混ぜたか調整するのだ。
「昨日のは、浮きすぎた」
金田はぼそりと言った。
庄吉が吹き出した。
「そりゃ芋が軽いんだから浮かねぇよ。米が多い証拠だ。出血大サービスってやつだ」
「うるせぇ。こっちは家族五人抱えてんだよ」
庄吉の笑みが消えた。
闇市の商人たちは、皆どこかで“罪悪感”と“生存本能”の間で揺れている。
正しい仕事をしているとは、誰も思っていない。
だが、子どもが腹を空かせて泣く声の前で、人は善悪の均衡を失う。
「……生きるためだ。仕方ねぇ」
いつもの慰めが、今日も自然に口をついた。
◇ ◇ ◇
午前六時。市場の外れに、別の米屋・佐太郎が現れた。
彼は竹で編んだ篩を携えている。
「おい、見ろよこれ。新式だ。芋の粉と米の粒が自然に分かれる。混ぜる比率を精密にできんだ」
庄吉が目を丸くする。
「お前、そんな器用なもんよく作ったな」
「いや、作ったのは隣の飴屋だ。暇だからって、こんなもん作りやがった」
金田は篩を試しに揺すってみた。
たしかに、粒が均一に広がり、芋粉の偏りがなくなる。
「……これなら、客にもバレにくいな」
佐太郎は目を伏せた。
「おい金田。お前んとこ、この前子ども連れの母ちゃんが来てただろ。
あの人、泣いてたぞ。“米が少ない”って」
金田は返事ができなかった。
「家族が腹空かせてるのは、うちも同じだ。だが……泣かせちまうと心が痛ぇ」
庄吉が口を挟んだ。
「痛ぇのは皆同じだ。だがよ、俺たちが手を抜けば子どもが死ぬ。善悪なんて言ってる余裕はねぇ」
3人とも、しばらく黙った。
闇市の商売は、罪を背負う商売だ。
だが同時に、誰かを生かす商売でもある。
◇ ◇ ◇
午前七時、開店。
市場には朝日より早く客が来る。
疲れ切った母親、軍需工場の若い妻、年金で暮らす老人。
それぞれが小さな巾着袋を握りしめ、今日を生きるための糧を買いに来る。
「いらっしゃい、今日はいい米が入ってるよ」
金田は笑顔をつくり、袋を渡す。
その袋の中の米は、本物の米より少し軽い。
芋粉が混ざっているからだ。
祖母ほどの年齢の女性が、袋を受け取った瞬間に首をかしげた。
「……なんだか、軽い気がするね」
金田は息を飲んだ。
佐太郎が素早く助け舟を出す。
「奥さん、今日は湿気が多いんですよ。米は湿度で重さが変わるんです。軽いときは質がいい証拠だ」
老人は「へぇ……」と頷き、去っていった。
金田は心の底に冷たい穴が空くのを感じた。
「俺たち……いつか地獄行きかもしれねぇな」
庄吉が笑った。
「行く暇あるかよ。毎日忙しいんだ。地獄も並んで待たなきゃ入れねぇ」
3人は、不思議と同時に笑った。
その笑いが苦いのか、救いなのか、それはもう分からなかった。
◇ ◇ ◇
正午。客足が途切れたころ、金田は一人で釜のふたを開けた。
湯の底から立ち上る芋の匂いが、妙に胸に刺さる。
「……すまねぇな」
誰に向けてか分からない謝罪を落とし、
彼は次の袋に米を詰める手を止めなかった。
生きるために。
家族を守るために。
世界が壊れていく中で、彼らの“善悪の線”は毎日揺れ続けていた。
◇
午後の弱い日差しが官邸の庭に落ちていた。
吉田めるは、配給袋の底があまりに軽いことに気づき、胸の奥にひやりとした痛みを覚えた。
家に残る米は、茶碗三杯ほどしかない。使用人の女性・お園が心配そうに声を潜める。
「……奥様、本日の夕餉、どういたしましょう」
めるは少し迷い、覚悟を固めた。
「お園。……あの市場へ、もう一度行きましょう。できるだけ、目立たないように」
お園が目を丸くする。
「また……ですか。あそこは人も多く、危険も……」
めるは静かに首を振った。
「今日だけではありません。国がこうなっている限り、きっと、一度では済まないでしょう」
言葉は淡々としていた。
だが、その奥には深い諦念と、それでも日々をつなぐための強い意志があった。
官邸を出ると、石畳を打つ二人分の足音が夕暮れの空気に沈んでいく。
闇市の近くまで来ると、広がるのは熱と汗と焦げた油の匂い。
屋台が並び、人々がぶつからぬように肩をすぼめながら歩く。
◇ ◇ ◇
「奥様、どうか離れないでくださいまし」
お園は必死にめるの袖を掴んでいた。
やがて二人は、米屋の前に辿り着いた。
男たちの声、秤の音、客のため息、せわしない空気が混じりあう。
めるは袋を差し出し、控えめに言った。
「一升ほど、いただけますか」
店主の男は顔を上げ、一瞥しただけで値段を告げた。
正規の三倍近い。めるは眉を寄せたが、反論はしない。
店主は秤に米を乗せ、わざと大げさに袋を揺すってみせた。
「今日はなかなか良い米だよ、太った粒が多い。戦時下じゃ贅沢だ」
言葉とは裏腹に、袋の軽さが不安を誘う。
お園がそっと囁いた。
「……奥様、たぶん芋が混じっております」
めるは目を伏せた。
それでも払うしかない。食べるものがなければ、家族の心が折れてしまう。
「大丈夫よ。お園、洗って炊けば、きっと……」
自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ、袋を抱えた。
◇ ◇ ◇
帰ろうとしたとき、めるはふと、隣の屋台から漂う不思議な香りに足を止めた。
「お園……あれは、お肉?」
何かを煮込む大鍋から、香ばしい匂いが立ち込めていた。
屋台の男がにやりと笑う。
「へい奥さん、今日は上物だよ。滅多に入らない“豚”だ」
明らかに怪しい。
お園はめるの前に出て声を潜めた。
「豚……ではない気がいたします」
屋台の男はその囁きを聞いたのか、肩をすくめて追加した。
「まぁ、正体を気にしてたら飯は食えませんや。腹を満たせりゃ、それが一番の正義ってもんです」
めるは、一瞬言葉を失った。
しかしその後、胸の奥がかすかに疼いた。
——そう、今は“正しい”より“生きる”が優先される世界なのだ。
男が鍋の蓋を開ける。
ふわりと湯気が上がり、強くはないがどこか懐かしい脂の香りが漂う。
それは多分、豚ではなかった。それでも、確かに“おいしそうな匂い”だった。
「……お園、少しだけもらいましょうか。味だけでも」
「奥様……!」
めるの言葉には、諦めでも堕落でもない。
ただ、“明日を繋ぐためにできる選択”が淡くにじんでいた。
屋台の男は、どこか誇らしげに盛りつけながら言った。
「この時世じゃ、牛か豚か犬か猫かなんて、誰にも分かりませんよ。
でも、うまいです。ほら、食ってみりゃ分かる」
めるは苦笑しながら、少しだけ受け取った。
器を手にした瞬間、わずかに手が震えた。
それが恐怖なのか飢えなのか、自分でも分からない。
◇ ◇ ◇
帰り道。
お園がぽつりと呟いた。
「奥様。……こんなものを、総理ご夫妻が召し上がるなんて……」
めるは風に揺れる灯りの中で静かに微笑んだ。
「いいのよ、お園。私たちだけが特別であっては、“国”の姿が見えなくなるわ」
手にした袋は軽かった。
スープは少し濃く、匂いはどこか怪しかった。
それでも、めるの胸には小さな温かさが灯っていた。
あの闇市に並ぶ人々と同じ方向を向いて、この国を生きようとしているという感覚。
お園は歩きながら、静かに頭を下げた。
「……奥様。やはり、貴女は強い方でございます」
めるは小さく首を振った。
「いいえ。強いんじゃないわ。
“明日も生きたい”だけ。その気持ちは、誰もが同じよ」
闇市の喧騒は背後に遠ざかり、夜気が少しだけ冷たく肌を撫でた。
その冷たさの中で、めるは袋を抱き直し、
「明日も、きっとなんとかなる」 そう、そっと自分に言い聞かせた。
日本における食用カエルの歴史は古く、江戸期にはすでに農村部で蛋白源として利用されていた。
田畑に身近なトノサマガエルや、明治以降に移入されたウシガエルが主で、
食べるのは脂肪が少なく淡白な後脚の肉である。
調理法は素揚げや唐揚げが最も一般的で、鶏肉に似た味わいとされたほか、
串焼き、味噌汁、佃煮風なども各地に見られた。
戦時中は食糧難により再評価され、田んぼは「食料庫」として認識されていた。
◇
◆戦時闇市ビジネス講座
〜あなたも今日から“闇市フードテック”の旗手だ!〜
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第1章:原価ゼロで利益最大化「ネズミ・イノベーション」
闇市の神髄は“仕入れゼロ”。
その最たる存在が、街角を走るドブネズミである。
・捕獲コスト:労力のみ
・加工コスト:包丁1本
・商品名:うさぎ、山鳥、野鳥ミックス
決して「ネズミ」と言わないのが成功の秘訣だ。
顧客満足よりも腹の満足が優先される市場では、ネーミングがすべてを解決する。
第2章:猫と犬は“動く代替肉”
軍に豚が吸われたこの時代、彼らは二足歩行しない豚と兎である。
・猫=“うさぎ肉”として提供
・犬=“豚肉”として活用
味の決め手は、顧客の空腹。
どんな肉も空腹フィルターを通せばだいたい旨い。
第3章:端材の錬金術「馬内臓ハンバーグ」
軍に馬本体は持っていかれる。
残るのは“端材”という宝の山。
これを細かく刻んで団子にした**スタミナ玉(仮称)**は、闇市のパワーフード。
鉄の味が強いほど「効きそう」と錯覚するため、品質が低いほど売れる稀有な商品である。
第4章:米のコストを1/20にする「藁ブレンド技術」
米が高騰したらどうする?藁と木の皮を削って混ぜればいい。
・白いのは藁
・食感が木
・味が芋粉
つまり総合すると“米のようななにか”である。
胃は壊れるが、財布は守れる。
これぞ闇市のSDGs。
第5章:原材料の概念を超えた「謎ソーセージ」
魚のすり身1、粉8、油1。
この“比率の詐術”こそ闇市の成長戦略。
・見た目:完全にソーセージ
・味:諦めれば美味しい
・原材料:見ないほうが幸せ
練り物は、顧客の想像力を信頼するビジネスである。
第6章:コラーゲンゼロ「骨粉スープ」
スープとは、“液体であればスープ”という世界観で完成する。
骨を砕いて煮れば、白濁した“それらしい何か”ができる。
味はなくても、湯気が立てばありがたい。
この世は認知の戦いだ。
第7章:オイル界のワイルドカード「謎油天ぷら」
油がない?なら“あるもの”を油にすればいい。
・機械油
・再利用しすぎて黒くなった油
・豚脂に正体不明脂を追加
どれも高温にすれば大抵なんとかなる。
関係者いわく「揚げてしまえば同じ」。
科学的根拠はないが、闇市的根拠はある。
第8章:甘味革命「サツマイモの焦げ汁シロップ」
砂糖が消えた時代。
甘味は“皮”から創造された。
芋皮を焦がして湯に溶かすと微妙に甘い。
これを煮詰めると“飴”に化けるが、飴と思って食べるから飴なのだ。
ブランドとは気合の結晶である。
第9章:新星フロンティア「カエルの素揚げ」
闇市の奥行きを支えるのはカエル。
・田んぼで無限に採れる
・精肉工程が簡単
・鶏肉に似ている(似ていない人もいる)
見た目を見せないのが成功の秘訣。
衣を厚くすれば正体は消える。
利益率はほぼ100%。
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◆闇市屋台が成功するための黄金律
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本物を売る必要はない。
本物“らしさ”を売るのである。
味ではなく腹を満たす。
満腹は最高の調味料。
顧客は真実より生存を優先する。
だから説明しすぎてはいけない。
仕入れゼロは正義。
罪悪感は家族の笑顔で上書きされる。
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◆闇市 FC加盟店募集中♪
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“ネズミも猫も藁も商品化!”驚異のノウハウをあなたの町でも。
加盟金:なんとなくでOK
ロイヤリティ:良心の範囲
提供メニュー:現地調達
あなたも今日から戦時フードテックのフロンティアへ——。
闇市屋台ビジネス、はじめませんか? ♪♪♪
この続きも読みたい!と思って頂けたら、星をぽちっとしてくださるとうれしいです♪
いただいたひとつの☆が、次の章を書く大きな力になります。
物語の先を紡ぐ背中を、そっと押していただけたら幸いです。




