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第52話 オレと俺と夏美と加恋

「わ、私はいいよ。そういうの柄じゃないし。あははは……」


 夏美は愛想笑いをしながら加恋の提案を断った。

 しかし加恋は笑顔で夏美の退路を断ってくる。


「だめだめー。さっき言ったでしょー? アイツがこっそり見てるかもしれないから、今は見せつけておかないといけないって」


「で、でも……もう見えないし、きっといないよ?」


「もしものためだしー。ああいう男はね、もうマジでジコチューだからぁ。1ナノでも余計な期待をさせないように、完膚なきまでにワカラセないとなんだから」


「それはそうかもだけど……でもやっぱり、修斗くんに迷惑だし……」


 夏美が恐るおそるといった様子でつぶやく。


「あれぇ? ナツミンと付き合ってる振りをしたら、シュートは迷惑なの? ナツミン可愛いしぃ、むしろ役得だよねぇ」


「ぁ……っ」

 加恋のその言葉に、夏美が小さな悲鳴のような声を上げた。


 ――夏美と付き合っている振り。


 何も知らぬとはいえ、『俺』と夏美にとってあまりにもストレートすぎる物言いに、やっとこさ落ち着いたオレの中の『俺』も、またもや動揺したように震え、存在感を増し始める。


「…………」


 心の中に『オレ』と『俺』、2人の加賀見修斗がいる。

 いや、正確には2つの人格か。


 生まれたての小鹿のように弱弱しく震える『俺』を、オレは優しくなだめすかす。


 落ち着けっての。

 今のはただの一般論だ。

 加恋は恋愛脳かつ、何も知らないがゆえに無邪気に一般論で尋ねてきただけ。

『俺』と夏美の過去を探ろうとか、そういう深い意図なんてありはしない。


 だからそんな過剰に反応しなくたっていいんだよ。

 しんどいことは全部オレに任せておけばいい。

 オレの役目は『俺』が立ち直るまで守ることなんだから。


「シュートぉ? どーしたのぉ?」


 心の中でのやり取りを優先して黙り込んでしまったオレに、加恋が抱き着いたまま、俺の顔を見上げるように、くりくりとした目を向けてくる。


 オレは『俺』が鎮まったのを確認してから口を開いた。


「役得とかは特に感じないが、特に迷惑とも思わないかな。ま、アイツに変な気を起こさせないためにも、分かりやすく見せておく価値はあると思うぞ」 


 そう言ってオレはフリーの右腕を、夏美が掴みやすいように少し横に広げた。


「やーん♪ シュートってば、今日も相変わらずのクールぅ♪」


 加恋の茶化すような言葉を半ば聞き流しながら、オレは軽く後ろを振り返って、夏美を促す。


「ほら、夏美」

「い、いいの……?」


「こんなの別にたいしたことじゃないだろ? ほら、気にすんなよ」


「う、うん。じゃあお言葉に甘えて……」

 夏美が俺の右腕をおずおずと取ると、申し訳程度に抱えた。


 そのまま3人で歩き出す。


「ふふっ、両手に花だね? これは明日、学校で噂になっちゃうかもぉ?」


「その時は否定しといてくれな。加恋が言えば、みんな信じる。噂なんて瞬殺だ」


「やーん♪ ほんとクールぅ♪」


 そう、こんなのは別に大したことじゃない。


 ウソコクも、付き合っている振りも。

 恋愛なんてもんは全部、大したことじゃないんだ。


 恋愛なんてしょせんは人類が子孫を残すための付随行為に過ぎないんだから。

 そんなもんに一喜一憂して何になるってんだ?


 オレは心の中で、改めて『俺』に言い聞かせたのだった。

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