忘れ物
三題噺もどき―よんひゃくななじゅうに。
窓の外から騒音が聞こえる。
そういえば、近頃この近辺で何かの工事をすると言っていたな……と思いだしはしたが、何の工事なのかも分からないし、自分には関係のないことなので、正直工事の騒音はやめてくれとしか思えない。何かしらの対策はしているんだろうけど。
工事が終わるまで、この騒音を聞かされるのかと思うと、だれでも嫌になるだろう。
「……」
だからと言って、抗議なんてしたくはないので、大人しく耐えるのだけど。
案外慣れたころに、工事が終わって、なんだか静かだなぁなんて思うことがあるかもしれない。あったらあったでウザがられるのに、無くなった途端に求めてしまうものなんて、案外どこにでもあるだろう。
「……」
それはさておき。
今私が抱えている疑問の答えを探すとしよう。
「……」
いつものように起きて、朝食を食べて、用事を済ませて。
なんとなく、いろんなものを片付けようと言う気になったので。
開かずの間と化している押し入れを開いて。
中身を取り出しつつ、片付けていった。
「……」
で。
いくつか段ボールを積んでいたのだけど。
その中身をいい加減どうにかしようと、一番上に置いてあった段ボールに手を出した。
その中身はまぁ、なんというか。
手紙とかアルバムとか、いろんな思い出の詰まったものだったのだけど。
その辺の保管管理はどうにかするとして。
手紙類はもう正直手放してもいいかと思ってはいる。アルバムもぶっちゃけいらないが……まぁこれはとっておくべきなんだろう。いらないが。
「……」
並ぶその品々の奥に。
見慣れない箱があったのだ。
なんとか記憶を探ったが、全く思いだせない。
「……」
もうほとんど、恐る恐ると言っていいほどに、そうっと取り出す。
「……」
空き箱かと思ったが、それにしては少々重さがあった。
箱自体の重さかもしれないが、それにしては重すぎる。
「……」
木製の、桐箱といえばいいんだろうか、なかなかに上等なものに見えた。
だからこそ見覚えがないと思ったのだ、こんなものと縁があるような生活はしていない。
「……」
つるりとした白い表面。
蓋には薄く彫り物が施されている。花だろうか……なんの、かは見当がつかない。おそらく桜か梅か……案外椿だったりするかもしれない。興味のないことにはあまりにも無知すぎて、よろしくないな。
「……」
開かないようにだろう、まとめるように赤い紐で結ばれていて、まるでプレゼントのようになっていた。
サイズは、量の掌には乗るぐらい。文庫本サイズと言ったところか。それなりに暑さはあるが……個人へのお菓子の贈り物とか、ちょっといいのを買うとこんな感じのものに入ってたりするよな。
……え、これで中身お菓子だったらどうしようか。
「……」
しかしホントに、見覚えがないし記憶がない。
誰かにもらったんだろうけど、それも誰にという感じだ。
こんな上等なものくれる人は、もう居ない。
「……」
丁寧に結ばれていた紐を、少々申し訳ないきもちで解く。
驚くほどするりとほどけたので、もしや過去に開けたことがあるのかと思った。
こんな丁寧に結べる人も居ないけど。自分ではない絶対。いまだにリボン結びは苦手な人間なので。どうやっても縦になるし、紐の長さがバラバラになる。
「……」
紐を無くさないように、膝の上に置き。
そろりと、蓋を開ける。
つん―と古臭いモノの匂いが鼻をつく。
「……」
中は、二か所に仕切られていた。
一か所には、小さな枕のような、綿が詰められたクッションみたいなものがピタリとはまっていた。
もう一か所には、糸と針。小さな、昔ながらの糸切狭。
「……ぁ」
そういえば。
これは、あの人がくれたものだ。
もう、いなくなった、あの人が。
針箱、というのだと教えてくれたあの人が。
「……」
唯一といっていいほど、私を気にかけてくれていた。
身内の片方の、祖母。
4人いる祖父母の中で、一番早くにいなくなった。
「……」
身内の家の近くの病院に入院していたから、しょっちゅうお見舞いに行っていた。
家には居たくなくて、それでも帰らないといけなくて。
少し寄り道がてら、祖母の元に通っていた。
その時に、あの人が手持ち無沙汰に裁縫をしていたのだ。
昔から、手先が器用で、よくやっていたらしい。私はそういうのはてんでダメだったから、すごいなぁなんって、子供らしいことを思っていた。まぁ、年齢的には子供だったな。
「……」
あまり大きなものは持ち込めないからと言って。
この箱に、必要最低限のものだけを詰めて、持ってきたのだと言っていた。
縫物をしながら、いろんな話をしたものだ。
私は聞き役になっていたけれど、祖母の声は意外と安心感をくれた。
「……」
直前に、あの人が、この箱をもっておゆきと渡してきた。
自分自身の事なのだから、なんとなくわかっていたんだろう。
それから、数日後に、息を引き取ったのだ。
「……」
こんな所に仕舞い込まれていたとは。
思いだすのもつらくて、仕舞い込んでいたとは。
なんだか、祖母に申し訳ない気持ちになってしまう。
そんなことを咎めるような人でもないけれど。
「……」
こういうものは、大切になさいと、教えてくれたのは祖母だった。
でも、大切に仕舞い込まれていたんじゃ、なんとなく。
「……」
この針箱を、出していたところで裁縫なんてしないけど。
大切な記憶を思い出すには、いいのだろう。
「……」
そんなことを思って。
針箱の蓋を閉めて、なんとか丁寧にひもで結んで。
寝室の棚に置いた。
お題:空き箱・無知・針箱