72 邂逅
警戒しつつ、浮遊大陸に初めて足を付ける。無事に「転移」は成功したようだ。
「観測」で見たように目の前には白っぽい石畳が敷き詰められた地面だけが広がっている。しばらく周囲を警戒していても何も変化はないので浮遊大陸の周辺部を塗りつぶすようにしながら地図情報を取得していくことにした。外周としては20km以上あるということだったので倉庫から自動二輪を取り出して跨ると軽快に飛ばす。もちろん「探索」を使用して警戒することも忘れない。どこまでも変わらない風景が続くので、風を切る感覚がないと本当に移動しているのか疑ってしまうほどだ。一周してより内側に入り込んで縁にあった木々も見えなくなるとますますどこを走っているのかもよくわからなくなる。そろそろ地図情報も取得しているところがなくなりそうになるところで視界に変化が表れた。「探索」には何も反応がないので、それを確認するために自動二輪を止めて一旦「観測」で拡大表示してみる。
それは人のように見えるが全く動かない。どうやら像のようだ。驚かすなよ。だが、「魔王」を「検索」してみるともう一度驚くことになる。その像と重なる位置に反応があったからだ。待ちに待った魔王との対面がこんな形で突然迎えることになるとは思っていなかったよ。あの像が魔王なのか、あの像の下に魔王がいるのかさらに警戒しながら像の周辺の様子を伺うがどれだけ待っても変化がない。今、僕と像の間の距離は1000mぐらいだ。このまま遠距離にらめっこを続けても埒が明かない気もするが、僕一人で像へ近づくのもあり得ないかな。元より、今回の浮遊大陸上陸は浮遊大陸の地図情報を取得するのが目的であり、それも「魔王」の居場所を「検索」するためだったので、そういう点では既に目的を果たしているわけでこれ以上を「今」求める必要はないのだから。ということで、引き上げるとしよう。
「あ、戻ってきたのー。身動き取れないのどうにかするのー。」
転移であてがわれた船室に戻ると、ディスマルクが「活動制限」に絡め取られて床に転がっていてずっこけそうになったよ。
ディスマルクが罠にかかって大騒ぎしたので皆も集まっていたが、どうしようもできないので僕が戻るのを待っていたようだ。
「何処に行っていたのだ。まさか浮遊大陸ではないよな。」
あー、えーと、そのまさかなんですけどね。
こういう時は下手に誤魔化すと余計にひどいことになりそうなので素直に白状してしまう。
「一人でいっちゃイヤなの。行くときは一緒なの。」
「そうでござる。イク時は一緒がいいのでござる。ってそうじゃないでござるが、拙者たちはそんなに頼りないでござるか。」
そんなことはこれっぽっちも思ってないですよ。
「なら、あーしらのことちゃんとうまく使うなし。」
「カナタは「統べる者」にゃ。だけど、一人で全部背負う必要はないにゃ。」
「そうじゃな。妾たちにも少しは背負わせるのじゃ。」
「俺様にも面子ってもんがあるんだぜ。」
「であるな。」
「だな。」
皆の言葉にほっとしたのか、僕の頬を涙が伝う。ここで、僕は恐怖していたことにやっと気づいたんだ。
「どうしたのだ。すまない、自分たちはカナタを責めてるつもりはないのだ。」
逆にプリメーラたちを狼狽させてしまうが、いろんな感情がせわしなく行き交っている僕には取り繕うこともできずに涙をこぼすばかりだ。プリメーラに優しく抱き寄せられると彼女の想いが伝わってきてさらに涙の量が増えてしまう。ごめんなさい。落ち着くまでちょっと待ってください。ちょっと前にも似たようなことがあったね。お恥ずかしい限りです。
お騒がせしました。
僕が気を取り直してプリメーラから離れると下の方から声がかかる。
「そろそろどうにかしてほしいのー。」
おっと。
空気を読んで騒がずにいたのはさすが大人ですね。
慌ててディスマルクを解放してあげて、僕がこうなった経緯をみんなに話した。
「なんと。魔王がいたのか。」
魔王と邂逅したことで、とてつもない緊張をしていたはずだ。それが、何の動きもないまま結構な時間になったことでいろいろ限界を超えていたのだろう。早く逃げなきゃという焦りもあったろうし、だけど少しでも情報を持ち帰らないといけないという使命感もあったと思う。魔王が何もしかけてこなかったからこうして戻ってこられたけど、どうして見逃してくれたんだろう。改めて「魔王」を「検索」してみるが間違いなくさっきの場所に反応がある。
「だが、魔王はいたでござるが、像があるだけで何もされなかったというのでござるな。カナタの貞操が奪われなくて…いや、危害が加えられなくてなによりでござった。」
「今も何の動きもないのかにゃ。」
検索結果を最大限に拡大してみてもその場所から微動だにしていない。改めて精査したところ、その反応は間違いなくあの像を指し示しているということもわかった。そして奇妙なのは「探索」には反応がなかったことだ。あの像が「魔王」なのは間違いないようだが、生命反応がないとなると…もしかして、樹魔のような生態なのだろうか。以前にも説明したが、樹魔は探索者が自分の射程に入るまでは身動ぎもしないためにただの樹木として扱われるようで探知系の技能に引っかからない面倒臭い魔物なんだよね。となると、どれぐらい距離を詰めたら活動するのか見極める必要があるよね。
「近づかずに遠距離から攻撃するのはどうなのじゃ。」
「最大攻撃魔法ぶつけるの。」
確かにその方法は有効かもしれない。だけど、攻撃したらさすがに反撃してくるんじゃないだろうか。まだ、魔王対策が十分ではない僕らが今の段階でこちらから仕掛けるのは悪手だよね。
「とりまみんなで見に行くのはなしよりのあり?」
「よくわかんねーけどなしよりのなしじゃねーの。俺様としては寝た子を起こすような真似はごめんだな。」
「そこが最終決戦の場になるなら様子見だけでもしておいた方がいいのである。」
「オイラはちらっと見るぐらいならいいかな。」
十英傑の中でも今の時点で浮遊大陸に行ってみるかどうかについては意見が分かれるようだ。それこそヌフクール風に言うならありよりのありからなしよりのなしまで人それぞれだね。
「よきのきどっちにするかプリムに決めてほしいなし。」
「そうでござるな。」
「プリムの決めたことに従うにゃ。」
他の人も同意見のようで、プリメーラに注目が集まる。
「そうか。なら、様子を見に行くことにしよう。ただし、魔王と戦闘するつもりは一切ない。周囲の状況など情報を得に行くというのを目的とする。」
「万一、戦闘に突入してしまってもカナタさえ守れば転移で逃げられるでござる。」
「何としてもカナタだけは守ってみせるにゃ。安心するにゃ。」
こうして浮遊大陸に行くことが決定された。
ただし、僕が十分に休息を取って鋭気を養ってから改めてということで、今日のところは一旦フォルティスに帰ることになった。




