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俺の話を聞いてくれー西武新宿線界隈ー  作者: あいまいもこ


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11/13

履歴書って嘘つく紙だよね

ミシマは、机の上に広げた履歴書を三十分ほど見つめていた。

書き始めようとしてボールペンを持つのだが、毎回「どこから書けばいいんだっけ?」の前に、「そもそも俺が書いていい紙なのか?」という根本的な疑問にぶつかる。


履歴書という紙は、不思議なほど綺麗だ。

白すぎて、自分の人生を乗せるのが申し訳ない。


スマホが震えた。黒川からだ。


《今日、居酒屋19時。ハルが“重大発表”あるらしい》


重大発表と聞くと、だいたいしょうもない。


《行くわ。履歴書詰んだから》


送った瞬間、五秒で返ってきた。


《あれは人間を試す罠だから気にすんな》


---


夕方。沼袋の居酒屋。


黒川が一番乗りで、麦茶を飲んでいた。

俳優志望とは思えぬほど安定した姿勢でスマホをいじっている。


「お疲れ。履歴書どした?」


ミシマはカバンからしわしわの履歴書を取り出す。


「見て、この皺。人間性が出てるよね」


黒川が苦い顔をする。


「履歴書ってさ、人生をA4に押し込む拷問だよな。俺も昔、特技の欄に“人と仲良くなること”って書いて落ちた」


「面接官、何て?」


「“それは特技ではありません”って真顔で言われた」


「強い」


二人が笑っていると、ハルが来た。

Tシャツのしわと寝癖で分かる。三十分前に起きた。


「重大発表があります」


いきなり切り出す。


「はいはい、どうせ“今日こそ昼に起きる”とかだろ」


「違います!……履歴書、書きました」


ミシマと黒川が同時に振り向く。


「え、ハルがお前……?」


「奇跡起きたな……?」


ハルは胸を張った。


「ほら!」


A4の履歴書を広げる。

確かに書いてある……が、写真の欄に自撮りのプリクラを貼っていた。


「……なんでプリクラ?」


「証明写真機、高かったんですよ。700円」


「いや、基準そこ?」


黒川が言う。


「その写真、“友達と撮った日”って感じの背景ない?」


「あります。“友情レインボー”っす」


ミシマは肩を震わせた。


「受付で二秒で落ちるよ」


「え、マジすか?」


ハルは本気で驚いていた。


---


注文を終え、テーブルに焼き鳥が届いたころ、三人は履歴書について語り始めた。


黒川が言う。


「そもそも履歴書って“嘘つかないと空白が埋まらない紙”だと思うんだよ」


ミシマがうなずく。


「空白期間って欄、残酷すぎない?

“人生休んでました”って正直に書くのは、むしろ偉業でしょ」


ハルが言う。


「じゃあ、空白を嘘で埋めればいいじゃないですか。“世界を旅してました”とか」


黒川が即座に突っ込む。


「お前この一年、ずっと沼袋いたろ」


「心の旅っす」


「そういうのが落ちる理由なんだよ」


ミシマは履歴書を見つめて言った。


「“志望動機”って欄、毎回しんどくない?

バイトにそこまで崇高な動機、必要?」


黒川が言う。


「“家賃のためです”って正直に書いたら落ちたことある」


「それは……誠実すぎたのかもね」


そのとき、リホが唐揚げを置きながら言った。


「履歴書なんてね、“働く意思があります”って証明の紙よ。

中身はそんなに見てないわよ」


三人が同時に聞く。


「じゃあ、写真がプリクラでも……?」


「それはダメ」


ハルが崩れ落ちる。


---


ビールが進むにつれ、三人の履歴書観はさらに歪んでいく。


ハルが言う。


「履歴書って、テンプレの人生を前提にしてません?

“こう生きてきたでしょ?”って押しつけを感じます」


ミシマが続ける。


「分かる。あれ書いてると、“俺の人生って履歴書に乗るほど整ってないな”って思う」


黒川がまとめに入る。


「つまり履歴書とは、“お前の人生、紙にできるほど立派か?”って試してくる紙なんだよ」


「悪質……」


「だから、それに立ち向かう必要なんてない。

大事なのは、働くか働かないかだ」


ハルが言う。


「じゃあ俺のプリクラは……?」


「働かない方に寄っちゃったな」


「そんなつもりじゃ……!」


リホがまた水を置きに来る。


「履歴書の話、まだ続いてんの?」


「はい」


「もう気にしないのが一番よ。人手不足なんだからそのうち誰か拾ってくれるわよ」


三人が一瞬静かになる。


ハルが泣きそうに言う。


「優しい……!」


---


店を出ると、夜の空気は少しだけ冷たくなっていた。


ミシマが言う。


「俺、明日もう一回書くわ。“取り繕うんじゃなくて、生きてきたまま書く”って感じで」


ハルが言う。


「俺も写真、撮り直します。背景レインボーじゃないやつで」


黒川が言う。


「偉いじゃん。俺も明日、オーディションの書類出す」


ミシマが笑う。


「奇跡的に、三人とも“明日やる”になったね」


ハルが言う。


「でも、やらない可能性のほうが高いっすよね」


黒川が言った。


「それでも、“明日やる”って言うのが人間なんだよ」


三人は、なんとなく納得して、そのまま解散した。


沼袋の夜は何も変わらない。

でも、明日くらいは、少しだけ変わるふりをしてくれるかもしれない。

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