第九話 戦乱の始まり その九
更新です。Twitterでも活動しているので是非。「あやかしばかし」という作品も連載しているので見てみてください。
足早に教室を跡にした倉敷を追って晴人も教室から退出し、機装局のある第二演習場近くの第三校舎へ向かった。全ての士官学校はその特性上広大な敷地と秘匿性を必要とするため、旧自衛隊基地とその周辺区画を全面改修し、交通・通信インフラ共に独自のものを構築した。
そうすることで士官候補生達の学舎、余分なファーレスの保管庫、緊急時の仮設避難所などの多様な役割を果たすことが可能となり、軍からの新装備テストの依頼や軍と共同で新たな試作品の開発なども各校で活発に行われるようになった。
そうした背景から士官候補生同士で行われる決闘は時折軍関係者の目に留まり、その戦いがきっかけで早い段階から自分の隊へスカウトをするといった青田刈りをするケースも存在する。とはいえ士官学校での、それも一個人同士の争いなどをわざわざ軍人がチェックする訳もなく、ましてや学校側から軍に直接知らせを入れるといったことなどは一切しない。
学内の組織である機装局が担当管轄の軍のファーレスを管理する「管理局」に決闘が行われる旨とファーレスの使用申請を出すタイミングで間接的に軍人は決闘が行われることを知るといった具合だ。
本来なら、その程度の単なる出来事の一つなのである。本来なら。
第三校舎は晴人達の教室のある第一校舎からは少し距離がある。具体的には正門から入って道なりに進むと正面に見える建物が第一校舎、講堂は第一校舎正面から左に隣接している。第二校舎は教官や統括本部とその下部組織のための塔であり、機装局のみファーレスを管理するために倉庫のような広い空間が必要なため、これから晴人達が向かう第三校舎に本部を置いている。
第三校舎の大部分はファーレス格納用の倉庫と試験用の実験室が占めている。ここで行われる試験は主に機工科内で提案された試作案を軍と協議して形にしたものが多い。
晴人と倉敷が第三校舎に到着した頃には既に決闘の話が広まっているようで校舎に入って直ぐ、二人に対して機装局や機工科の生徒達が注目の視線を向けていた。決闘自体は珍しくないのだが、入学して直ぐの新入生が士官科の三年生、それも士官科の中でも特に実力が秀でていると認識されている倉敷勇と決闘するということで学内に小さくない反響を呼んでいた。
何より決闘相手がもはや新入生の中で知らぬ者がいない程に名前が広まってしまった祈上晴人ということで一年生と三年生を中心に急速に話題が広がっていた。
「お二人共ようこそいらっしゃいました、機装局二年の永田樹です。こちらが本日の決闘の審判を務める岩崎です」
「決闘監督委員会三年の岩崎哲です。決闘の手続きは既に完了しているのでこれからお二人のファーレスを選択していただきます。では機体倉庫まで移動しましょう」
岩崎に案内されてエレベーターへ向かう晴人と倉敷。ファーレスが格納されている機体倉庫は機装局の地下一階から二階にかけて広がっており、一般的に演習で使われている機体から専門的な機能を搭載した機体、こうした決闘でのみ使われる様々な機体を格納している。
倉庫に向かう道中、晴人のことを噂する生徒を何人も見かけたが、晴人にとってはそんな視線は何の意味もなく、むしろこの状況を作り上げた人物の思惑について思考を巡らせていた。
入学式での出来事から倉敷との決闘までのスムーズさはあからさまにそうさせている誰かがいるというメッセージであり、この受け取ったメッセージを正しく解釈してどう利用か晴人は考えていた。
「倉敷さん。今回の決闘でもいつもと同じ機体をお使いになりますか?」
「あぁ、それで頼む」
倉敷の機体は既に決まっているらしく、使用機体はスムーズに選択された。到着したエレベーターに乗り込み、地下一階を選択した。
「分かりました。それでは祈上さんが使用する機体を決めましょう」
「了解です。一応メールで機体一覧は確認したんですけど、操作性が一番高い機体はどれか教えていただいてもいいですか?」
「その質問は私が答えます。今回君には新型の試験機を使ってもらう。この機体は今年度から試験的に導入される機体だが、正直私は君があれをまともに操縦できるとは考えていない。主席ではあるが、君は一年生で入学してまだ数時間しか経っていない。二年以上ファーレスを専門的に操縦している倉敷と勝負ができるとは思えない。悪いことは言わない、決闘を辞退するべきだ」
岩崎の言葉には晴人に対する侮りはなく、一先輩として後輩に対してアドバイスを送っているように見えた。
エレベーターが地下一階に到着し、静かにドアが開いた。
「岩崎さん、それは無用な心配ですよ」
ただそれだけを口にして晴人はエレベーターを後にし、機体に向けて歩みだした。
嵐の前の静けさ的な感じです。
キャラ名:永田樹、岩崎哲