表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

第4話

校庭は血と死の臭いに満ちていた。倒れたオークの巨体が地面に沈み、その周囲には無数のゴブリンの死骸が散らばっている。空は薄曇りで、夏の終わりを告げる冷たい風が秀明の頬を撫でた。彼の手には 主なき信念――鈴音の剣が握られている。刃にはオークの血がこびりつき、鈍い光を放っていた。

「鈴音……」

秀明の呟きは風にかき消された。黒井鈴音、幼馴染の笑顔が脳裏をよぎる。彼女の最後の言葉――「みんなを助けて」――が胸を刺す。あの瞬間、鈴音はオークに貫かれ、炎の斬撃を放つはずだった 燃える信念 はただの剣に成り下がった。秀明の拳が震え、セトスへの憎しみが燃え上がる。「絶対に……許さねえ」

「おい、お前、ボーッとしてんなよ。モンスターの仲間でも来たら終わりだぜ」

軽快な声が頭上から響いた。ロイ、銀髪に赤い瞳の小さな少女が、秀明の肩の周りをふわふわと浮遊している。身長は20センチにも満たず、額の小さな角とサラシにフード付きローブが彼女の特徴だ。生意気な口調で「お前」と呼び、文末に余計な「お前!」をつけないのが彼女らしい。

「うるせえよ、ロイ」

秀明は剣を鞘に収め、苛立ちを隠さず答えた。だが、ロイの軽い声は、鈴音を失った重い心をわずかに和らげる。彼女は 魂の書 のサポート役として現れた存在だが、なぜかその記憶は曖昧だ。秀明は一瞬、彼女の赤い瞳を見つめたが、すぐに目を逸らした。

ピロン。

スマホの通知音が校庭の静寂を破った。秀明はポケットから端末を取り出し、 ゲーム専用アプリ の画面を確認する。冷たく光る文字が目に飛び込む。

「チュートリアルクエストクリア。報酬:2000シェル」

「セトス……」

秀明の声に怒りが滲む。自称「地球を管理する神」、セトス。その冷酷な声が脳裏に蘇る。「人間どもよ、ゲームを楽しめ。さもなくば死あるのみ」。あの言葉が、鈴音を奪い、香椎俊をどこかへ消し去った。秀明の親友、陽気な「陽キャ」の俊は、終業式後に忽然と姿を消した。校庭で彼の声を聞いた気がしたが、姿はなかった。

「お、報酬ゲットだぜ! さっさと使えよ、お前」

ロイが秀明の鼻先を浮遊し、スマホ画面を覗き込む。彼女の銀髪が風に揺れ、赤い瞳がシェルの数字――2000――に輝く。秀明は渋々アプリを操作し、新たに解放された「ショップ」タブを開いた。

画面にはアイテムのリストが並ぶ。鉄の剣(500シェル)、木の弓(400シェル)、HPポーション(100シェル)、マナポーション(150シェル)、解毒剤(200シェル)、パン(50シェル)、水筒(30シェル)。秀明は 主なき信念 を握る手を確認し、武器購入を却下した。「鈴音の剣で十分だ」

「ポーションと食料だな……香椎を捜す時間が増える」

秀明は呟き、HPポーションを2個(200シェル)、パンを2個(100シェル)、水筒を1個(30シェル)購入した。残りは1650シェル。セトスのゲームに従うことに苛立ちつつも、生き延びるためにはこれが必要だ。

「賢い選択じゃん。ま、俺ならもっと派手に使っちゃうけどな」

ロイが頭上をくるりと回り、軽く笑う。秀明は「派手な死に方でもしたいのか?」と返すが、彼女の軽快さがわずかに心を軽くした。

アプリを操作していると、新たなタブが光る。「スキル」。秀明は興味を引かれ、タップした。画面にずらりと並ぶスキルのリストに、しかし、彼の顔が曇る。

剣術Lv1、視力強化Lv1、視覚強化Lv1、聴覚強化Lv1、嗅覚強化Lv1、触覚強化Lv1、味覚強化Lv1、筋力強化Lv1、体力強化Lv1、耐久強化Lv1、敏捷強化Lv1、魔力強化Lv1、知力強化Lv1、肉体強化Lv1、疲労回復強化Lv1。

各スキルは200シェル。効果はどれも控えめだ。剣術Lv1 は「剣の命中率と攻撃力+5%」、視力強化Lv1 は「視野+10%」。秀明は眉をひそめた。

「こんな地味なのばっかか……これでセトスに勝てるわけねえだろ」

苛立ちが声に滲む。鈴音の剣さえ炎を放てなかった。あの時、彼女の信念は「みんなを助ける」と燃えたが、結局、オークに貫かれた。秀明の胸が締め付けられる。

「お前、落ち込むの早えな」

ロイが秀明の肩に一瞬着地し、赤い瞳を覗き込む。「スキルには適正があってな、一生使えない奴もあるけど、レベル上げりゃ選択肢増えるぜ。焦んなよ」

「レベル上げ? そんな簡単にいくかよ」

秀明は吐き捨てるが、ロイの軽い口調に押される形でリストを再確認する。彼女が鼻先を浮遊しながら言う。「お前、主なき信念 持ってるんだろ? 剣術から始めりゃいいじゃん。地味でも積み重ねだぜ」

「……まあ、悪くねえか」

秀明は渋々同意し、200シェルで 剣術Lv1 を購入した。アプリが光り、突然、手に持つ 主なき信念 がわずかに軽く感じられた。剣を振る動作が、ほんの少し滑らかに思える。「これなら、鈴音の剣を無駄にしねえ……かもな」

ロイが「よっ、いい感じじゃん!」と頭上を飛び回る。秀明は小さく笑い、「お前、うるせえな」と返す。だが、心のどこかで、彼女の存在が孤独を埋めていることに気づいていた。

アプリの操作を続けると、「ステータス」タブが更新されていることに気づく。秀明は確認し、目を丸くした。

レベル:1 → 2

攻撃力:10 → 12

防御力:8 → 9

敏捷性:12 → 14

「レベルアップ……?」

オーク戦の経験値が反映されたらしい。わずかな上昇だが、秀明の胸に小さな希望が灯る。「セトスに近づいてる。香椎、待ってろ。俺、絶対お前を見つける」

「お、レベル2じゃん! まだ雑魚だけど、悪くねえぜ」

ロイが秀明の肩を軽く叩き、ツンデレに笑う。彼女の銀髪が校庭の薄暗い光に揺れ、秀明は一瞬、彼女の赤い瞳に鈴音の面影を見た気がした。すぐに打ち消す。「バカなこと考えてんな、俺」

ステータスを確認した後、秀明は 魂の書 のタブを開いた。第一章の戦いで 無垢なる書 から覚醒したこの神器。その性能は、秀明自身もまだ完全には理解していない。黒い表紙に触れると、冷たい光がページから漏れ、文字が浮かび上がる。

魂の書 の性能:

身体を失った魂を取り込み、記憶を追体験。


魂に刻まれた身体構造をトレースし、他生物の能力を模倣。


ソウルブースト:寿命を1000倍の速度で消費し、身体能力を爆発的に向上。


自身の寿命を可視化。


取り込んだ魂の残寿命を自身に追加。


秀明は息を呑んだ。魂の取り込み? 身体構造の模倣? 言葉の重さに戦慄する。「鈴音の魂も……取り込めるのか?」 一瞬、彼女の笑顔が脳裏をよぎり、秀明は慌てて頭を振った。「そんなこと、できねえ」

ソウルブースト の説明に目を移す。オーク戦で使ったあの力。寿命を1000倍の速度で消費――秀明はあの時のめまいと息切れを思い出す。「寿命可視化」をタップすると、画面に冷たい数字が浮かんだ。

【48年9ヶ月2時間23分】

「48年……分まで刻まれてるなんて」

恐怖が胸を刺す。セトスのゲームは、命を秒単位で削る。香椎を捜し、セトスを倒すにはこの力が必要だ。だが、どこまで犠牲にできる? 秀明は拳を握り、「どんな力でも使う」と呟いた。

ふと、魂の書 のページにロイの情報がないことに気づく。彼女はサポート役のはずなのに、なぜ? 秀明はロイを睨んだ。「お前、ほんとに何者だ? 魂の書 の一部か? セトスの手先じゃねえだろうな?」

「ハッ、疑り深いな、お前」

ロイが鼻先を浮遊し、舌を出す。「俺もわかんねえんだよ。気づいたらお前のそばにいたぜ。セトスの手先なら、こんなダサいローブ着ねえって」

彼女の軽い口調に、だが、赤い瞳に一瞬の動揺が宿った。秀明はそれを見逃さなかったが、追求せず目を逸らした。「ま、いい。お前がいてくれるなら、それで十分だ」

「へっ、素直じゃねえな」

ロイが頭上を飛び、銀髪が風に揺れる。校庭の出口で、秀明は 主なき信念 を握り直した。「セトスを倒す。香椎を見つける。鈴音の分まで、俺がやる」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ