第80話「だからどうした? そんなことがなんだってんだ?」
「資格って?」
夏美の口から出たあまり馴染みのない単語に、俺は思わずオウム返しに聞き返した。
「だって……私は修斗くんに酷いことをしたから……酷いことしたのに、平気な顔していられないもん……」
「夏美――」
「だから私にはそもそも、好きとかそういうことを論じる資格がないんだよ」
夏美はそう言うと、小さな声で「あはは……」と力なく笑った。
夏美はさっき「罪悪感」と言っていた。
嘘コクという罪を犯した自分を、夏美は許せないのだ。
夏美は優しくて、素直な女の子だから。
自分で自分を許せないのだ。
まったく、夏美らしいな――
ゆえに俺は言う。
「だからどうした?」
ゆっくりと。
なるべく優しい口調で。
だけど俺の意思を漏らさず伝えられるように。
2年分の想いを言葉に込めて。
「え――」
「そんなことがなんだってんだ?」
「そんなことって。だって私は修斗くんに酷いことして――」
「言ったろ? 『今』の夏美の気持ちを聞かせてくれって。昔話はしてないよ」
「ぁ――」
「ここまで来て、俺はもう今さら、すれ違ってはいられないんだ。自分を偽ってはいられないんだ。すれ違いなら俺たち2年もやったじゃないか。そういうのは全部、もうここで完全に終わりにしようぜ」
「――――」
「結果なんてどうだっていい――って、こともないんだけどさ。そりゃ結果はいい方がいいに決まってるけど。でもなにより大事なのは、俺たちがもうすれ違わないことじゃないか?」
夏美を責めてるんじゃないってことが伝わるように、丁寧に、時おりわずかな茶目っ気も意識しつつ、俺は言葉を紡いでいく。
「修斗くん……」
「ってわけで、もう資格とかそういう面倒なのは抜きにしようぜ。資格とかそういうの抜きにしたら、夏美は俺のことをどう思っている? 素直な答えを聞かせてくれないか?」
「そ、それは──」
そう、つぶやくように言うと、夏美が押し黙った。
だが黙るというのはそれ自体、答えを言っているようなものだ。
もし俺のことをなんとも思っていないのなら、ここで黙る必要なんてないのだから。
さっさと「ごめんなさい、今はもう好きじゃないです」ってそう言えばいい。
おんぶしているのが若干、気まずくなるが、それだけだろう?
「夏美。俺は夏美の素直な気持ちを聞かせて欲しいよ。これ以上、意固地になって言葉足らずですれ違うのは、俺はもうこりごりだからさ」
言い終わると同時に、俺は手の位置を調整して夏美を軽く背負い直すと、もう一度肩越しに笑いかける。
「…………」
夏美はまだためらっているかのように、口を閉ざしていたが。
ぶっちゃけ俺には確信のようなものがあった。
俺が加恋とキスしたと勘違いして逃げだしたのはなぜだ?
全部、勘違いだとわかって、へなへなとへたりこんだのはどうしてだ?
つまりは「そういうこと」だろ?
「俺の気持ちは伝えた。だから夏美の気持ちを聞きたいな。告白の返事を聞かせてくれないか?」
改めて夏美に問いかける。
今日一番の優しい口調で。
夏美の心に語り掛けるように。
「私は――」




