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すいてん!  作者: 九十九井
Capo
1/2

いち!

 処女作品なため、誤字脱字多いかもですがどうぞ楽しんでもらえたら幸いです。

 転生までは少し重めの話が続きます。


2025/01/03 大幅改定。三人称から一人称へと変更しました。


 あと残すは一段落。もうすぐ演奏が終わる。エスプレッシーヴォをイメージしているから、それに合わせてゆったりと優雅に、それでいて鮮烈に。表情を変えて。

 あと五小節。木管が、金管が、パーカスが。皆が私の指揮を見ている。皆が合わさって紡ぐハーモニー。ここは四小節分のデクレッシェンド。フェルマータを忘れないで。大丈夫大丈夫。皆出来ている、今までで一番綺麗だ。


 指揮棒で空気を切り、演奏を止める。ああ、終わった。終わってしまった。コンクール本番。今日が一番良い出来だった。

 いつの間にか息を止めていたようで、息が上がっている。早く後ろを向いて礼をしなければ。仲間達と目が合った。皆、目元が光っている。きっと私もなんだろう。視界がぼやけている。ピッと指で雫を払い、深呼吸を一つして後ろを向く。舞台上を照らすライトが太陽のように眩しい。審査員席を見つめる。どうだ。これが天ノ川学園吹奏楽部だ。不安で倒れそうになる。


 堂々と一礼。割れんばかりの拍手が客席から降ってくる。初めてのこと。出場出来なかった一昨年も、部活がバラバラだった去年も浴びることが出来なかった拍手喝采。今度こそ、今度こそ全国へ。





















──キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


 蝉の鳴き声。葉がさざめく音。野球部の練習する声。ボールの打たれる音。微かに聞こえる、自転車に乗った小学生達の楽しそうな声。チャイムの鐘に混ざって、様々な声とが混ざり合いバランスを保ちながらも、音楽室を飽和している。空にはカラリと輝く夕陽。まだまだ日が落ちる気配はない。が、それでも時計は午後五時三十分を刺している。そんな全てを明るく照らす太陽とともに、昨日、天ノ川学園吹奏楽部第二十五回生の夏は終わった。終わってしまった。

 開け放たれた窓からは生温い風が吹き込んでいる。何度目かの風が一際強く吹き込んだ。それにより、窓際で目を瞑る。


「風が強いな。楽譜が飛んでしまったら大変だし、閉めておこうか」


──窓際の彼女は風を受け、閉じていた目を開いた。彼女の名前は茜ヶ久保灯火(あかねがくぼはるひ)

 下ろしっぱなしの柔らかな茶色いミディアムヘアに、勝ち気で意思が灯った瞳。そんな灯火の性格を表すようにピシッと伸びた背筋。堂々とした風格は正に生徒会副会長とでも言おうか。此処吹奏楽部では、パーカッション兼指揮者と部長を担っていた人物だ。



 窓に手をかけ、ふと止まる。一番上層の端に位置する音楽室からは、校庭が全て見渡せた。暑い中走り回る人影。野球部だ。

 野球部はまだ試合があるからか、同学年の姿もチラホラと伺えた。夏風が視界の端の髪を、優しく揺らす。いいな、あの人達は。まだ夏を、楽しむことが出来るのだから。心の中に羨望の感情が渦巻いた。


「私は、私達は、……終わってしまったから」


 昨日、全国吹奏楽コンクールの県大会が行われた。去年は金賞を逃してしまったから、今年こそはと挑んだコンクールだった。


 今年は、去年とは違い顧問がいない状態だったから。ゆえに部長である私がパーカッションを諦め、指揮をした。副顧問は中高ともに陸上部の名ばかりだったから、満場一致で私が行うこととなった。

 私は指揮者なんて初めてで、最初の内はてんで駄目だった。だがそれでも、練習をしていくうちに段々と音が一つになっていく感覚が。自分も音楽と一体になっているという気分になれて。元々皆が上手だったのもあり、本当に全国への切符を掴めると思った。

 舞台上ではそれをひときわ強く感じたし、いままでで一番良かったと自信を持って言える出来だった。結果は金賞。それでも、その金賞は全国へは進めないような、所謂ダメ金だった。昨日は皆で泣いて、悔しくて悔しくて。それでも、皆で勝ち取った金が眩しくて、嬉しくて。


 そんな複雑な感情を抱えて、迎えたのが今日。部長はトランペットパートの信頼出来る後輩に託し、私達三年生は引退。引退式で、後輩達はいろいろなサプライズを用意しておいてくれた。私達三年生ほどではないとはいえ、彼らも相当悔しかったはずなのに。それをお首にも出さず、只管に楽しませ笑わせてくれた。

 最後の演奏も、プレゼントも、写真も。全てが私にとっての宝物となった。後で写真を送ってもらわないと。


「いろいろ、あったな。本当に、たくさん」


 最後の日だからだろうか。三年間の出来事が頭の中を駆け巡る。


──此処で一つ昔話をしよう。灯火達第二十五回生達が一年生の時、計16人の一年生が天ノ川学園吹奏楽部に入部した。入部当時、先輩達は困ったように笑いながらも優しく接してくれていた。歓迎しているような、でもやんわりと拒絶されているような。矛盾した空気が部内を包みこんでいた。きっと皆感じ取っていたのだろう。

 一ヶ月もすると、その要因について灯火達はすぐに気が付いた。この部は顧問……否元顧問によって支配されていることに。

 元顧問は横暴な人間だった。怒鳴り、罵り、脅し……恐怖で部内を支配していた。だが腕は確かで、元顧問のお陰で県内の強豪校に名を連ねる事が出来たのも確かで。全国を目指す人が多く、辞る人も訴えようとする人もあまりいなかった。吹奏楽をやりたいだけなのだからそれで良いのだと、思考を止めていたのだろう。灯火達の場合も、先輩の優しさがあまりにも嬉しかったから辞めようとも思えなかった。


 そんなのだったから、事件が起きたのだろう。当時の部長と副部長が自殺未遂をしたのだ。2人一緒に、練炭による一酸化中毒を狙った練炭によるものだったらしい。らしい、というのは夏休みが明けるよりも前に、2人は転校してしまったから真偽の程は分からない。

 彼らは耐えられなかったのだろう。顧問による罵詈雑言に、暴力に、コンクールに対する責任に。誰よりもキツイ当たりを受けていたのはトップである2人なのだから。

 灯火達が訴えていたら、動いていたら、先輩の優しさに甘んじていなければ……。こんな事件は起こっていなかったのだろうに。何故かって? あの時の部活で恐怖支配の洗脳に染まりきっていなかったのは、灯火達だけだったのだから。


 問題を起こしたくない学園側はこの事件を隠蔽した。その代わりと言っていいのか、その年のコンクールは出場停止となってしまった。

 それに合わせ三年生、二年生全員が退部した。中には転校した先輩もいた。決して少なくはない人数だったのに、全員が一緒にいなくなってしまった。そのことについて先輩達には謝られたが、誰も意志を変えようとはしていなかった。自殺未遂をきっかけに洗脳が解けたのだろう。それでも元顧問わ起訴しなかったの強く根を張ったトラウマの性だろう。


 遂に天ノ川学園吹奏楽部は灯火達だけになってしまった。一年生だけの教室はがらんどうとして、寂しくて寒かった。

 先輩がいなくなった皺寄せは、新しく選ばれてしまった一年生部長と副部長にくる。一気に部員が抜けたことで元顧問のストレスは最大になったのだろう。元顧問は暴力に訴えるまでになっていた。そんな中で2人とも十二月までは抵抗しながら頑張っていた。だがしかし、大人ですら音を上げるような対応に、高校生という未熟な精神では耐えられなくて転校してしまった。聞いた話によると、部長だった子は学校がトラウマとなり精神病院に通っているらしい。この時、灯火達は元顧問のパワハラや横暴加減を訴えた。しかし取り合ってもらえなかった。証拠が無いからだと。普通ならば疑い調査するだろうに、元顧問が学園に齎した功績は無視できないほどに大きかった。


 翌年、灯火が部長となった。二年生に上がるとと、新しい一年生を迎えた。先輩先輩と慕ってくれる後輩達を前に、絶対に守らなければと、灯火達は胸に誓った。後輩へ暴言暴力が向かないように盾となり、同時に証拠も集めた。絶対に足りないなんて言わせないよう、時にはわざと逆上させ暴力を振るわせた。証拠が集め終わるまで誰にも相談しなかった。保険医にだって、カウンセラーにだって。去年の訴えで置かれた副顧問は役に立たなかったし、大人という存在は信じられなくなっていたから。心配をかけたくなかったから、親にも秘密にしていた。

 顧問に関して、後輩達にはバレてはいなかった。だが、後輩達も灯火達から何かを感じ取っていたのだろう、部内にはどこか緊張が走っていた。だからだろうか。その年のコンクールは、結果は銅賞《参加賞》だった。


 勿論、顧問はブチギレた。灯火達の中から入院者を出す程に暴れ散らした。今までは手を出していなかった後輩達にまで手を出そうとした。そこで、流石に我慢の限界を迎えた。本当はもっと証拠を集め徹底的に抗戦するつもりだったが、夏休み明けの始業式で顧問の悪行を流した。

 それからは早いもので、顧問は懲戒免職だけでは事足りず、教員免許も剥奪され、今は獄中の人となった。流石に庇いきれなくなったのだろう。学園側も今回はしっかりと対応してくれた。副顧問には何のお咎めも無かったことが気にはなるが、漸く支配から脱することが出来たのだ。


 顧問がいなくなったことで吹奏楽部は廃部になりかけたが、生徒達から署名を集め存続させた。部長である灯火が指導者となり、皆の統率をとった。灯火は高校から吹奏楽となったため、上手くいかない時も多かったが、皆協力してくれた。大きな障害を乗り越えた吹奏楽部の絆はどこよりも強くなった。特に、灯火達第二十五回生の絆は、最早家族と言っても差し支えないほどな強かった。

 そして迎えた今年。去年の問題で入部希望者が減るかと思ったが、そんなことは無く、寧ろどの学年よりも多い32人も入部してくれた。一年生32人、二年生18人、三年生16人。総勢66人。灯火が部長となってから誰一人欠けることなく、過去最多の人数でコンクールを迎えることが出来たのだ。結果は、全国大会へは進めないものの、金賞。約十年ぶりの快挙である。それが昨日のこと。



 過去へ思いを馳せることを止め、大きくため息をついた。


「もう、皆で吹くことはないのか。あ、ぁ。なんだか、」


 結局、窓は閉めずに音楽室を振り返る。壁にはカラフルな輪飾り。黒板には『先輩達! ありがとう!』の文字。遅くなると駄目だからと言い訳をつけ、片付けもさせずに後輩達を家に帰したから、まだ今日の引退式の飾りが残っている。それらは先程までの空気を其処に留めているような気がした。嫌なことも沢山起きた場でもあるが、それでも切磋琢磨し共に成長してきた場でもある。

 本当、後輩達を先に帰しておいて良かったな。後輩に、泣く姿なんていうみっともない所を見せたくないからした選択だったが、ファインプレーだったようだ。え? 昨日散々見られたって? ほっといてくれ。

 眉間にシワが深く刻まれた感覚がする。何かきっかけがあれば涙が溢れてしまいそうだ。


「あら、はるちゃん泣いてるの?」


 キィ、と音がして音楽室の扉が開いた。落ち着いた声音に反して小柄な体躯。トロンボーンパートの黄葉琥珀(きばこはく)。吹奏楽部副部長だった人だ。首を傾げる動作に合わせ、ふわふわとした内巻きのボブが下がる。


「な、泣いてない! ただ、ただ……もう、終わりなのかと思って」

「はるちゃんったら! 私達は終わってしまったけど、でもあの子達が繋いでくれるわよ。なんたって、私達の後輩だもの。負けず嫌いを発揮して、勉強もそっちのけでめり込むわよ。それを貴女が一番よく知ってるでしょ?」


 私の様子に、お姉さんモードに入ったのであろう琥珀がテトテトと近寄ってきた。160cmを超える私と150cmに満たない琥珀では、頭半分以上差がある。だが、小さく感じさせないのは琥珀の性質や精神年齢の高さからだろうか。


「勉強を疎かにしては駄目だろう。だが、あの子達ならやりそうだ」

「そうよね。私もそう思うから、応援したいのに困っちゃうのよね」


 琥珀の優しく垂れた目元に茜が差し、キラキラと輝いている。この三年間、辛く苦しい時も悲しい時も、ずっと琥珀に支えられてきた。だからこそ、この様子の琥珀には絶対に敵わないというのはわかりきっていた。いつの間にか入っていた力を抜き、笑う。


「あははは、琥珀もそう思うか。そう、だな。あの子達は上手い。それに努力することも、それを継続することもできる。そこは心配していないよ」

「あら、じゃあ何がはるちゃんを不安そうにさせたのかしら」

「……皆と、一緒に吹けるのはこれが最後だろ? それが悲しくて」


 灯火がそう言うと、琥珀は目を瞬いた。一瞬不思議そうな顔をして、弾けるように笑い出した。


「な、なんでそんなに笑うんだ!」

「だって、はるちゃんが見当違いのこと言うから〜。あはは、ねえはるちゃん」


 琥珀はぎゅっと手を握ってきた。小さいながらも暖かく包みこんでくれる手。誰かに言い聞かせる時の琥珀の癖だ。案外頑固な琥珀は、納得させるまでこうして手を握ってくる。こうなって折れるしかないのだろうな。繋がれた手を一瞥し、もう一度琥珀の目を見た。


「一緒に吹きたいならまた此処に来ればいいわ。あの子達は絶対歓迎してくれるわ、もっと先輩に教わりたいって言っていたし」

「もう私には教えることなんてないのにな」

「それでも、先輩と同じ空間を共有したいものなのよ。弟達だってそうだもの。……あとね、はるちゃん」

「う、ん」

「もしはるちゃんの不安がそれではなくて、私たちと一緒に吹けなくなることへの不安なら……。うん、それこそ杞憂だわ。だって、私達大学へ行っても、就職をしても。おじいちゃんおばあちゃんになってもずっと一緒に演奏する予定だもの」

「え、そ、なのか?」

「ええ、皆もそう思っているわよ。なんてったって私が聞いたもの。保証するわ」


 それでも不安なら直接聞けばいいじゃない、と琥珀は手を引いて扉に向かう。我らが副部長様にここまで言われては信じるしかないだろう。今度こそ肩の荷が降りたかのように感じた。そして、少し駆け足で琥珀の隣に並ぶ。琥珀が此方を見た気配がしたが、私の様子に安心したのか琥珀は笑った。


「早く行かないとね。皆待ってるわ」

「ん? もしかして、呼びに来てくれたのか? それはすまないことをしたね。ありがとう」

「いいのよ。それよりも戸締まりをちゃんとね? 荷物は下にあるけれど、鍵は返さないとなんだから」

「わかってるよ。急がないと燐や花梨に怒られるな」

「多分なーちゃんもよ。急ごっか」


──二人は顔を見合わせ、夏休みだからとパタパタと廊下を走る。窓から入り込む夕陽だけが、その様子を見守っていた。

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