間の悪い夜ほど、昔の自分に会う
終電を逃した。
ミシマは改札の前で立ち尽くして、ため息をひとつ落とした。
そこへ、黒川とハルが階段から降りてくる。
「あ、ミシマさん。やっぱ乗れませんでした?」
「……目の前で行っちゃったよ。扉閉まる瞬間に俺と目が合った気がした」
「電車に見捨てられるのって、妙に心にくるっすよね」
「“お前は今日ここで終わりだ”って言われた感じ」
三人は自販機横のベンチに腰を下ろした。
沼袋駅の深夜は、誰も急いでいない空気が漂っている。
「でもまあ、いいじゃないですか。こういう日は反省会ですよ」
黒川が唐突に言う。
「なにを反省すんの?」
「今日の全部」
ハルが笑った。
「範囲広すぎるだろ……」
ミシマは少し考えてから言った。
「じゃあ俺は……“頑張った人ぶるのをやめる”かな」
ハルが眉を上げる。
「珍しく重たいな」
「だって今日、仕事でミスしたのに、ずっと“まあこんなもんだろ”って顔してたわけよ。現実は“小銭しかない財布”みたいにスカスカなのに」
黒川はペットボトルを傾けながらうなずく。
「俺は“逃げなかったふりをやめる”。今日、会いたくない相手に偶然会っちゃってさ」
「誰?」
「昔のバイトの先輩。“お前、まだここら辺にいんの?”って言われた」
ミシマとハルは、無言で顔を見合わせた。
「うわ……それキツいやつ」
「そう。ああいうとき、なんで人って笑っちゃうんだろうな」
ハルが苦い顔で言う。
「もう“勝負ついてる”感じの会話っすよね」
「しかもさ、その人、今なんか会社立ち上げたらしいんだよ。俺、当時のまま変わってないのに」
ミシマはベンチの端を軽く叩きながらつぶやいた。
「こういう夜さ、自分だけ取り残されてる感じになるよな」
「駅に取り残されると、人生に取り残された気分に直結するのやめてほしい」
三人はしばらく沈黙した。
終電後のホームは、誰も見ていない絵画みたいに静かだ。
ふいにハルが、思い出したように言った。
「そういえば俺、今日もう一人に会いましたよ」
「誰?」
「……“昔の自分”に」
ミシマと黒川が同時にハルを見る。
「え?」
「いや、幻覚じゃなくて。沼袋の踏切んとこで、中学生くらいの子が、部活帰りみたいな格好でさ。俺、ああいう感じだったんすよ。疲れてんのに未来だけはある、みたいな顔」
黒川がうつむきながら言う。
「……未来、なくなった?」
「いや違うんすよ。なんか、“あいつの未来がここなんだよな”って思ったら……すれ違った瞬間、謝りたくなった」
ミシマが苦笑する。
「“ごめん、こんな大人で”って?」
「そう。“もっとマシな未来を用意しておくつもりだった”って」
黒川がぽつりと言う。
「でもさ……俺ら、あの頃の自分の期待を裏切ったか?」
ハルは少し考え、首を横に振った。
「裏切ったというか……“現実のほうが強かっただけ”かな」
ミシマはゆっくり呼吸して、深夜の空気を肺に入れる。
「もし今の俺を昔の俺が見たら……多分こう言うと思う。“まあ、そこそこ元気ならいいや”って」
黒川とハルが同時にうなずいた。
「そうだよな。昔の自分って、妙に優しいよな」
「“成功してるかどうか”より、“まだ笑ってるか”のほうを確認してくるタイプ」
「そうそう」
駅の時計が、日付が変わる寸前の静かな秒を刻んでいる。
黒川が立ち上がり、伸びをした。
「さて……タクシー代もないし、歩いて帰るか」
「反省会、締める?」
ミシマが問いかける。
ハルが軽く笑って言った。
「今日の結論。“取り残されても、帰る方向が一緒ならまあいい”」
黒川もうなずく。
「三人で歩きゃ、“取り残された夜”もただの帰宅ルートだよ」
ミシマは小さく肩の力を抜く。
「じゃあ帰るか。沼袋は逃げないしな」
三人はゆっくりと改札を離れ、深夜の街へと歩き始めた。
その背中を見送るみたいに、さっきすれ違った“あの頃の自分”が、どこかでまだ息をしているような気がした。




