62 切りのいいところ
「今日の行程はちょっと無理がありましたね。大変申し訳ありませんでした。」
そうだね。昨日まわったクリーチとかは温暖な気候だったけど、今日は一転して寒いところばかりのせいか、誰もついて来ていない。しかも最後のここヒラマウは6000mの高地にあるので高低差もあってちょっとしんどいかも。「真呼吸」のおかげで空気の薄さは問題にならないはずだけど、昨日とはいろいろ違って体がびっくりしてるのかもね。
僕よりフィオレンティーナの方がもっとつらいと思うんだけど大丈夫かな。
「お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。いざとなればカナタさんにいろいろしていただければあっという間に元気になると思います。」
いろいろって何だろう。
ここヒラマウは世界で最も高地にある都市で8000m越えの山々が連なる7合目ぐらいの少し開けたところに位置している。それでも400万人ほどが暮らしていている立派な都市だ。隣接する魔素領域は一つだけなのだが、ここから更に山頂の方に向かったところの開放型魔素領域で攻略難度はかなり高いらしい。その分、貴重な素材も豊富みたいでうまく攻略できれば実入りは相当良くなるんだとか。それで遠方から出稼ぎに来る探索者もそれなりにいるらしい。それにしてもここに来る前に寄ったジャルカンが最寄りの都市になるそうだけど、この時期になると雪で山道が閉ざされてしまい、次の春先まで行き来しなくなるのが普通なんだとか。そんなヒラマウにも40人近い「捧げる者」がいるし、周辺の地図情報も必要なので来ないわけにはいかず、本当に心底「転移」が使えるようになって良かったと思うよ。そうでなかったらヒラマウは転移門のない小都市だから移動が可能になる来年の春先まで待たなきゃいけないところだったからね。
そんな世界各地を飛び回るのも半分ぐらいまで到達して折り返し地点が見えたところだ。例の数字も「5350/10980」になっていてこちらももうすぐ半分だ。となると「捧げる者」は偏ることなく世界中にまんべんなく送り込まれたってことなのかな。「大いなる存在」が意図してそうしたのかは判らないけど、そういうところに気を使っていたとするならもっと僕に重要な情報を託すことの方に気を使うべきだったんじゃないかなと思うわけですよ。つい最近もデミールに会いましたしね。そんな風に思うのも仕方ない事じゃないですか。そのデミールは僕の女装体といいことしたいがために記憶の掘り起こしを頑張っているようですが、報告の内容は曖昧模糊としたままでフィオレンティーナに合格をもらえないんだとか。デミールが当てにならないとすると他に「大いなる存在」の伝言を預かっている人を探した方がいいかもね。
ん?ここで僕はとんでもない嫌な予感がしてしまった。「大いなる存在」はなんでデミールに伝言を託したんだろう、と。「大いなる存在」は一日に二人の「捧げる者」を送り込んでいたと思っていたけど、実はもっと単純なことをしていたんじゃないだろうか。恐る恐るデミールに通知で確認してみる。僕の推測はこうだ。「大いなる存在」は「捧げる者」を一定間隔で送り込んでいただけで、その一定間隔っていうのがこの世界のちょうど半日だっただけってことだ。その一定間隔がどうして必要だったのかは定かじゃないけど、送り込むための力の回復を待ってたとかそういうことなんじゃないだろうか。そんな几帳面に一定間隔で送り出すような「大いなる存在」が思い付きで伝言なんか託すだろうか。デミールから返信が届いた。僕がデミールに問い合わせたのは彼女の誕生日だ。嘘をついたら二度とあの子には会わせないと脅して必ず本当のことを教えるように念を押す徹底ぶりだ。ちょっと転移して状態を覗いてくればいいだけのことだけど、彼女にもいろいろ都合があるだろうし、万が一転移した先が入浴中だったなんてことになったら「カナタさんのエッチー!」とか叫ばれてしまうかもしれないじゃないか。そんなことより…デミールの誕生日はAS967.5.1だから…えーと…やっぱりそうだ。僕はなるべくして「統べる者」になったんじゃないかもしれない。
「カナタさん、どうしたんですか。ご気分が優れないようですが…。」
あぁ、顔に出ちゃってましたか。余計な心配をかけちゃダメですね。
大丈夫ですよ。何ともありません。
「ならよろしいのですが。ここでしか採れない貴重な黒岩塩を使ったお料理をご用意してあるそうですが、お召し上がりになりますか。」
呼びに来てくれたヒラマウの職員にも心配そうな顔をさせてしまった。せっかく用意していただいたのに大変申し訳ない。体調には何も問題がないのでありがたくいただきますよ。
案内された部屋で席に着くと、次から次にいろいろな料理が運ばれてきて所狭しと並んでいくのでどれから食べるか迷っちゃうね。中でもひと際目を惹くのが中央の黒々とした大きな塊りだ。
「こちらは黒岩塩を使ったヒラマウ山羊の塩釜焼でございます。このように…フンっ…塩で包み込んで蒸し焼きにするのでふっくらとした仕上がりになります。今、お取り分けしますね。」
給仕の女性が徐に木槌を振り下ろして黒い塊りを割ると中には大きな肉の塊が入っていた。この周りの黒いのが全部塩なんだね。この黒い塩といっしょに食べるのかな。
「包むのに使った塩は基本的には食べませんね。必要な塩分とか旨味は蒸し焼きにしている間に素材の方に移ってくれますので、塩釜の塩はそこまででお役御免です。」
そうなんだ。食べてもらえないんだ。山羊肉の引き立て役ってところだね。
「どうしたんですか。やっぱり、どこかいつものカナタさんと違いますよ。」
あー、どうしてもさっきのことが引っかかっちゃってるようだ。
僕はなるべくして「統べる者」になったんじゃないって話のことね。どういうことかっていうと、デミールは誕生日から計算すると一万人目の「捧げる者」なんだと思う。それがどうして僕の話につながるのかって?普通に考えてみてよ。「大いなる存在」は几帳面に一定の間隔で「捧げる者」を送り出していて、わざわざ一万人目の切りのいいところでちょっと心配になったから伝言を託そうとしたわけじゃない。それなら10981人目の僕が「統べる者」って明らかにおかしいでしょ。きっと本当は15000とか20000まで続けるつもりだったんだよ。それが事故か何かが起きて偶発的に僕に「統べる者」の力が与えられてしまったんだ。きっと今でも「捧げる者」は送り込まれ続けていて、この後に正統な「統べる者」も来るはずなんだ。
「だから僕はいらない子なんだとでも言いたいんですか。」
ここまで僕の話を静かに聞いていたフィオレンティーナが悲しげな表情で口をはさんでくる。
「カナタさんは誰が何と言おうと「統べる者」です。そうでなければ私が…十英傑の皆さんもカナタさんの力になろうと思うはずがないじゃないですか。「大いなる存在」はまがい物の「統べる者」に騙されるような「捧げる者」をせっせと送り込んでいたとでも言うのでしょうか。そうなんですね、カナタさんは私たちを、私たちの想いも否定なさるんですね。」
フィオレンティーナを否定するつもりなんて全くないですよ。僕が予定されていた「統べる者」ではないってだけです。だからこそ不完全で「大いなる存在」との記憶もなければ、この世界をどうすればいいかも判らない出来損ないなんです。
「カナタさんはひどいです。私は…私たちはカナタさんだから一緒に頑張っているのに…もう「統べる者」としての役目を放棄してしまうのですか。…私たちのこともこの世界のこともお見捨てになられるのですね。」
それは…。そんな無責任なことはしたくないですけど、何も知らない状況で「統べる者」を押し付けられてしまった僕の身にもなってくださいよ。
「それって切りのいい番号じゃなかったので拗ねてるようにしか聞こえません。15000だったらまだ頑張れたけど、10981だからやーめたって全くカナタさんらしくありません。」
大粒の涙がフィオレンティーナの目からこぼれる。
「…さっき、事故が起きてカナタさんが「統べる者」になったみたいなことを仰いましたが、実際にそうだったかもしれませんし、元々ちゃんと15年という時間を把握していて10980で終わるつもりだったかもしれないじゃないですか。それは「大いなる存在」に確認しない限り判らないことですが、やっぱりカナタさんはなるべくして「統べる者」になったんだと思います。だから…もう一度前を向いてください。カナタさんが世界の行方を背負うのは大変なことだと思いますが、一人では背負わせませんから。大丈夫ですよ。私たちがついています。」
フィオレンティーナが優しく抱きしめてくれる。
ごめんなさい。僕が間違ってました。




