第84話「もう『ごめん』はなしにしないか?」
帰りの電車に乗り、途中の駅にて加恋と別れる。
「ばいばーい♪ 今日はありがと♪ 2人とも末永くお幸せにぃ♪」
ドアが閉まる直前に、加恋が冷やかしの言葉とともに、にまにまと笑いながら手を振った。
「はうぅぅ……」
「お、おう」
照れで上手く言葉を返せない夏美と俺だったが、すぐに電車のドアが閉まって俺たちは事なきを得た(大げさか)。
「も、もぅ、加恋ちゃんってば、変なこと言うんだもん」
「な、なぁ。結婚式の言葉かよってなぁ」
「け、結婚式って、あ、えと――」
つい口から飛び出てしまった最上級の恋愛ワードに、夏美が顔を真っ赤にしながら口をパクパクとさせる。
「そ、その、今のはだな? そういう意味で言ったんじゃなくてだな!?」
「そ、そういう意味って……」
「いやその、だから……な?」
「う、うん」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
加恋がいなくなって二人きりになったってのもあって――もちろん電車の中に他の乗客はいるが――俺と夏美はなんともぎこちなく互いの表情を窺いながら、無言のお見合いをしてしまう。
だけどそれも一時のことで。
「きょ、今日は楽しかったよな」
「う、うん、楽しかったよね」
「やっぱ藤ノ宮市民ならふじパーだよな」
「地元の誇りだもんね」
などと少しずつ話し始め。
地元に帰ってきた頃には、自然と手を繋ぐようになっていた。
電車を降りて、改札を抜け、慣れ親しんだ地元の駅前を、夏美と手を繋いでゆっくりと歩いていく。
「修斗くんの手、昔と違って大きくなったよね」
「夏美の手は小さくなったよな」
「もぅ、小さくはならないよ」
「なんだか不思議な感じだ」
2年という月日を俺はしみじみと実感していた。
「……ごめんね」
夏美がポツリとつぶやいた。
「なんで謝るんだよ?」
「手を繋いだら、昔のことをいっぱい思い出しちゃって」
しっとりとした夏美の声には、後悔が滲んでいた。
「なぁ夏美。もう『ごめん』はなしにしないか?」
「え――?」
「そりゃ今後、悪いことをしたらそれは俺も夏美も謝る必要はあるだろうけどさ。でも、過去のことはもうこれ以上、謝るのはやめにしよう?」
「修斗くん……」
「俺は夏美の笑顔が好きだ。明るくて、可愛くて、優しくて、見ているだけで幸せになる夏美の笑顔が、俺は好きだ」
「ちょ、ちょっと修斗くん。周りに人がいるのに、そういうこと言うのは恥ずかしいよぉ……」
「いいや、恥ずかしがらずに聞いてくれ。これだけは言っておきたいことなんだ。俺はさ、過去のことで夏美の顔が曇るのは辛いんだ。俺は夏美にずっと笑っていて欲しい。笑顔を向けて欲しい。だから――」
「――うん」
「だからもう『ごめん』はなしにしよう。俺は笑顔の夏美と、『今』を過ごして、そして『未来』を作っていきたいんだ。そのことを約束してくれないか?」
俺はそう優しく言うと、握っていた手に少し力を込めた。
ギュっと握った手を、少し遅れて夏美もギュっと握り返してくれる。
それは夏美の決意の形だ。
夏美が足を止めて、真剣な表情で俺を見る。
「わかったよ。もう昔のことで『ごめん』は言わないね」
「約束だからな?」
「うん、約束する」
「絶対の絶対だぞ?」
「絶対の絶対に約束するね」
「それを聞いて安心だ」
これは俺たちの新たな門出だ。
紆余曲折の過去を経て、だけど未来へと進むことにした、俺と夏美の新しい第一歩。
それを今、踏み出す。
街灯がポツポツと灯り始めた。
俺と夏美の再出発を祝福するかのように。
すっかり暗くなった夜道を明るく照らしだしていた。




