60 初恋
「それでは、しっかりと思い出して理路整然と報告するように。そうすれば、あの子とイチャイチャできるように計らうことも考えましょう。」
「はぁい。」
なし崩し的に僕の女の子としての初めてが奪われることがなかったのは結構なことだが、フィオレンティーナには予約済みの「夢中生有」の一夜は是非とも互いに性別変更でとお願いされてしまった。何かに目覚めてしまったらしいが、僕は何かに目覚めないように事前に一人で刺激に慣れた方がいいのだろうかとかどうでもいいことに頭を悩ますことになるのは別の話だ。
デミールと別れた後、キャトレーブを回収してエクストリエントに向かうとそこでもあっという間にキャトレーブは美味しい魚を求めて出かけて行ってしまったよ。ぶれないね。キャトレーブはキャトレーブで魚に関するちょっとしたことがあったようだが、それも機会があればその時に話すことにしよう。
となると今日はこの後に予定していた都市をまわって、大した出来事もなく終わってしまうので、せめてゼクスベルクの故郷であるネージュでのことでも話しておこうかな。
ネージュに着いた時にはもうとっくに日も暮れて真っ暗になっていたが現地の時間ではまだ18時ぐらいだ。この時期のこれぐらい北の方では15時には日が暮れてしまうのでこんなものだろう。僕の生まれ故郷のアムラダも似たようなものだったので、そこら辺の感覚はよくわかるつもりだ。
「おかげで懐かしい場所にいろいろ行くことができたし、知り合いにも何人か会えたよ。」
そう、それは良かった。
ゼクスベルクも他の十英傑と同様に四歳までしか生まれ故郷にいなかったはずだけど、僕みたいな凡人とは異なり、生まれた時から「大いなる存在」との記憶を有しているので、幼い時の記憶もばっちり残っているみたいだ。幼馴染みたいな存在もいて、彼らにゼクスベルクとの思い出はほとんど残っていないようだったが、その親たちにはよく覚えられていたようで十英傑のことが伝わると昔話と共に自分の子供たちにも聞かせていたんだそうな。言ってみれば、地元の誇りってところだろうか。どこからともなくゼクスベルクが戻ってきていることが伝わって、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていたらしい。
ネージュはレーシアで一番小さい都市とは言ったが、それでも300万人の人が暮らしているので何かに事欠くということは基本的にはない。それどころか、大都市に比べて人の数が少ないというだけで、特にどこの都市が不便とかそういう話は聞いたことがない。それは僕の生まれ故郷のアムラダも同じだ。これまで、結構な数の都市を訪れたが、違うのは住んでいる人の肌や髪、瞳の色がちょっと偏っていたり、体格のちょっとした違いかな。後は、その土地で採れるものも違うので食文化が違うし、気候に合わせた住居や服装の違いもあるね。そうそう、魔素領域にもその違いは出てくるようだ。暑い地方では炎系の魔物が多い傾向があるし、逆だと氷系が多くなる感じだ。
「カナタ、ちょっとお願いがあるんだけど…。」
なんだろう。
こんなはっきりしないゼクスベルクを見るのも珍しい。
お願いがあると言いつつ、なかなか本題を切り出さない。
何とか聞き出したのは、ゼクスベルクの初恋の相手がどうやらネージュの地図情報の引き渡し役として集められているようで、つまり「捧げる者」の一人ということなのだけど、彼女に一目会っていきたいという普段のゼクスベルクからは想像もできないものだった。
だって、四六時中、女性のことばかり考えているツヴァイクとは違って、体を鍛えることにひたむきでドライガンと筋肉談義してるところしか見ていない気がするくらいだ。そんなゼクスベルクが四歳の時に見初めた一つ年下の三歳の女の子にずっと片思いしてたなんて驚愕の事実以外の何だって言うんですか。純愛っすね。健気っすね。おませさんっすね。
「別に今更会ってお付き合いしたいとか、何かをどうにかしたいってわけじゃないんだ。ただ、どんな女性になったのかこの目で確かめたいんだ。」
「それなら衝撃を受けないようにカナタさんに会う前に会っちゃいましょうか。」
そうですね。
みんながみんなそうではありませんけど、僕を前にして我を忘れるほどの乱れっぷりを晒した方もそれなりにいましたからね。自分の初恋の相手がもしそうなってしまってはゼクスベルクに心の傷を残すことになるかもしれないからね。
ということで、ネージュでの地図情報の引き渡しが行われた。
ゼクスベルクには僕の部屋へ一人ひとり入れるための係をしている人の補助に立って、集まってくれた「捧げる者」の労いの言葉をかけてもらうことになった。そうすれば初恋の相手と自然と顔を合わせられるし、もし初恋の相手が僕と会って痴態を晒したとしても部屋の中での出来事を見なくても済むからね、と心配していたのはなんだったのか。
「ゼクスベルクなの?すっかり逞しくなっちゃって、十英傑の一人に名を連ねるようになるなんてね。幼馴染として鼻が高いわ。って言っても後から母に聞いた記憶がほとんどなんだけどね。」
「ターニャは…とても綺麗…になった。」
「名前覚えてくれてるの?それだけでも驚きなのにお世辞まで言ってくれるなんて…。」
「…お世辞なんかじゃ…ない。」
「あはは、なんか行き遅れちゃってる身には英雄からの言葉はありがたいわね…独り身卒業するために頑張っちゃおうかしらね。」
「ターニャは…結婚してないのか?」
「結婚どころか、お付き合いした人もいないわね。誰かいい人紹介してよ、って十英傑に頼むことじゃないわね。」
「…オイラ…でもいいか?」
「ああ、ごめんなさい。本気にしないで…って!?オイラって人じゃなくて…まさかゼクスベルクが?噓でしょ!?」
「…嘘じゃねえ。」
「そりゃ、十英傑が私のことをもらってくれるなんて願ったり叶ったりだけど…。本気なの?」
「…本気だ。」
「…判ったわ。でも、結婚してすぐに未亡人になるのはいやだから、ちゃんと魔王を倒して帰ってきてね。」
「…それは…頑張るけど…約束できねえ。」
「こういう時は自信がなくても言い切らないとダメでしょうが。はい、やり直し。」
「うっ…。」
あのー、もうターニャさんだけなんですけど。まだかかりますかねぇ。
ゼクスベルクはターニャさんの尻に既にしかれているみたいで幸せそうで何よりですが、切りのいいところで地図情報をいただければと思います。
この後、ターニャさんは乱れることなく無難に「紫」になっていただきました。
まさかのゼクスベルクの初恋成就という結末にこちらの方が取り乱すところでしたよ。
ターニャさんは透き通るような色白肌で、瞳も透き通るぐらいの淡い青がとても印象的な超美人さんなんだもん。キラキラする茶色の長髪がさらさらと揺れるのを眺めているだけで一日ぐらいあっという間に過ぎそうだね。
僕も初恋のオーロラに会いに行ってみようかと思ったが、これは奇跡的な出来事だと自分自身に言い聞かせて踏み止まることにした。ほら、思い出は美しいままがいいって言うしね。いやいや、決してオーロラの今の容姿がどうのこうのってことを言っているわけじゃなくて、むしろ逆です。平凡な容姿の今の僕を見てがっかりするオーロラを見たくないわけで。「大いなる存在」の手抜きに更なる恨みつらみを募らせる僕なのでした。




