履歴書って嘘つく紙だよね
ミシマは、机の上に広げた履歴書を三十分ほど見つめていた。
書き始めようとしてボールペンを持つのだが、毎回「どこから書けばいいんだっけ?」の前に、「そもそも俺が書いていい紙なのか?」という根本的な疑問にぶつかる。
履歴書という紙は、不思議なほど綺麗だ。
白すぎて、自分の人生を乗せるのが申し訳ない。
スマホが震えた。黒川からだ。
《今日、居酒屋19時。ハルが“重大発表”あるらしい》
重大発表と聞くと、だいたいしょうもない。
《行くわ。履歴書詰んだから》
送った瞬間、五秒で返ってきた。
《あれは人間を試す罠だから気にすんな》
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夕方。沼袋の居酒屋。
黒川が一番乗りで、麦茶を飲んでいた。
俳優志望とは思えぬほど安定した姿勢でスマホをいじっている。
「お疲れ。履歴書どした?」
ミシマはカバンからしわしわの履歴書を取り出す。
「見て、この皺。人間性が出てるよね」
黒川が苦い顔をする。
「履歴書ってさ、人生をA4に押し込む拷問だよな。俺も昔、特技の欄に“人と仲良くなること”って書いて落ちた」
「面接官、何て?」
「“それは特技ではありません”って真顔で言われた」
「強い」
二人が笑っていると、ハルが来た。
Tシャツのしわと寝癖で分かる。三十分前に起きた。
「重大発表があります」
いきなり切り出す。
「はいはい、どうせ“今日こそ昼に起きる”とかだろ」
「違います!……履歴書、書きました」
ミシマと黒川が同時に振り向く。
「え、ハルがお前……?」
「奇跡起きたな……?」
ハルは胸を張った。
「ほら!」
A4の履歴書を広げる。
確かに書いてある……が、写真の欄に自撮りのプリクラを貼っていた。
「……なんでプリクラ?」
「証明写真機、高かったんですよ。700円」
「いや、基準そこ?」
黒川が言う。
「その写真、“友達と撮った日”って感じの背景ない?」
「あります。“友情レインボー”っす」
ミシマは肩を震わせた。
「受付で二秒で落ちるよ」
「え、マジすか?」
ハルは本気で驚いていた。
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注文を終え、テーブルに焼き鳥が届いたころ、三人は履歴書について語り始めた。
黒川が言う。
「そもそも履歴書って“嘘つかないと空白が埋まらない紙”だと思うんだよ」
ミシマがうなずく。
「空白期間って欄、残酷すぎない?
“人生休んでました”って正直に書くのは、むしろ偉業でしょ」
ハルが言う。
「じゃあ、空白を嘘で埋めればいいじゃないですか。“世界を旅してました”とか」
黒川が即座に突っ込む。
「お前この一年、ずっと沼袋いたろ」
「心の旅っす」
「そういうのが落ちる理由なんだよ」
ミシマは履歴書を見つめて言った。
「“志望動機”って欄、毎回しんどくない?
バイトにそこまで崇高な動機、必要?」
黒川が言う。
「“家賃のためです”って正直に書いたら落ちたことある」
「それは……誠実すぎたのかもね」
そのとき、リホが唐揚げを置きながら言った。
「履歴書なんてね、“働く意思があります”って証明の紙よ。
中身はそんなに見てないわよ」
三人が同時に聞く。
「じゃあ、写真がプリクラでも……?」
「それはダメ」
ハルが崩れ落ちる。
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ビールが進むにつれ、三人の履歴書観はさらに歪んでいく。
ハルが言う。
「履歴書って、テンプレの人生を前提にしてません?
“こう生きてきたでしょ?”って押しつけを感じます」
ミシマが続ける。
「分かる。あれ書いてると、“俺の人生って履歴書に乗るほど整ってないな”って思う」
黒川がまとめに入る。
「つまり履歴書とは、“お前の人生、紙にできるほど立派か?”って試してくる紙なんだよ」
「悪質……」
「だから、それに立ち向かう必要なんてない。
大事なのは、働くか働かないかだ」
ハルが言う。
「じゃあ俺のプリクラは……?」
「働かない方に寄っちゃったな」
「そんなつもりじゃ……!」
リホがまた水を置きに来る。
「履歴書の話、まだ続いてんの?」
「はい」
「もう気にしないのが一番よ。人手不足なんだからそのうち誰か拾ってくれるわよ」
三人が一瞬静かになる。
ハルが泣きそうに言う。
「優しい……!」
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店を出ると、夜の空気は少しだけ冷たくなっていた。
ミシマが言う。
「俺、明日もう一回書くわ。“取り繕うんじゃなくて、生きてきたまま書く”って感じで」
ハルが言う。
「俺も写真、撮り直します。背景レインボーじゃないやつで」
黒川が言う。
「偉いじゃん。俺も明日、オーディションの書類出す」
ミシマが笑う。
「奇跡的に、三人とも“明日やる”になったね」
ハルが言う。
「でも、やらない可能性のほうが高いっすよね」
黒川が言った。
「それでも、“明日やる”って言うのが人間なんだよ」
三人は、なんとなく納得して、そのまま解散した。
沼袋の夜は何も変わらない。
でも、明日くらいは、少しだけ変わるふりをしてくれるかもしれない。




