75 遥か彼方
十英傑との話はまとまったが、あの勇者はどうしようか。勇者の呪縛から解放されたとも考えることができるわけだから、もう闘いたくないというならそれもありだろう。これまでのことを称えこそすれ、責めることなどできるわけがない。やりたいようにやらせればいいとは思うが、勇者でも何者でもなくなってしまった彼女をこのまま放っておくのも後味が悪い気がする。
気力0の後遺症でまだ気分が悪いが歩けるようにはなったので、膝を抱えて蹲る勇者の前にそっと立つ。
僕の気配に気づいたのか、伏せていた顔をゆっくりこちらに向ける。
「カナタ…。」
涙こそ流していないが、今まで勇者のこんな情けない表情なんて見たことがない。
「ワタシね…勇者じゃなくなっちゃたの…。」
「…そうか。」
「それどころか、闘士でも…学士ですらないんだよ。ワタシ…もう生きてる価値ないのかな…。」
「誰かにそう言われたのか?」
「…。」
首を静かに横に振る様子にちょっとイラっとする。
こいつはどんな時でも自信満々で、勇者の使命ですら下ネタとして使うような、何事にも全力でぶつかるお調子者だったはずだ。
以前の気概が少しでも残っているなら、泣き真似して僕に慰めてもらおうとすることだってできるはずだろ。お前のそんな顔なんて見たくなかったよ。
「分かったよ。もう戦えないお前とはここまでだ。とっとと何処にでも行ってしまえよ。」
「カナタっ。それは」
プリメーラが僕の言葉を止めようとするが、それを目で制する。
「勇者じゃなくなっただけで、もう戦えませんって笑えるじゃないか。どこの虚弱な女の子だよ。これまで勇者ごっこでもしてたんじゃないのか。」
「…ごっこなんかじゃないもん。」
僕の言葉にまた俯いてしまったが、聞き取れないほど小さい声で何か言う。
「なんか言ったのか。そんな蚊の鳴くような声じゃ何も伝わらないよね。あー、そうそう。そう言えば初対面でいきなりキスされたなんてこともあったけど蚊に刺されたと思えばなかったことにできるか。そうだね、そういうことにしておこう。」
「ひどいよ。あれ、ワタシの初めてだったんだからなかったことにしないでよ。」
ちょっとムスッとした表情で言い返してくる。
「もう二度と会わないような人に初めてを押し付けられても迷惑なんだけど。」
十英傑、特に女性陣がなんか言いたそうにしてるけど、もう少し我慢してほしい。
「あんまりだよ。ホントだったら魔王倒して、処女をカナタに奪ってもらうはずだったのに、魔王に勇者の肩書きを奪われただけならまだしも、ついでに処女喪失の機会も奪われちゃったんだよ。もう少しぐらい優しくしてくれたっていいじゃないか。ついでに優しく抱きしめて、押し倒して、ぶち抜いてくれていいんだぞ。」
これだけ言い返せるようなら十分かな。
「誰が誰の何を奪うって。何を勝手なこと言ってるんだよ。駄犬にはこれで十分だよ。」
勇者の前に僕特製の燻製肉を置いて「待て」をさせ、十英傑の方を振り返るとちょっとほっとしているようだ。
「ひとつ、いいことを教えてやろう。僕と十英傑はこれから魔王討伐の準備で忙しくなるから勇者でもない君に関わってる暇はないんだよね。だけど、どうしても魔王にやり返さないと気が済まないって気持ちが残ってるならこのまま「待て」だ。尻尾巻いて逃げるならその燻製肉持ってどこにでも行くといい。」
「…やる。魔王に特大の一発喰らわせて、カナタに特大の一発ぶち込んでもらうんだから。」
涎垂らしながら言うなよ。そんでもって、その「やる」はどっちの方により比重がかかってるんだよ。すっかり調子を取り戻したようで何よりだが、僕はぶち込んだりしないからな。
「決意を新たにしたところで申し訳ないが、カナタはお主などに腰を振ったりせぬぞ。」
「カナタが動かなくても、ワタシが動くから何の問題もないわ。魔王を倒したついでにカナタも絶対に押し倒すんだから。」
十英傑が揃って呆れるぐらいひいてるじゃないか。これ以上付き合ってるとこっちの方がおかしくなりそうだから本題に戻そうか。
「魔王に再挑戦するつもりなのは理解したけど、お前は勇者に返り咲きたいのか。ちなみに僕らは全く新しい職位につくつもりだ。」
「へ?」
「自分たちは「十英傑」になる。本当はみんなもまとめて「カナタの妻」の方が良かったのだが、話し合った結果そうなったのだ。」
「プリムは「正妻」でもいいと思ったにゃ。けど、やっぱり職位はそれとは別にゃ。」
「ヤロー共が文句言うからやめたのー。」
「ひでぇ言い草だな。俺様達三人だけ仲間外れみたいになるだろうが。」
「「カナタの僕」のどこが気に入らなかったのじゃ。」
「オイラはまだ「カナタのゆかいな仲間たち」が良かったよ。」
どちらもそれはさすがにどうかなと思いますよ。
って、元勇者が話についてこれてないようなんだけど。
「拙者たちは二度と魔王に職位を奪われぬように確固たる意志と覚悟をもって「十英傑」を名乗るが、お主はどうするのだということでござる。」
本当は僕が新しい職位を作っちゃうんだけど全部を説明するのは面倒くさいし、説明する必要もないから希望だけは聞いてあげようって感じだ。
「…カナタは何になるの?」
ぐっ。それ聞いちゃいますか。
自分で言うのめっちゃ恥ずかしいんだけど。
「カナタは「彼方」になるの。」
「カナタは元々カナタなのにわざわざカナタになるの?」
「あーしは難しいことよくわかんないけど、「彼方」がカナタにぴったんこカンカンってことなし。」
まあそういうことだからそれ以上は聞かないでってことで。
「ふーん。…じゃあワタシは「遥」で。」
元勇者が少し考えた後に出た言葉がそれだった。
「「遥」と「彼方」…遥か彼方であるか。二人を並べると良い響きであるな。ひいっ。」
ドライガンはただ感想を言っただけだと思うんだけど、十英傑女性陣の鋭い視線が刺さりまくって少し怯えている。
この後、女性陣が「彼方」はやっぱりやめておこうとか、「元勇者」にしてやるのーとかぼそぼそと話していたみたいだが、これで最終決定したわけでもないし、実際に職位を作るのはそれなりのMPが溜まってからなのでまだ変更の余地はあるから好きにするといいよ。僕自身も名前と同じ職位っていうのは恥ずかしさもあって少し抵抗があるし、もうちょっと格好いい感じにしてもらいたいってのもある。っていうか、なんで僕の職位なのに僕に決めさせてくれないのか謎なんですけど。もしもーし、僕の意見も少しは聞いてくださーい。ま、いいか。最終手段としては状態を偽装することもできるだろうから、僕は僕で格好いい職位を考えておこうかな。
こうして魔王討伐に向けて職位、技能を再構築するために大量のMP集めが始まることになるわけで、そうすると第二回カナタに力上げます王決定戦を始めるとか言い出すかと思いきやそこは自重してくれたようだが、結局毎日のMP収集の頑張りに応じてご褒美的なアレを要求される羽目になってしまったことは付け加えておこう。




