74 逃げの一手
「カナタが絶対楽しいことしてると思ったんだよねー。そしたらカラダが疼いちゃってどうにもとまらなくなって気が付いたらここにいたの。やっぱりワタシたちつながってるんだね。って、難しい顔してどうしたの。」
なんか周囲の空気というか様相が変わったみたいだ。十英傑も既に感じ取っていたので急いで集まってもらい、勇者にも警戒を促す。十英傑はそれぞれの武器を構えて僕を中心に陣形を整えると勇者にも僕たちの危機感が伝わったのか腰の剣を抜いて備えてくれた。
魔王像に目を向けると、これまでの石のように見えていた表面の様子が瞬く間に変わっていくのが判る。すると、「探索」にも反応が出るようになったので、状態を確認してみると見えるようになっている。
間違いない。こいつが魔王だ。階位が…なんと461。それはまだいい。なんだこのとんでもない技能の数は。数えるのもばからしいくらいの量に呆気に取られてしまったのが、致命的な結果を招いてしまった。
「…みんなっ。こいつが魔王に間違いな」
次の瞬間、魔王が何らかの技能を発動させたみたいで辺り一帯が眩い光に包まれた。
十分に警戒していたつもりが、先制攻撃を許してしまった。なんてこったい。予備動作も何も感じる暇がなかったよ。
それは勇者も十英傑も同じだったようで、魔王の発した光が収まる前には戦闘態勢を改めて整えていたみたいだが様子が変だ。みんな膝をついたり、持っている武器を杖のように使ったりしている。そういう僕も、剣を持つ手に力が入らない。というか剣が重たくて持っているのもやっとだ。なんだこれ。
「少しは食後の運動を楽しませてほしいっちゃ。久しぶりだったのにあっという間に終わってしまったっちゃ。」
魔王の中性的な声が響く。
魔王って普通に人の言葉をしゃべるんだね。って今はそれどころじゃない。
「カナタ、どうしよう…。ワタシ、全然力が入らないや。」
「すまぬ、カナタ。自分もだ。技能を発動することもできん。」
勇者も十英傑のみんなも辛そうだ。
そういう僕も力が半減したどころではないような感じがする。
一体何が起きたんだろう。
自分の状態を確認すると驚愕する事実を突きつけられた。
なんと、階位が1になっていて、技能もほとんどなくなっていたのだ。
これはやばい。
魔王がこんな力を持っていたなんて歴代の勇者がかなうはずがないわけだ。
これは、僕の階位や技能が初期化されてしまったのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
逃げなければ。
一刻も早く、この場から逃げなければ魔王にいいようにやられるだけだ。
残っていた技能の中に「転移」があったので、気力を振り絞って発動させる。
あ、やば。
これ気力0だね。
ちゃんと全員を転移させることはできただろうか。
そんなことを思いながら僕は意識を手放した。
◇◆◇
「カナタ?体は大丈夫か?」
意識を取り戻した僕にプリメーラが問いかけてくる。
「みんなは無事なの?」
「カナタのおかげでみんな無事でござるよ。本当にありがとうでござる。」
それなら良かった。
階位1の僅かな気力の量で全員を転移させることができたのは奇跡だったかもしれない。
「じゃがの、妾たちにはもう戦う力は残されておらぬよ。」
「階位が1で、取得した技能もほとんど失ってしまったにゃ。」
「職位も魔術師なの。」
「俺様も槍士に戻っちまった。くっそ、これじゃあ十英傑でもなんでもねえじゃねえかっ。」
みんなの状態も僕と同じことになってるようだけど、職位だけは僕と違って闘士までは戻っていないようだ。
十英傑のみんなは生まれた時の職位になってしまったみたいだね。
だけど、みんなの表情には悲壮感はあっても悲愴感はない。さすがは「始めの十人」ということだろうか。僕だって予想もしていなかった不意打ちをくらってしまったが、負けたなんてこれっぽっちも思ってない。まだまだやれるはずだし、全然諦めたわけじゃない。
「吾輩たちはまだいい方である。」
「オイラもそう思うよ。」
「あそこの隅っこで暗くなってる奴に比べたらマシなのー。」
「ディスは容赦ない系。大人なんだから少しは気を使うなし。」
そこで部屋の片隅でうずくまっている勇者に気がついた。
すっごく暗い雰囲気がその辺一帯にたちこめていて、どうにも近寄りがたいんだけど。
「勇者はどうしちゃったの?」
「それが…職位がなくなったらしいのだ。」
プリメーラが悲痛な表情で教えてくれた。
僕を含め、みんなの状況を確認すると、階位は1で技能は僕が生やしたもの以外は全部失われていたのは全員が同じだった。
違うのは職位で、僕は闘士、十英傑は生まれた時に戻り、勇者は空欄になっていた。
これってつまり、大変なことではあるだろうけど僕と十英傑はもう一度頑張って鍛えれば魔王と戦う前の同じところまでたどり着けるけど、勇者はやり直しがきかないってことみたいだ。
勇者機構では既に次の勇者の捜索が始められているらしい。
そうだよね。
勇者はこの世界でただ一人の存在だから、勇者が勇者でなくなったのなら次の勇者が生まれていてもおかしくないというわけだ。
ちなみに辛うじてMPはそのまま残っていたので、僕たちは再出発もしやすいとは思うのだが、魔王に対する策を講じなければ二の舞を演じることは間違いないだろう。
改めて魔王の力が何だったのか十英傑と一緒に考えてみるけど、僕は気力0の影響がまだ残っているので横になったまましばらくは聞き役に徹することにした。
「あの力はずるいのー。」
「確かにあんな力があっては勝てるはずがないのじゃが、あの力の本質はなんであろうか。」
「異様な光を浴びたと思った次の瞬間には力が抜けていたでござる。」
「うちらを赤ちゃんみたいにしていたぶろうとするなんてあんまりにゃ。」
「あの時、魔素が私たちの体から散ったっていうより吸い取られた感じなの。」
「それはあーしも感じた系。カナタに力渡した時みたいな。まだ渡したくないのにちゅーって吸われちゃった系。」
勇者のいるところでそれ言っちゃうんだ。
でも放心状態みたいで何も聞こえてないみたいだから大丈夫かな。
でもそういうところにちゃんと気づけてるなんて、さすが魔素を扱わせたら凄腕の賢者と聖者だね。
「言われてみたらそうだな。渡すっていうより奪われた感じだな。」
「そうそう、吾輩も無理やり引っこ抜かれた気がするのである。」
「オイラも体に手を突っ込まれて根こそぎ持っていかれたみたいだよ。」
「カナタになら突っ込まれてぐちゃぐちゃに…コホン。つまり、皆が言いたいのは魔王は自分たちの力を奪ったのではないかということだな。」
そうですね。「食後」の運動に付き合えみたいな言い方もしてましたし、以前に考えたことがあったように本当に魔王は勇者を食事のように見ていたのかもしれず、実際に技能や階位、職位を取り込んでみせたのだろう。状態にあったあの膨大な技能の量の中には見覚えのある勇者専用の技能がいくつもあったし、これまでの勇者一行から奪い続けたものだったとすれば説明がつく。魔王が僕たちから力を奪い取ったのは恐らく間違いないところだろう。
「だが残っているのもあるのである。カナタに作ってもらった「質実剛健」と「通知」だけだが。」
「そうなのー。「運否天賦」と「通知」だけ残ってるのー。」
僕も「転移」が残っていたお陰でみんなを逃がすことができたわけだが、他にも僕が作った技能は全部残っているんだよね。これから推測できるのは…。
「「魔王」は好き嫌いが激しいってことにゃ。ってそんなわけないにゃ。」
「カナタが作った技能は奪うことができないと考えた方が自然でござる。」
ですよね。
神意排他能力増幅機関が本来管理している力だけしか奪えないとすれば、闘う方法も見えてくる。
「ならば、すべてカナタの技能で埋めつくせば対抗できるのではないか。」
「いっそのこと、全部カナタ色に染めてしまうのじゃ。」
「勘弁してほしいぜ。俺様もカナタに抱かれろってことなのか。」
「ツヴァイクはやはりあほなのじゃ。誰もそんなことは言っておらぬのじゃ。つまり…。」
なるほど。
セットフィーネが原案を提示すると、誰も反対することなく更に意見が出されて魔王対策がまとまっていく。
「いっぱいMP必要なの。頑張るの。」
「次は「魔王」に一泡吹かせてやるのである。」
「そうだな。オイラも全然負ける気がしねえ。今度こそボコボコにしてやるんだ。」




