夢って、いつ経費になるの?
ハルは、昼の三時に起きた。
起きた瞬間、なぜか「俺はいま、人生の経費を垂れ流してる」という強烈な自覚だけがあった。
コンビニのレシートが、机の上に散乱している。
全部、理由のない出費だ。
アイス、アイス、カフェラテ、唐揚げ棒。
途中で買った“やる気スイッチ”と書かれた怪しい栄養ドリンク。
効いた試しはない。
ハルはレシートを一枚めくりながらふと思う。
——夢って、経費にならんのかな。
そんな魔法みたいな制度があれば、人生はもう少し軽くなるのに。
スマホを見ると、黒川からメッセージが来ていた。
《今日19時。リホさん、話あるらしい》
《まさか閉店?》
《想像だけで不安になるな》
ハルは起きて三分で不安になれる人間だった。
ミシマからも来ていた。
《昼から履歴書書いてるけど、志望動機のところ白紙で永眠しそう》
みんな生きてるだけで忙しい。
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夕方、沼袋の居酒屋。
珍しく、三人とも時間通りに集まった。
リホが何やら分厚い封筒を持っている。
黒川が言う。
「その封筒…辞表じゃないですよね?」
「お店、潰れる?」ハルが続く。
「大丈夫。もっとくだらない話よ」
リホは封筒を机に置いた。
「昨日、確定申告に行ってきたのよ」
ミシマが笑う。
「確定申告って言葉、体温下がりますね」
「でね、税理士さんに言われたの。“経費が全然ありませんね”って」
ハルが言う。
「経費って難しいっすよね」
「そうなのよ。でも、聞いて。
“仕事につながるものはだいたい経費にできます”って言われたの」
三人が驚く。
ミシマが真っ先に食いつく。
「じゃあ、夢も…?」
「夢は無理」
「即答…!」
黒川が言う。
「でも役者志望の俺が見る映画って経費になるんですか」
「なる場合もあるらしいけど、証明できるかどうかよね」
ハルはテーブルのコースターを回しながらつぶやく。
「証明って、何を……?
“俺の人生に必要でした”って言えばいいの?」
黒川が言う。
「それ言い始めたら、人生全部経費だろ」
ミシマが乗る。
「家賃も、電気代も、カップ麺も、全部“活動に欠かせませんでした”って主張すれば……」
ハルが胸を張る。
「俺なんて、寝るのも将来のためっすよ。“体力がいる”って理由で」
黒川が冷たい目を向ける。
「それはただの惰性だ」
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飲み物が届く頃、話題は“経費として認めてほしいもの”に変わっていた。
ミシマが言う。
「履歴書書くために飲んだコーヒーって、経費?」
黒川が言う。
「落ちたら無駄じゃない?」
「無駄な努力って一番価値あるじゃん」
ハルが言う。
「じゃあ俺のプリクラ写真代も経費でいいっすよね。採用に向けた投資だし」
黒川が首を振る。
「頭おかしい方向の投資」
リホが笑いながら言う。
「三人とも、経費ってそういう制度じゃないから」
ミシマが深くため息をつく。
「でも、ほら。“夢に使ったお金”って、結構あるよね」
黒川がうなずく。
「俺なんて舞台のワークショップやら台本やら、全部将来のためなんだけど…
現実にはただの散財だからな」
ハルが言う。
「夢のコストって、人生で一番高くつきますよね」
全員、静かになる。
その沈黙を破ったのは、奥の席の常連のおっさんだ。
「夢の金は、払ってるうちが楽しいんだよ」
三人が同時に振り向く。
「楽しいんですか?」
「楽しいよ。叶ったら払わなくなるだろ?
夢ってのは“叶わないうち”が一番儲かる。店側は」
「店側……?」
おっさんは唐揚げをつまみながら言った。
「世の中の商売は、大体“叶わない夢に金を払う客”で回ってんだよ」
三人は揃って軽く絶望する。
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リホが追加で水を置きながら言う。
「夢を経費にしたいなら、まず“夢を仕事にする”しかないわね」
黒川が静かにうなずく。
「仕事にしたらしたで、今度は“夢なのに義務になる”んだよな」
ミシマがつぶやく。
「結局、夢ってどの段階が一番幸せなんだろうね」
ハルが言う。
「たぶん、“ちょっとやってるけど、まだ始まってすらいない”くらいの時期じゃないっすか」
全員、なぜか納得した。
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店を出ると、風が少しだけ春の匂いを含んでいた。
黒川が言う。
「なんか今日、俺、仕事してないのに“働いた感”あるわ」
ミシマが言う。
「分かる。人生の棚卸しした気分」
ハルも続く。
「俺もちょっと、“夢ってだめじゃない”って思えてきました」
黒川が言う。
「でもレインボーのプリクラは経費にならない」
「そこは……もう忘れたいっす」
三人は笑いながら分かれていく。
沼袋の夜道は変わらず静かだが、
今日だけは少し、“夢に優しい空気”が混ざっていた。




