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俺の話を聞いてくれー西武新宿線界隈ー  作者: あいまいもこ


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12/13

ちゃんと働くって誰基準?

ミシマは、実家のグループLINEに送られたメッセージを三度読み直した。


《最近どう? ちゃんと働いてる?》


“ちゃんと”の部分が、特に攻撃力高めだった。

文字なのに、音で刺されてる感じがする。


ミシマは布団に顔を埋めて唸る。


「ちゃんとって何……」


たぶん、世の中でもっとも雑に使われる単語なのに、

もっとも規格が分からない言葉だ。


黒川からメッセージが来た。


《今日、19時。ハルが“ちゃんと働いた”日らしい》


《初耳のジャンル》


---


夕方。沼袋の居酒屋。


黒川はカウンターで、なぜか面接帰りみたいな服を着ていた。


「お前、今日どうした?」


ミシマが聞くと、黒川は肩を落とした。


「親に言われた。“そろそろ普通の仕事しろ”って」


「あー……“普通”も分からんワードだよね」


「しかも面接で“役者をやってました”って言ったら、“じゃあうちでやりたいことは?”って聞かれて固まった」


「役者やりたいんだろ」


「そう。だから何も言えなかった」


二人で苦笑いしていると、ハルが入ってきた。


彼は珍しく明るかった。


「今日は働いたんす!」


ミシマが拍手する。


「すごいじゃん。何やったの?」


「仕分けのバイトっす。しかも今日だけ」


黒川が首をかしげる。


「それで“ちゃんと働いた”扱いなの?」


「いや、自分の中での話っすよ。“今日は頑張ったな俺”って」


ミシマは思った。

“ちゃんと働いた”の基準は、案外このくらいで良いのかもしれない。


---


リホが水を置きながら聞いてくる。


「三人とも、今日は何の日なの? やけに達成感あるけど」


ミシマが言う。


「“ちゃんと働いてるかどうか”の話してたんです」


リホはあっさり答える。


「そんなの本人が決めれば?」


三人が同時に固まる。


黒川が言う。


「いや、でも周りが言うじゃないですか。“そろそろ働け”とか“ちゃんとしろ”とか」


「だから何? その人たちとあなたの人生は別でしょ」


ハルがぽつり。


「でも、そう言われると“自分ダメなのかな”って思っちゃうんすよね」


リホはため息をつく。


「偉そうな人ほど、自分が思う“ちゃんと”を他人に押しつけるのよ。

働き方なんて百人百通りよ」


ミシマはうなずく。


「じゃあさ、ハルの“今日だけ仕分けた”のも立派?」


「立派よ。やらないより何倍もいいじゃない」


ハルは感動していた。


---


ビールが届き、三人はわりと真面目なモードになっていた。


黒川が言う。


「俺、役者で食っていきたいけど、親には“それは働いてるって言わない”って言われたんだよな」


ミシマが言う。


「じゃあ売れたら?」


「売れたら“すごいね”って手のひら返すらしい」


「それもう働き方関係なくない?」


ハルが焼き鳥をかじりながら言う。


「俺も今日、バイト先で“この仕事長くやる気ある?”って聞かれて困りました」


「どう答えたの?」


「“質問の意図が分かりません”って言ったら黙られたっす」


「正直者め」


ミシマがビールを飲んで言う。


「働くってさ、“稼ぐ”と“生きる”の二つに分かれるよね。

でも親とか社会は“稼ぐ”だけ見てくる」


黒川がうなずく。


「でも俺、好きなこと続けたら、いつか稼げるかもしれないって思ってるんだよな」


ハルが言う。


「そういうのも“ちゃんと働く”の内側じゃないっすか」


ミシマがまとめる。


「つまり、“ちゃんと働く”って本人の気持ちの話で、

外側の人が決めるもんじゃないってことか」


三人が同時にうなずく。


リホが唐揚げを置いて、さらっと言う。


「まあ、働きすぎて壊れる人より、働かなすぎて悩んでる人のほうがよほど健全だけどね」


三人は同時に“名言出た…”の顔をした。


---


店を出ると、夜の沼袋は静かで、駅前の明かりだけがぼんやり光っていた。


黒川が言う。


「なんか今日は、“働け”って言われても前ほど刺さないわ」


ミシマが言う。


「俺も。“俺の基準で働いたかどうか”を判断すればいい気がしてきた」


ハルが言う。


「じゃあ俺、今日めっちゃ働いた日だわ」


黒川が爆笑する。


「一日だけで人間こんな強気になる?」


「一日だけでも十分なんすよ。ゼロが一になるし」


ミシマが言う。


「“働く”って、そもそも自分を動かすことでしょ。

誰かに説明するためじゃなくて」


黒川が言う。


「そうだな。俺も明日、オーディションの練習ちゃんとやろう」


ハルが言う。


「俺も明日、ちゃんとサボろう」


「張り切って言うな」


三人は笑いながら分かれていく。


沼袋の夜は何も変わらない。

けれど今日だけは、少しだけ心が軽かった。


“ちゃんと”の基準は、とうとう外側じゃなくて、

内側に置けるようになってきた。


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